21 新王への贈り物。(ジェフ視点)




 最初は、友でよかったんだ。

 でも恋心が芽生えて、それで想いは募った。


「お前を一人のまま、死ねない。婚約者を決めるんだ、ジェフ」


 親子としての時間を増やしてくれた父が、そう告げる。


「僕には友がいます。父上。一人ではありません」


 父は笑い声を上げた。


「ならば、その友と婚約をしないのか?」


 僕は、顔を真っ赤にしてしまう。


「リリカ様と僕は友人関係です!」

「おや、リリカ様の名前は出していないのだが」

「っ~!」


 さらに顔を真っ赤にした。

 父は面白そうに笑う。


「私の妻も、私より早く大人になった女性だった……親子は似るものだな」

「……絶対に、言わないでくだい。僕は……彼女の良き友でありたいのです」

「ジェフよ。良き友は、良き夫婦にもなれるかもしれないよ?」


 良き友が、良き夫婦になる。

 かもしれない。

 それを聞いて、僕の身体はまた熱くなる。

 茹でられたみたいだ。


「そ、なんで、すか……?」

「少なくとも望んではいるんだな、ふふ。いつか、彼女に申し込んでみるがいい」

「なっ! 無理です! 断られます!! 彼女が山のようにくる求婚の手紙を無視していることはご存じでしょう!?」


 僕が声を上げたせいなのか、父が重たい咳を溢した。


「だ、大丈夫ですか?」

「手紙の相手は、見知らぬ他人。でもジェフ、お前は良き友じゃないか。かなり勝算はあると思うが」

「戦友のロゾ陛下も、断られておりますよ……」

「そうだった」


 父は大丈夫だとは、答えてくれない。

 でも、話を続けてくれた。

 穏やかに笑い、他愛ない話を続けてくれたのだ。

 それから数日。

 父は息を引き取った。

 僕とリリカ様に、見守られて。


 十三歳になった僕は、新しい国王となった。

 いつかは。

 この日が来るとはわかっていたけれど、こんなにも早いなんて、夢にも思わなかった。

 キャロッテステッレ国の新しい王の戴冠式を、こんな気持ちで受けるなんて。

 心のぽっかと穴が開いたまま、父の王冠を受け取る。

 涙は流さない。戴冠式で泣くわけには、いかないんだ。

 期待を背負い、ちゃんと立っていなくていけない。

 僕は、一国の王だ。新しい王になった。

 若いから頼りにならないなんて姿、家臣にも国民にも見せられない。

 耐えた。堪えた。

 父を亡くした悲しみにも、国王と言う重圧にも。

 耐えて、耐えて、耐えた。


「新国王陛下に、贈り物を授けさせてください」


 終わりに近付いた時、彼女の声が響き渡った。

 戴冠式の参列者の皆が、彼女の名を口にする。


「英雄リリカ様だ」

「天才魔術師リリカ様」

「天才魔術師リリカ様が、授ける?」

「一体何を?」


 天才魔導師リリカ様。

 初めて会った時は、長い落ち着いた茶髪だったが、今は黄金色のような煌めきを放つ長髪。

 我が国の黒いローブを纏った彼女は、僕の前に立つ。

 優しく微笑む彼女がそばにいるとわかれば、心から安堵をする。

 深紅の石がついている白い木の杖を持っていない方の手を、彼女は差し出した。

 僕は何かもわからず、それを受け取る。

 半透明の白い粒。

 これは、聞いたことがある。

 守護獣の創造の魔法。命を生み出すための種。


「命を吹き込んでください」


 植物の種を成長させる魔法を使うべきだろう。

 前に教えてもらった通り、僕は命を与えるために、魔力を込めた。

 祈りを捧げるように、手を重ねる。

 きらりと黄金の光が零れた。

 金色の種が、出来上がる。


「では、想像をしてください。あなたの守護獣の姿を」


 やっぱり、僕に守護獣を作ってくれる気だ。

 それを知って、参列者は驚きでざわついた。

 彼女以外、使うことを許されない魔法。

 それを目の当たりに出来ることを喜ぶ者もいた。


「……リリカ様。守護獣の姿も、あなたに任せていいでしょうか?」

「……そうですか。そうですね……はい、ジェフ国王陛下」


 想像は苦手だ。守護獣なんて想像が出来ない。

 だから、想像を任せた。


「命の種を差し出してください」


 彼女の穏やかな声に従って、金色に色付いた種を差し出す。

 子守歌のように、彼女は呪文を唱える。

 それは聞き取られないほど、小さい。

 金色の種が僕の手の上で浮き上がる。

 それでも、脈を打つのを感じ取れた。

 ドクン。

 黄金色の光が、渦を巻く。

 彼女の髪色と同じ、光が溢れていった。

 ドクン。ドクン。

 僕の頬を撫で、髪を靡かせ、そよ風が巻き起こる。

 黄金の光は、形を作った。

 種を中心にし、誕生したのは――――。

 黄金色の羽根を持った大きな鳥だった。

 それはまるで、幻の獣フェニックスだ。

 それよりも、美しいと思える存在。

 長い尾ひれを揺らし、大きな翼を羽ばたかせた。

 その背には黄金の花が咲いている。花畑を背負っているようなそんな生き物。

 目に焼き付く光景。息を飲んだ。

 高貴で、偉大な、存在。

 まるで、彼女の化身のようだ。


「ジェフ国王陛下の守護獣です。あなたを生涯、お守りいたします」


 なんて、最高の贈り物なんだろうか。


「……ありがとうございます」


 手を伸ばせば、守護獣はそっと顔を擦り寄せてきた。

 彼女の魔力を感じる。

 リリカは、凛々しい花という意味だと聞いたことがある。

 そして古代の言葉で、花はフィオと発音するそうだ。

 だから、僕はこう名付けることにした。


「我が守護獣の名は――――フィオフェニー」


 花のフェニックス。フィオフェニー。

 こうして、派手に戴冠式は終わった。




 その夜。

 新王の誕生を賑わう祝いの席から外れて、部屋で彼女と二人っきりになった。


「もう! 何故あらかじめ教えてくれなかったのですか! 守護獣を贈るなんて!」


 守護獣のフィオフェニーは、部屋のバルコニーで丸くなって眠っているところ。


「言ったら驚かせないじゃん」


 お酒を飲みながら、リリカ様は反省の色なく言った。


「戴冠式で驚かせないでくださいよ……」


 僕はがくっと肩を竦める。


「友だちが重圧に押し潰されそうだったから、あの場でやろうって思い立った」

「!」


 顔を上げれば、そっぽを向いたまま、彼女はワインを飲み干す。


「本当は戴冠式が終わったあとに贈るつもりだったの、本当よ」

「……決定事項ではあったのですね」

「私という最強かつ天才魔導師様がついているって、知らしめるいい演出だったでしょう?」

「……やっぱり、僕は頼りないですよね」


 僕には、英雄の彼女がついていると知らしめないといけないと判断された。

 王にしては幼すぎる僕のため。

 演出のおかげで、家臣達は少しは安心しただろうけれど。


「ジェフ国王陛下、あなたは確かにまだ若いわ。でもね、あなたは賢いし、強いでしょう。私という良き友がいるっている強みも持っていると知らしめたかったの。守護獣で私達の繋がりは知らしめられた。……余計なお世話だった?」


 髪を掻き上げる癖を出すリリカ様が、少し悲し気な顔をする。

 僕は慌てて首を振った。


「ち、違いますよ……二人の時は国王陛下なんて呼ばないでくださいっ、リリカ様」

「じゃあ、ジェフも私をただの凜々花って呼んでよ」


 にへらっとリリカ様は笑う。

 コロッと表情を変えるのは、彼女らしい。


「えっ、僕が?」

「ええ、そうですよ。国王陛下。友だちでしょう?」

「そう、ですけど……敬意を持って、様付けをしておいた方が」

「じゃあ私も敬意を持ってジェフ国王陛下と呼び続けなくちゃ」

「嫌です! ……リリカ、でいいですか?」

「よくできました、シェフ」


 もうっ。

 まるで、弟子のエグジと同じ扱いだ。

 じゅわっと頬を赤らめた。リリカ、と呼んでしまったことに。


「私に出来ることは少ないと思うけれど、それでも……いつだってそばまで駆け付けるよ。ジェフ。我が友」


 コロッと笑うとリリカ様は、胸に手を当ててお辞儀をした。

 いや、リリカ。

 我が友。

 さらっとまた髪を掻き上げて、靡かせる。

 その癖。ずっと見て来たけれど、本当に素敵だ。


「……僕も同じです。僕に出来ることは少ないと思いますが、それでも……いつでもそばまで駆け付けます。リリカ。我が友」


 謙遜しているから、僕も真似た。

 リリカは、クスクスと笑う。

 いつも思っていた。

 本当に綺麗に笑う女性だと。

 良き友でいたいと思っていた。

 でもいつの間にか、恋心が芽生えて、そして想いは募っていく。

 きっとこれからずっと――――僕は想うのでしょう。

 天才魔導師リリカを。

 良き友を――――。

 長く想うのでしょう。



 

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