第15話 『さがやま・れいじねす!』

 嵯峨山穂稀は、神童だった。

 生まれた時から頭が良く、周囲からは期待と羨望の眼差しを向けられていた。

 そんな他者に憐れみの目を向けながら、表向きは完璧超人の優等生として過ごしていた。

 そんな彼女には悩みがあった。

 他人が無能すぎることだ。

 いや、自分の言うことをきちんとできるならまだ看過できた。

 しかし自分に従わず失敗し、時には自分に迷惑を掛ける人間だらけだった。

 だから有能な人間と関わりたい思って、世界的大企業に就職した。

 そこまで楽しくはないがそれなりの人生を送ることができると、嵯峨山は希望を抱いていた。




 嵯峨山は失望した。

 自分は仕事が他よりできたことは客観的に見て明らかだ。

 しかし、なぜ自分は年功序列という理由で態度だけ大きい無能に頭をペコペコ下げている?

 なぜ他の奴等は派閥を作り足を引っ張ることしか考えていない?

 そう考え始めてから、苛立ちが止まらなかった。

 無能は黙って自分に従えばいい。

 そうすれば全て上手くいく。

 それすらできない奴らのために自分の人生を使い潰されたくない、偽りたくない。

 でも、どの道に進んでも聞かん坊共と関わらざるを得なくなる。

 そうするぐらいならいっそ…




「ベルフェゴールです。今後とも宜しくお願いします、嵯峨山様。あなたのお望みは何でしょうか。」

 彼女に出会ったことは嵯峨山にとって天啓だった。

「もう疲れた。そもそもこの世には従順な無能と、僕以上の存在しか必要ないのだよ。」

「つまり?」

「もう現実には期待していない。思考回路を書き換えたところで、体に染み付いた無能が変わるわけでもない。眠りたい。僕の邪魔をしないように全人類を眠らせる。そして僕は奴隷と優れた人間しかいない世界の夢を見続けるんだ。」

「お言葉ですが…そうなると自分より優れた人間へのコンプレックスで嵯峨山様が苦しむのでは?」

「無能だらけでは歯応えがないのだよ。僕は向上心が欲しいのだ。努力というものを、本気でしてみたいのだよ。」

「…承知しました。眷属を探しに行かれますか?」

「要らん要らん、僕はこれからひたすら人形を増やし続けるのでね。そんな暇はないんだ。街にも人形を放たねばならないからね。」








 壁は、今にも崩れそうだ。

「あぁめんどくせぇ!壁が壊れたら全部燃やすぞ!」

(毒ガス…いやダメだ。二人を巻き込むし、何よりアイツが対策を持たないとは思えない。けど毒や失血死と聞いた時の反応からしてそれが弱点のはずなんだ。やはり平の炎に…)

 目をゆっくり閉じる。

(諦めるのか…渋谷を…?俺の命を救った人を…?)




 壁が壊れる。

 目を開ける。

 合理は再び壁を創る─が、それは渋谷の体を覆う木炭だった。

(木炭は脆いけど、熱伝導率は0.07!鉄の約1200分の1…。見たところある程度自律行動してるようだし外に出る判断はしないだろう。これでほんの少しは耐えられる!)

「最大火力…ぶっ放すぞぉぉぉぉぉ!!!!!」

 シュイン!ドオオオオオオオオ!!!

 両側に平は爆炎を放つ。

 それは蒼く輝いて、まるで翼のように揺らめき、人形達を焼き尽くす。

(…なかなかの火力じゃないか。しかし僕と半分の人形は近くの教室に逃げ込んでいる。もう一度この火力を、果たして出せ…)

 窓が割れる。

 嵯峨山がいた教室に、合理が飛び込む。

「見つけたぞ」

「…ッ!?どうやってここに!?」

「僕の創造の加護は何でもありだからね。足場を作っただけさ。」

「…でも君はどうやって僕を詰みまで持って行く気なんだい?」

「こうするのさ」

 ヒュンッ!

 合理は銃を生み出して撃つ。

 嵯峨山はギリギリでそれをかわした。

 針が教室の扉に当たって、落ちるのが見える。

(麻酔針か毒針か…なるほど。しかし甘い!)

 嵯峨山は再びナイフを取り出す。

(ここは家庭科室!ナイフは持ち出したものを含めても山ほどある!拠点に音楽室を選んだのは家庭科室の隣なのが理由さ。近くの人形にリスポーンして後は炎使いを物量で圧殺して二人を人形に変えればそれを盾にして創造使いに勝てる!)

 嵯峨山が自身にナイフを突きつけようとしたその時だった。

 ズドォォォン!

 突如嵯峨山の背後で爆発が起きた。

「なっ…!?」

 嵯峨山は傷ついて蹌踉よろめき、ナイフを落とす。

(もう炎使いが来…いやこれはまさかッ!?)

 合理はすぐにナイフを反対の方向に蹴飛ばした。

「言ったでしょう?と。今の針は爆弾です。悟られちゃまずいのでギリギリを狙いましたが…こうも上手くいくとは。」

 針が、もう一発銃口から放たれる。

 避けられる筈もない。

「ガッ…!?」

「この針は麻酔針です。少し眠ってもらいます。起きることはもうないので安心して…」

 聞くこともままならないまま、嵯峨山は意識を手放した。








 目が覚めると、そこは白色の空間だった。

 ─ベルフェゴールがルールの解説をしたのと、同じ空間だった。

「ここ…は…そうか…ハハッ…!生きてるぞ!僕は生きてる!だって麻酔中に夢を見ることはないからね!人形が僕の眠ってる間に自律行動したんだ!全く、君達も案外捨てたものじゃ…」

「いいえ、貴方は死にました。」

 ベルフェゴールが、淡々と宣告した。

「…は?嘘だろ?死後の世界とか…寝言ほざいてんじゃねぇだろうな?」

「いいえ、ここは魂の世界。貴方の魂をここにお連れしたのです。」

「違う!僕があの凡愚共に負けるはずがない!」

「いえ、負けました。私が嘘を吐く理由はありません。」

 嵯峨山の顔が青ざめる。

 ─暫くの沈黙の後、嵯峨山は口を開く。

「なぁ、魔王が負けたら魂は悪魔のモノになるって言ってたけど…僕はどうなるんだ?」

「そうですね…まぁその悪魔の匙加減次第ですが…貴方にとってはご褒美かもしれませんよ?」

 パチン、とベルフェゴールが指を鳴らす。

 すると、嵯峨山の体に異変が起こった。

 体が少しずつ、自らが散々生み出してきた機械人形へと変わっていく。

「…ッ、お、おい!今すぐ…」

「貴方はこれよりベルフェゴールの1端末となります。元々女性なので女性型に改造する必要はないので楽ですね。貴方の意識があることは変わりませんが…目的意識が全てベルフェゴール共通のものになります。要するに同化です。」

「ふ、ふざけたことを言うな…!僕が…僕がこんな…!」

「そうですか?実に素晴らしいではありませんか。」

「そうだよ?早く仲間になろ?」

「みんな、一緒…フフッ」

 奥から大量の機械人形…いや、ベルフェゴールが現れる。

「負けた貴方に拒否権はありません。さぁ…、『私』になりなさい。」

「あ、あぁ…僕は…ただ…」

 ベルフェゴールとスムーズに同化するために、まずベルフェゴールは同化対象に多量の快楽を与える。

 この快楽によって、対象は抵抗を無くし、ベルフェゴールになることをやがて望むようになるのだ。

 が最後に思い出したのは、幼き日の光景。

 みんなが遊ぶのを窓から見ながら、勉強する自分。

 嵯峨山は一度だけ、怒られたことがあった。

 親にサッカーを習いたいと言った時だ。

(僕は…ぼ…)








「お目覚めですか?フフ…自分にこんなことを聞くのも変ですが。」

「…よし、目覚めたぞ。僕はベルフェゴール第65837552890010号。今後とも宜しく頼む。」

 残り24人?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る