第27話 グラス平原の攻防4

 side マーヴェル


「もう戦闘は始まっているようだな。どうやら出遅れたか」


 外壁という格好の遮蔽物を手にしておきながら、それを放棄して平原に出て戦うなんて非効率極まりない。


 私は瓦礫と化している外壁の影に身を隠しながら戦場を見渡す。


 町中で少々有り得ない事態に遭遇してしまった為に硬直して出遅れたが、魔物との攻防はまだ続いているようだ。


 これなら私の活躍する余地も残っていることだろう。


「しかし、惜しいな。もう少し時間があれば、半自走式の開発も間に合ったものを……。仕方無い、今あるものでやるしかないか」


 そして、私は呪文の詠唱に入る。


 呪文に魔力を通す事で空中に描かれるのは緻密な魔法式。緻密で精密で複雑なものではあるが、特別珍しい魔術ではない。


 使用するのは物理魔法の【浮遊レビテーション】と【念動力サイコキネシス】。


 どちらも最下級として知られる物理魔術だ。


 だが、私はこの二つの魔術の魔法式を徹底的に改造する事によって、出力の圧倒的な向上と使用魔力量の驚異的な削減を実現した。


 私は黒ローブの奥に隠していた魔法鞄から鋼鉄で出来た手を複数取り出すと宙に放り投げる。


 硬く、頑丈である事に拘って発注した複数の鉄の手は、宙空に放り投げた瞬間から意思ある存在にでもなったかのように、私の周囲を回ってから私の目の前へと整列する。


「機動制御は問題なし。試運転は不要。ならば、後はいつも通りにやるだけだ。――行け、お前たち」


 私の号令一下、鋼鉄で出来た手が次々とグラス平原の中に飛んでいく。


 本来、【念動力】には鋼鉄の手のような重い物質を持ち上げる力はない。ナイフやフォークぐらいの重さの物を持ち上げるのがせいぜいの出力しかないのだ。


 だが、私の開発した魔法式であれば、【浮遊】と【念動力】を掛け合わせる事で、かなりの重量の物でも自在に動かせる。慣れは必要だが、今では視界内であれば全てが私の攻撃範囲だと言って良い。


「やはり、精密に操作出来るのは三対くらいが限界か」


 六個の鋼鉄の拳で、討ち漏らしらしいゴブリンたちの頭を粉砕していく。


 【浮遊】のせいで、重さの無い拳だが、それだけに早さと頑強さが加わって、食らえば頭蓋くらいは簡単に粉砕する。


 しかし、操作する人間の脳の限界なのか、活き活きと動いている手は六個ほどしかない。他の四個の手は意識を向けると活き活きと動き出すが、通常時は宙空を漂っているだけの物体オブジェに過ぎなかった。


 この辺は私の課題で、現在は半自走式で動くように魔法式を改良中である。


 命令を与えれば決められた動きを繰り出す鋼鉄の手……そこまでは実現出来ているのだが、その動きのパターンを増やして登録していくのが面倒臭く、時間が掛かっている次第だ。


 行く行くは、私が命令せずとも勝手に戦ってくれる全自走式にしようと思ってはいるのだが……長い道程ではあった。


 しかし、こうして見ると、やはり私の判断は正しかったように思える。


 元々、私は魔法学園アカデミアの生徒であった。


 成績は優秀な方で将来を嘱望されてもいたのだが、魔法学園の方針と私の研究の方針が一致しなかったので出奔したのだ。


 魔法学園の方針は、より強く、より大規模な、破壊力のある上位魔法の研究という方針であるのに対して、私の研究テーマは既存の弱い魔術を改良、複合しようというものであった。


 私の研究理念としては、誰もが使えるような弱い魔術を改良し、新しい魔術として世に浸透させること。言うなれば、魔術による人類の生活の進化である。


 馬鹿ほど強力な魔法を作り出したところで、使う場面が無ければ意味が無いというのが私の持論だ。


 そもそも、私の魔術研究を魔法学会で披露しても受けが悪いのは見えていたし、魔法学園出身の魔術師たちが大勢集まる魔法学会では、針の筵になることは目に見えている。


 だから、私は魔法学会よりも、大々的に庶民に、世間に、研究を発表出来る場としてアイドルという道を選んだのだ。


 結果、私が開発した【浮遊】と【念動力】の複合魔術の魔法式は、私が所属するアイドル事務所プロダクションからグッズの一つとして売り出され、それなりの売り上げをあげている。


 私の理想にはまだ程遠いが、それでも魔法学園で燻っている時より良い未来だとは思っている。


 世間でも、私の魔術は浸透してきており、「汲んだ井戸水を入れた桶の持ち運びに便利」だとか、「馬車の脱輪を戻すのに活躍した」などといった報告が直接聞けるのは、開発者冥利に尽きるだろう。


 だが、私のようにアイドルを目指す事で成功を手中に収めたものばかりでない事を忘れてはいけない。


 ざりっと砂を踏む音が気になって背後を振り向いてみれば、汚れた衣装に身を包み、片目をくすんだ色をした包帯で覆った少女が力無く歩んでくるのが見える。


 彼女は手ぶらのままで、そのまま外壁が壊れた場所から外に出て行ってしまった。その姿は、まるで幽鬼のようだ。


「地下アイドルか……」


 片田舎に住む者にとって、アイドルというものは余程綺羅びやかに見えるものらしく、毎年、アイドル資格試験の時期になるとアイドルになろうという夢を持った少女たちが大勢ティムロードの町にやってくる。


 田舎の生活に嫌気がさし、ティムロードの町でアイドルになることで人生の一発逆転を狙おうというのだ。


 だが、アイドル資格試験がそこまで甘くない事は自明の理。何の準備もしてこなかった田舎娘たちが受かる事はほとんどない。


 だが、落ちたとしても、才能があるとしてアイドル事務所に拾われた少女たちはまだ幸運である。


 一番最悪なのは、箸にも棒にもかからなかった不合格の少女たちである。


 勿論、一年の期間を雌伏し、再度アイドル資格試験を受ける猛者もいる。


 だが、田舎の貧乏生活が嫌で、逃げるようにティムロードまでやってきた少女たちに、一年間という長い期間を人並みの暮らしをしながら、アイドルの勉強をするだけの蓄えがあるのかといえば、答えはノーだ。


 ティムロードまでの移動費や、試験料で手持ちの金などほとんど残っていない状態の彼女たち。


 そんな彼女たちは宿に泊まる事も出来ずに、ティムロードの町のスラム街ともいえる地下道へと潜っていく。


 その昔、勇者の発案で作られたとされる下水設備は、雨風を凌ぎ、冬場でも温かいため、住む場所に困った者たちの溜まり場になっているらしいのだ。


 そんな場所に落ちた者たちのことを地下アイドルと言う。


 私は行った事がないが、先程の少女の薄汚い姿を見れば、快適な環境であるとは言い難いことだろう。


 試験に落ちた田舎娘たちは、そんな環境に身を落とし、生きていく為の金と試験に受かる為の技術や経験を手に入れる為に冒険者として働く事になる。


 冒険者には特にこれといった才能も資格も必要なく、僅かばかりの登録料が払えれば誰でもなれる職業だから、再起を目指す少女たちはこぞって登録するのだ。


 そこで、凶悪な魔物を相手に腕を磨いて、再度、アイドル資格試験を受けようというのだろう。


 だが、それは


 アイドル資格試験に落ちるような腕前で、魔物をどうこう出来るわけがないからだ。


 そう。魔物は人間なんかよりも余程狡猾で凶暴で、そして残忍だ。そんな相手に戦う心得もない素人が勝てるわけがない。


 結果、無茶を行った代償に体に癒えぬ傷を負う。


 多分、あの娘の場合は目だろう。


 片目を潰された。


 あれでは、相手との距離感が掴めないのではないだろうか?


 その傷は同時に、アイドル資格試験に受かる確率を著しく下げる。つまり、夢に向かって努力していたつもりだったが、あっさりと夢を断たれたというわけだ。


 だから、彼女は絶望し、悩んで、悩んで、悩んだ結果――……この戦場で死ぬつもりなのだろう。


 その行動を止めるつもりは無い。


 その者の人生は、その者のものであり、私の人生ではないからだ。


 彼女が悩みに悩んで出した結果であったのならば、私はその意見を尊重したいと思う。


 冷たいと思うかもしれない。


 だが、私は私の人生を生きるだけで精一杯なのだ。


 誰かの人生の面倒を見れる程の余裕はない。


 だが、願わくば……。


 もう少しだけ、少女が自分の人生を考え直すだけの希望が見つけられればなと思わざるを得ないな……。


 ★


 side ???


 俺はムカツイていた。


 何にって? 全部だ! 全部!


 俺を舐め腐った雑魚冒険者共も!


 俺の力が理解出来ねぇ、クソギルマスも!


 全部が気に入らねぇ!


 だが、一番気に入らねぇのは、顔が三歳児にでも描けそうなあの野郎だ!


 あの野郎に二回もノサれたせいで、A級冒険者に手が届きそうだった俺が、あっという間にD級冒険者に逆戻りだ!


 フザケんな! ツーランクダウンって何だよ! 武器を抜いたのも町の外だし、騒ぎを起こした時は剣は抜いてねぇだろうが! せめてワンランクダウンにしろよ!


 おかげで、名前を売ってる駆け出しにまで舐められる始末だ! 喧嘩売ってんなら買ってやるよ、オォッ!? A級冒険者を越える実力ってのを見せてやるってぇの!


「畜生、この獄犬のウィルグレイ様が何て様だ……。とにかく冒険者ランクを元に戻す為にも、ここで良い所を見せねぇと……。くっそ、頭痛ぇ……」


 てか、何で二日酔いで頭が痛い時に限って、魔物の集団なんか襲ってくんだよ! 明日にしろよ! 明日によー!


 俺は痛む頭を押さえながらも……心なしかさっきよりも随分マシになったか? いや、気の所為だな……集団で襲ってきたゴブリン共の頭を撥ね飛ばす。


 実力はA級なんだよ! この程度の雑魚なんか瞬殺だっつーの!


 はー……。


 こんな雑魚魔物をいくら狩ったところで、冒険者ランクの査定材料にもなりゃしねぇ。


 もっと大物を仕留める為に奥に行くかなー……。


「は……?」


 俺がそう考えていた時だった。


 何か小汚ぇ格好をしたガキが一人で戦場を歩いてやがるんだが?


 なんだよ? 自殺志願者か?


 あーぁ、グレーウルフの群れに囲まれちまったよ。


 戦うのか?


 何だよ、戦わないのか……。


 じゃあ、やっぱり自殺志願者かよ。


 だったら、さっさと死ねよ。


 肩ブルブル震わせてビビってんじゃねーよ。


 泣いてんじゃねーか。


 押し殺しても、声漏れてるっつーの。

 

 泣くほど恐いのかよ。


 ……ちげーな。


 恐くて泣いた事なんて、俺一回もねぇし!


 人間が泣く時なんて、そんなのたった一つの理由しかないに決まってる!


 ……ってか、何かムカついてきたわ。


 何なんだよ、アイツ……。


 あー、クソ。ムカつくわー。


 俺はガキを囲んでグルグルと周囲を回っているグレーウルフの群れに突っ込むなり、その狼共を全部叩き殺す。


 だから、こんな雑魚魔物なんざ俺の相手にもなんねぇんだよ! 言ってんだろうがよー! 本当、節穴だな! ウチのギルマスはよー!


 ガキは驚いたように俺を見上げるが、俺はそんな事よりもムカついていたんで、ソイツの目を見て恫喝する。


 フザケんなよ、コイツ!


「泣くって事は悔しいって事だろうが! だったら、テメェを見下した奴ら全員を見返してザマァミロって言ってから死ねや!」


「…………」


 ガキは俺のことを目を見開いて見つめていたかと思ったら、その場でギャン泣きし始めやがった!


 フザケんなよ! これじゃ俺が泣かしたみたいじゃねぇか!


 ……いや、俺が泣かしたのか?


 ……知るか!


「あー、獄犬が子供泣かしてるー」


「駄犬も落ちぶれるだけ落ちぶれたもんだ」


 しかも、同業者に見られて陰口叩かれてるし! コイツをこのまま、ココに放置してたら何言われるか分かんねぇ奴じゃねぇか!


 フザケんなよ! 冒険者ギルド前代未聞のひと月でスリーランクダウンなんて目になったら、俺はこの先、一生冒険者としてやっていけなくなるだろが!


「クソが! テメェのせいだぞ! 俺が冒険者ランクを戻せなかったら、テメェが責任取れよ!」


 俺は仕方無く、泣きじゃくるガキを背負いながら、町の中に取って返す。


 確か、闘技場が緊急避難施設だとか言ってたよな?


 クソー、間に合うか……。


 コイツを送り届けて、戻ってきて、戦いが終わってましたとか言ったら、ホントシャレになんねーぞ! マジで!






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 主人公たちが出て来ない、だと……?


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