泣きたいときは泣きたいだけ泣いて

 はっきり言って、立花は美人の部類に入るだろう。

 それに料理もできる。部屋もきれい。

 かなりレベルの高い女子に見えるけど、そんな立花でもフラれることがあるのか。


「原因は何なんだ?あ、嫌なら言わなくていいんだけど」


「ほら、春が『素直になれ』みたいなこと言ってたでしょ?自分でも分かってるんだよね。アタシ、素直じゃないって」


「それは……まあ……確かに」


「そこはそんなことないよって言えよ」


「……理不尽すぎん?」


 まあ確かに立花は素直じゃない。

 今日一日、それも午後の数時間絡んだだけだが、ツンツンしている印象は受けた。

 ツンデレなのかは知らん。デレの部分を見たことがないから。


「何かさ、彼氏に“好き”とか言うのって恥ずかしくない?」


「まあ、恥ずかしいかもな」


 こちとら彼女も彼氏もできたことがないので分かりませんが。

 ただ、確かに“好き”ということを伝えるのは恥ずかしいかもしれない。

 タイミングも見つけづらいだろうし。


「アタシは恥ずかしくて全然言えなかった。そしたら彼氏から『お前、本当に俺のこと好きなの?』って言われてさ」


「でも好きだったのは好きだったんだろ?」


「当たり前じゃん。好きでもない男とずっと一緒にいるほど都合のいい女じゃない」


 そう言う立花はシンクの端に手をかけて立ち、唇を嚙んで涙をこらえているように見えた。

 普段の勝気な表情の面影はどこにもない。

 沈黙の中で何かを言わなければいけない気がして、でもこれまでずっと非リアの俺には何を言ったらいいか分からず、口を突いて出たのは月並みな言葉だった。


「なんか……彼女いない歴=年齢の俺が言うのもなんだけど」


「やっぱあんたドーテーか」


「ひでーな……。人がせっかく慰めようってのに悪口言うなよ」


「悪かった。で?」


「その、泣くの我慢するって余計辛くないか?」


「……」


「分かんないけど、泣きたいときは泣きたいだけ泣くってすごい大事だと思う」


 立花はぽかんとした表情で俺の言葉を聞いていた。

 これは言葉の選択をミスったか?いや、そもそも俺が偉そうにアドバイスすることでもなかったか。


「悪い。偉そうに俺が言うことじゃなかった」


「いや、いいよ。むしろ、何て言うか……あ、ありがと」


「え?」


 唐突に小さな声で呟かれた感謝の言葉に、今度は俺がぽかんとする。

 そんな俺に構うことなく、立花は言葉を続けた。


「前にも同じようなこと言われた時があんだけどさ、その時は全く響かなくて。でも、今あんたに言われたらすっと入ってきたわ」


「そうか。それなら良かった」


「でもまあ、アタシは人前では泣かないけどね」


 これは帰れということか。

 洗い物もほぼ終わったし、長居するべきではないだろう。


「それじゃ、今日はありがとな」


「こっちこそ」


 俺は初仕事を終えて立花の部屋をあとにし、そして101号室に戻って絶望した。

 荷ほどきが全く終わってねえ。

 この時間から段ボール開けて布団出したりしたら、他の住人の迷惑になる。

 幸い季節は夏。布団なしで寝ても風邪をひくことはないだろう。


「明日は荷ほどきしないとな……」


 一つため息をついてから、シャンプーとボディーソープだけは段ボールから取り出し風呂場に向かう。

 体の汚れを落としたのち、俺は床の適当なスペースに寝っ転がって目を閉じた。


 ※ ※ ※ ※


「はぁ……」


 私――立花 璃奈は、ため息とともにベッドへ横たわった。

 頭の中では、さっき倉野に言われた言葉が何度も再生されている。

 ――泣きたいときは泣きたいだけ泣く、か。

 本当に彼氏のことが好きだった。

 だけど、それを上手く伝えられなかった。


「好きだったのに……。って、今更言ったってしょうがないよね」


 そう呟くと、なぜか涙があふれてきて止まらなくなった。

 どうしてもこらえることが出来ない。

 泣きたいだけ泣いて疲れた私は、そのまま寝落ちしていた。

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