第16話

透はその日の内にあずさに電話をした。


「もしもし?なぁ、あずさ朗報だ!薫のやつ、お前のチームに入りたがってるよ!」


それを聞いたあずさは、天にも昇るような喜びを感じた。


「本当!?薫本当にそう言ってたの?」


「口では否定しながらも、あいつメチャクチャ楽しそうにしてたよ!」


「めっちゃ嬉しい!!!これから薫に会いに行ってもいい?」


「あぁ、いいけど…今彼氏を駅まで送りに出てるよ」


「え?薫に彼氏出来たの!?ダブルで嬉しいよぉ!」


それから30分ほどしてあずさが透の家にやって来た。あずさは薫に会うことに胸踊る想いだった。

あずさが玄関を開け、入ろうとした目の前には薫が両手を拡げて待ち構えていた。


「姉ちゃん~!」


「薫~!」


お互い強く抱きしめ合っていた。薫が急かすように


「さぁ、早く入って入って!」


あずさの手を引っ張って階段を上がっていく。そして透の部屋でテーブルを囲んで三人は座った。あずさは手土産をテーブルの上に置いて


「薫!彼氏出来たんだって?おめでとう!!!」


そう言ってまた薫にハグをして祝福し、テーブルの上に乗せたケーキを出した。


「これ、あそこの人気店のケーキ!薫のお祝いに!一緒に食べよ!」


「お姉ちゃん!私これ大好き~!」


女子の黄色い声に透は若干引き気味にそのやり取りを眺めていた。

三人はそのケーキを食べながら、あずさが本題を切り出した。


「ねぇ、薫…ウチのチームに入ってくれるってほんと?」


あずさは少し様子を伺うように控えめに聞いた。薫はチラッと透の方を見て


「姉ちゃん…その話しなんだけど…」


薫のその言いにくそうな態度を見てあずさはゴクッと生唾を呑み込んだ。

もしかして…薫…承諾はしてなかったの?

そんな悲観的な想いがあずさを一気に地の底へと突き落とす。しかし、次の瞬間


「姉ちゃん!宜しくお願いします!」


急に満面の笑みを浮かべながら薫が言ったので、拍子抜けして思わずずっこけた。


「薫~!そういうの心臓に良くないからぁ~!」


「ゴメンゴメン!ちょっとお姉ちゃん驚かせようと思って!」


そんなやり取りをしている薫の表情を、透は無意識に微笑みながら見ていた。

薫…お前幸せそうだな…あずさ…お前にも感謝してるよ…


「ねぇ、薫!明日早速メンバー集めて集会開くからさ!必ず出席してよね!」


「はい…頑張ります…」


集団行動に自信が無い薫を想い、あずさは薫に優しく言った。


「薫…大丈夫!ウチはそんな大きなチームじゃないし、薫のことはみんな知ってるから、そんなに構えることは無いよ!」


「うん、ありがと!」


翌日の夜、あずさ率いるチームの本拠地として、よく使われていたトラックステーションの駐車場にメンバー達は既に集まっていた。そこへあずさのバイクの後ろに薫が乗って現れる。

あずさは薫の肩を抱きながらメンバーの前に歩いて


「みんな今日は朗報だよ!久々のメンバーの増員!しかも…矢崎薫が新メンバーとしてウチに入ってくれた!これはウチのチームにとっては追い風だよ!」


それを聞いたメンバー達は一斉に声を上げて喜びあった。薫自身は自分がどれ程名前が知れ渡っているのかなど知る由もないので、このメンバーの歓声には正直驚いている。あずさは薫に


「さ、薫!思いっきり自己紹介かましてやって!」


薫は普段家で見るあずさと、総長として気合いの入った男勝りなあずさとのギャップに驚いた。

なるほど…これが総長としての役割で、みんなを引っ張って行く力なんだ…

薫は深呼吸をして一気にまくし立てた。


「本日よりお世話になります矢崎薫です!先輩方の足を引っ張らないように頑張ります!宜しくお願いします!」


メンバー達はキャーキャー言いながら可愛い!とか、めっちゃ嬉しい!とか薫に対して歓迎ムードで騒いでいる。薫は少し照れてはにかんでいる。そこへあずさが


「じゃあ、新メンバー入会を記念して早速走りに行こうか!」


そう言って全員バイクに跨がり爆音を立てながら連なって走り出した。メンバー全員が薫の入会により士気が上がっている。弱小のチームが一気に形勢逆転を狙えると思える程に薫の名は大きな影響力を持っていた。

先ず最初にあずさはライヴハウスに向かった。そこにはある思惑があった。


この日はバンドマンのライヴは無かった。しかし、大勢の若者達で会場はごった返していた。その中へチームが堂々と入っていく。カウンターであずさがドリンクをオーダーしながら


「マスター!今日はウチの新入り連れてきたよ!」


そう言って薫を前に押し出した。マスターはそれを見て目を見開いた。


「え!?薫ちゃん!?マジで!?」


薫も照れくさそうにペコリと頭を下げた。


「あずさ~、そりゃ反則だろぉ!他のチームから妬まれるぞぉ~!」


「マスター、9回裏の逆転サヨナラホームランだよ!」


あずさもテンションMAXで話している。そこへライバルのレディースチームが寄ってきた。そして相手の総長が


「あんたら、まだ女子会やってるの?いい加減辞めなよ!そんな風前の灯みたいな弱小チームでレディースだなんて笑わせるね!」


あずさは今までとは打って変わり、自信満々に言い返す。


「フッ、あんたの方こそいつまでもデカい面出来ないよ!」


その不適な笑みに相手の総長が険しい表情を浮かべる。そしてあずさが首を振って外に出るよう合図した。お互いのチームが外に出る。


「今度からウチと一戦交えたきゃ、レディースじゃなくて男のチーム連れてきな!」


「はぁ!?何血迷ってんだよ!?いつもしっぽ巻いて逃げてたのはそっちだろうがよ!」


相手の総長は、あずさの挑発に苛立ちが隠せない。


「やるならやるで受けて立つよ!場所移そうか!」


あずさがこれだけ自信満々に啖呵切ったのを見て、チームのメンバーもアドレナリンがMAXに出ていく。お互いのチームが一斉にバイクで移動し、広いスーパーの駐車場に集まった。そして


「あんたらいったい何夢見てんだ?そんな少人数でウチのチームに喧嘩売れるとでも思ってんの?」


相手の総長が言った。


「ごちゃごちゃやかましいねぇ~!弱い犬ほどよく吠える…こう見えてもねぇ、ウチは人数こそ少ないけど、個々の戦力はどこのチームよりもずっと高いんだよ!人数あてにしてのさばってるあんた達とは格が違うのさ!」


あずさはあくまでも薫の名前を出そうとはしない。薫頼みで啖呵を切っているとは思わせたく無いのだ。それに、実際個々の戦力はかなりハイレベルなのも事実だった。弱小ながらも、それでも生き残って来た理由がそこにあった。

相手の総長が我慢出来ずに動き出した。


「舐めんじゃないよ!」


そう言いながらあずさに突進して飛んだ。それを号令の様にお互いのチームも入り乱れて乱闘が始まった。


あずさは相手の総長の飛び膝を上手く交わし、カウンターで顔面を捉えた。それを見た薫が抑えきれない衝動に駆られ、相手のメンバーの中へ突っ込んで行く。

敵勢力のメンバー達があっという間に数をひっくり返されていくのを見て、一気に士気が下がっていく。それと同時に、弱小と思っていたあずさ率いる自分達のチームが、意外にもあっさりと圧して行く状況を見て、更に勢いが増していった。

あずさもそれを確認して、総長同士の決着に専念した。そして数分後…


「総長…やりましたね!ウチはもう…弱小チームなんてバカにされたりしないですよ!完全勝利ですよ!」


メンバーの一人が息を弾ませ目に涙を浮かべながら言った。


「そうだな…ウチらは…強い…やっぱウチらは強かったぞぉ~!」


あずさは喜びのあまり、満面の笑みでそう叫んで薫の元へ歩いた。薫も息を弾ませながら、ニコッと笑って親指を立てた。


「薫~…ありがとう…」


そう言って思いっきり薫を抱きしめた。


「総長…私…チームに貢献出来たかなぁ…」


メンバーがそれを聞いて薫に


「薫~!あんた噂通りのバケモンだね!あんた居なかったら絶対勝てなかったよ!」


メンバーがそう言ったのにはそれなりの理由があった。乱闘の中で薫は的確に状況を把握しながら、やられそうな仲間の元へ駆け付けて応援に入っていた。そうして徐々に敵勢力の戦力を削り、見事チームを逆転に導いていたのだ。


あずさは副総長の神田美幸(かんだみゆき)に


「美幸、あんたに確認したいことがある!あたしが引退したあとの後がまとして総長に相応しいのは誰だ?」


副総長の神田はあずさに聞くまでも無いでしょ!と言わんばかりに言った。


「総長!そんなの薫しか居ないでしょ!こんなの見せつけられたら誰も文句は出ないですよ!」


あずさはそれを聞いて頷いた。


「薫、そういうことだ!あたしが抜けたら、次はあんたがこのチームをまとめて行くんだ!それをよく覚えておきなさい!」


「総長…」


薫は入会して初日にそんな展開を迎えるとは思ってもいなかった。しかし、この日薫が自由に暴れたことの快感を忘れることは無かった。それはまるで水を得た魚のように…


この日の出来事は何故かすぐには世間に知れ渡ることは無かった。何故ならお互いのチームがそれを外部に話さなかったからだ。


敵勢力が敗北して一度拠点に戻った。


「総長…向こうに見たこともない小柄なのが一人居ました。恐らく新入りかと思います…今回はどうもその娘がキーかと…」


メンバーの一人がそう言った。それに便乗して他のメンバー達も


「そうなんですよ!あっちに居たかと思ったら、次の瞬間こっちに居たりして…」


「向こうのチームにとんでもない戦力が入ったからあんなに強気に…」


「もしかしてですけど…あの小柄な娘…」


そう言いかけたとき、メンバー達が顔を見合わせた。


「矢崎…薫…か…」


総長がそれを口にしたとき、メンバー達もゴクッと生唾を呑み込む。かねてより薫の噂は嫌と言うほど聞こえて来ていた。そしてどこのレディースでも矢崎薫という存在をチームに引き入れたいと渇望していた。まだ確信が無いにしても、歴戦を闘い抜いてきた者達にとって薫の強さは衝撃的だった。

そして、自分達の方が圧倒的に有利な状況にも関わらず、弱小チームに敗北を喫してしまったことなど、決して周りのライバル達には知られたくない事実だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る