第15話

ここ、薫がVIP待遇を受けるライヴハウスで、今宵もアマチュアバンドマン達が若者を酔わす。


そこへある小さなレディースのチームが集まっていた。実はこのレディースの総長を務める今井あずさという少女は、矢崎透の彼女だった。やはりと言うべきか、透の彼女だけあって度胸と喧嘩においては薫をも上回ると噂される。しかし、チームが小さいだけにライバルとはなかなか対等に競り合うことが出来ずにいるのが悩みの種だった。

この日もあずさのライバルのチームと鉢合わせになってしまった。相手のレディースはそこそこ有名で、あずさ率いるチームでは戦力にかなり差が出てしまう。そういった事情からチームを抜ける者は少なくなかった。

このライヴハウス内での乱闘騒ぎは、出入り禁止処分を受けるため、お互いの総長の睨み合いが続く。そして、あずさがメンバー達に合図してこの会場を出た。ライバルのチームの総長は得意気に見下すような笑みを浮かべてそれを見送った。


あずさが会場を出てすぐに、メンバーの一人があずさに近寄ってきて


「総長…いつまでこんなしっぽ巻いて逃げるような日々が続くんですか?」


それに便乗して他のメンバーも


「総長!ウチももっとメンバー増員しましょうよ!いつもこんな見下されてばかりで悔しいよぉ!」


あずさはメンバーの悔しさを誰よりも理解しているのだが、なかなか弱小チームに好んで入ってくる物好きなど居ないのが現実だった。


「みんなゴメン…あたしにもっと力があれば…」


その重苦しい空気に更に他のメンバーが水を差した。


「総長…私…申し訳ないんすけど…今日これで…脱退したいと思います…」


更にもう一人が先を越されてしまったという表情で、あわてて言った。


「あの…私も~…すいませ~ん…」


うつむいて気まずそうにしている。

あずさは他のメンバー達の顔をぐるりと見渡し、これ以上脱退を申し出る者が居ないか確認してから、抜けると言い出した二人に笑顔を見せて


「そうか!わかった!今まで本当にありがとう!お前らには本当に感謝してるよ!逆にすまなかったね!あたしの力不足で色々と苦労かけたよ…」


そう言ってあずさは二人並んだ肩を同時に抱きしめ、小声でこう語りかけた。


「辞めてもお前らはウチの仲間であることには変わりない。身体大事にな!」


そう言って一人ずつにおでことおでこを付き合わせ「ありがとう」と一言かけて振り返り二人に背中を見せた。それが総長の優しさだということはメンバー達もわかっている。その間に遠慮せずに行けと言っているのだと。

二人はあずさの背中に無言で頭を下げて振り返り去っていった。


「総長…また減っちゃいましたね…」


ガックリと肩を落としながらメンバーの一人が言った。


「そうだな…」


これまでにもあずさは何人ものメンバーを送り出してきた。どんなに強がってみてもその虚しさはメンバー達のそれを遥かに上回っている。しかしあずさはそんなそぶりを微塵も見せることは無かった。それがメンバーには冷たいと取られることも多かった。


その日あずさはメンバーと別れた後に透の家に訪れた。そして透の姿を見るなりいきなり抱きついた。透はそんなあずさの異変に気付き、優しく頭を撫でる。

あずさは他の誰にも人に甘えるような弱い部分を見せたことがない。常に男勝りのドライで強気な女を演じていた。しかし、あくまでもそれは演じているだけであった。本当の自分を人に見せる事への抵抗は、幼少期から並々ならぬ苦労が隠されていたからだった。

透はそんな弱い本当のあずさをよく理解している。あずさが透に甘える時は決まって辛いことがあった時だった。そんな時は、透は何も言わず、何も聞かずに優しく包容した。しばらくしてあずさが落ち着くと顔を上げて話し出した。


「透…私もう限界かも…今までなんとか頑張ってウチの弱小チーム背負って来たけど…また今日も二人抜けちゃった…多分、メンバーも皆口には出さないけど…」


そこまで言ってまたうつむいてしまった。透があずさの頬に優しく手を当てそっとおでこにキスをした。


「なぁ、あずさ…それでもお前が総長だからまだ抜けずに残ってるメンバーが居るんだろ?最後まで諦めんなよ!お前は何の為にレディース入ったんだ?その頃を思い出せよ!そして、お前が総長になってから入ったメンバーのことも考えてやれよ?お前を慕って入ったメンバーだって居るんだろ?やるならとことんやれよ?」


「透…」


あずさはいつも優しく諭してくれる透に救われてきた。何度も何度も挫折しそうな時、自分の弱さを…本当の姿を見せられるのは透だけだったのだから。

そしてあずさはある提案を投げかけた。


「ねぇ、薫をウチのチームに引っ張ったらダメかな?薫ならここらじゃ凄く名も知れ渡ってるし…あの娘が居ればまたメンバーも気持ちが変わってくると思うんだけど?」


透はしばらく考え込んでいる。


あの人付き合いの出来ない薫に、そんなレディースという狭い枠に収めることが出きるかどうか…自由奔放で気難しい薫になぁ~…


「ま、直接薫に聞いてみろよ!おそらくこう言うぞ!『えぇ?私にはそんな団体行動とか無理だよぉ~…姉ちゃんには悪いけど、私か弱い女の子だしぃ~』ってよ!」


そう言って二人は大笑いした。その愉しそうな笑い声につられて薫が透の部屋をノックした。


「兄ちゃん?姉ちゃん来てるの?」


ドア越しにそう聞いた。

薫はあずさを実の姉のように慕っていた。慕っていると言うよりも溺愛に近かった。あずさにとっても懐く薫を愛おしく想っていた。


「おぉ、薫起きてたのか?入れよ!」


透がそう言って薫がドアを開けて入った瞬間、あずさの姿を見つけてあずさの胸に勢いよく飛び込んだ。あずさはそれを全力で受け止め包み込んだ。

あずさも今日の辛い思いが一気にぶっ飛んで何もかも忘れて幸せな気分になっていた。


「姉ちゃ~ん」


透は薫がまるで子供のように甘える姿を見て、母の温もりを求めているのだと感じ胸が苦しくなる。


「薫~」


あずさも抱きしめながら身体を揺らして、全力で愛情を注ぐ。

薫がムクッとあずさの胸から顔を出して


「兄ちゃん達、さっき何を大笑いしてたの?」


「ちょうどお前の噂をしてたんだよ!」


「ん?どんな?」


そこへあずさがいきなり本題を切り出した。


「ねぇ、薫…あんた…ウチのレディースに入らない?」


突然のあずさの誘いに薫が戸惑って、どう返事をしたらいいのかと思案している。

そこへあずさがたたみかけるように


「薫!どう?姉ちゃん今凄く窮地に追い込まれてて…それに、来年あたり就活とか迫って来るから、あたしの後継者も育てたいと思ってるんだけど!」


大好きなあずさに懇願されて、薫は悩んでいる。薫にとっては何かに縛られる窮屈な枠が何より苦手だった。何の勢力にも属さず、自由気ままに暴れるのが薫には性に合っている。そして薫は意を決して


「えぇ?姉ちゃんには悪いけど…私にはそんな団体行動とか無理だよ~…それに私って…か弱い女の子だしぃ~」


そう言った瞬間、透とあずさが同時に大爆笑した。薫は自分がそれほど面白いことでも言ったのかとキョトンとして二人を眺めていた。



翌日、薫は学校で剛に勉強を教えていた。薫の成績は平均よりも割りと上の方だった。反対に剛は全く勉強出来ず、成績はかなり下の方だった。


「剛~…そんなじゃ高校なんて行けないよ?一緒の学校行こうっていつも言ってるじゃん?」


「あぁ、そうなんだけどよぉ~…どうしたらいい?」


「もう徹底的に一からやり直すしかないね!剛が高校行けなかったらもう私たち終わりだからね!」


「薫~、そんな冷たいこと言うなよ!」


「じゃあ、今日は放課後ウチ来て勉強だね!」


「薫~、それはそれでめんどくせぇよ~…」


薫がキッと剛を睨み付け、剛は渋々承諾した。そして二人は真っ直ぐ薫の家に向かいマンツーマンで勉強を教えていた。

そこへ透が帰って来た気配を感じ、薫が部屋のドアを開けて


「兄ちゃんお帰り~!今彼氏来てる!」


薫はどこか自慢気に透に笑みを浮かべて言った。


「ほぉ?お前に彼氏か?物好きだな」


そう言って薫の部屋を覗いた。剛は立ち上がって


「初めまして、武田剛って言います。あの…ちょっと勉強教えてもらってます…」


剛は照れて頭をポリポリ掻いて挨拶した。透も軽く頭を下げて


「剛か、俺は透…宜しくな!」


そう言って自分の部屋へと向かいかけて立ち止まり


「そうそう、剛?薫は女友達居ないし、男もみんな敬遠してるから頼むな!」


そう言って自分の部屋に入った。薫も部屋のドアを閉めて二人は座り直した。


「なぁ薫…あの透さんって人…すげぇ有名なんだよな?」


「有名?うーん…まぁ、ある意味有名かもね」


薫はあえて興味のないふりを装った。しかし本心は自慢の兄だと言いたかった。そして薫は昨夜のあずさとの一件を剛に話した。


「でもさぁ…私は団体行動とか出来ないからさぁ…」


剛は薫がそう言いながらも意外とまんざらでも無いような気がして煽る


「薫!やってみたらどうだ?さっきも透さん言ってたけどよ、お前女友達居ないんだろ?意外とそういうヤツらの方がサバサバして気が合ったりするかもしんねーぞ?」


「でもさぁ~…」


「って言うか、お前、レディース総長とかの肩書き似合うと思うぞ!」


剛にそこまで言われて、薫の中にくすぶっている闘争本能が芽生え出していた。


レディース…総長…最強…喧嘩…ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい…なんか考えるとワクワクしてきちゃう…ヤバいヤバいヤバい…


「剛!変なこと言って煽らないでくれる?」


ニヤニヤしながら楽しそうに言う薫に全く説得力を感じない。


「お前…めっちゃ楽しそうじゃん…」


剛は咥えたタバコを口から落として、薫のノリノリになっている姿を口をポカンと開けて見ていた。


その日の夜、剛は透や薫と一緒に食卓を囲むことになった。その団欒の中で剛が


「透さん!聞いて下さいよぉ~。薫のやつ、口ではレディースなんて縛られるのは嫌だとか言いながら、めちゃくちゃ楽しそうに喋ってるんですよぉ~!どう思います?実は薫って、暴れたくてウズウズしてんじゃないかと思って!」


それを聞いて透は面白がって


「ハハハッ、確かにこいつは暴れてないと死んでしまう…鮫みたいな所あるかも!」


「兄ちゃん!ちょっとそれは語弊があるよ!彼氏の前でそんなこと言われたら恥ずかしいじゃん!」


薫がすねたような態度を見せたので、更に二人は爆笑した。


「薫!こりゃレディース入りは決まりだな!早速あずさに報告しとくわ!」


「兄ちゃん!」


薫も笑いながら怒ったふりをしておどけて見せた。

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