第14話

蔵田は総長の中田の言葉に従うことにした。しかし、誰かが石田を止めなければ、自分達のチームの名を落とされることは蔵田だけでは無く、中田自身も十分理解していた。しかし、総長としては仲間の身の安全を第一に考えるのは当然だった。

なかなかお互い動かない中で、石田がしびれを切らし挑発を始める。


「何だよ!ここらじゃ一番の勢力誇るとか言ってよ、なんか全員ビビってかかって来ねぇじゃねぇかよ!それも仕方ねぇか?つい先日俺が地元の地下格闘技場で優勝しちまったからなぁ!そりゃかかって来れるわけがねぇか?あぁ?」


この挑発にチーム全員が黙っていない。一気に走りだそうという時に総長中田が怒声を張る。


「オォラァ~~~~~!!!!お前ら黙って見とけ!!!」


その中田の怒鳴り声に全員がピタッと止まった。そしてゆっくり中田が進み


「よぉ石田、お前ちょっと調子に乗りすぎだぞ?格闘技ではルールを設けて闘う場所だ!だがな、喧嘩ではルールに守られることは無いんだ。そこをはき違えちゃなんねーよ!」


中田が石田の目の前まで出てそう啖呵を切った。石田もそれに応えて


「ほう!ルールが無きゃ逆に危ねぇのはそっちだぞ!はき違えてるのはむしろそっちだよ!」


お互い睨み合いが続く。その時天斗が割って入った。


「中田さん!中学生相手に総長が出るまでも無いっすよ!石田!お前はそんなことも気付かないのか!誰もお前に恐れをなしてやり合わない訳じゃねぇんだよ!」


石田は他のメンバーよりも一回り小さい天斗に喧嘩を売られて少々イラついた。


「あ!?誰だお前は!俺はその高校生相手に全員に圧勝してんだよ!だからコイツらビビってんだよ!そんなこともわかんねぇクセに出しゃばってんじゃねぇよ!」


「いや、違うな!お前は世の中の広さを見くびっている。ウチの総長がお前ごときにわざわざ直接手を下したら、ウチのチームの名が廃れちまうんだよ!だから一番新入りの俺が先ず相手してやるよ!」


「はっ…ただのモグリかよ…シラケるわ…」


天斗は中田の隣まで出ていって


「総長、コイツは俺にやらせて下さい!ウチのチームの格の違いってやつを思い知らせてやります!」


中田は黙って考えている。天斗の真剣な目付き。天斗は本気なのだと…しかし、到底天斗には敵うはずもない相手だとは十分承知している。しかし、メンバーにとっても天斗にどれ程の実力があるのか知らしめるいい機会だとも考える。それに、中田自身も自分の目で天斗の実力を確かめてみたいという思惑もあった。いざとなれば責任を持って止める覚悟で中田は無言で頷いた。

そして天斗が石田に目で合図して、互いのチームの真ん中まで二人は進んだ。

双方のチームが固唾を呑んで見守る、歴史的な二人の初対戦が始まろうとしていた。


先ず仕掛けたのは天斗だった。疾風の如く踏み込んで右ストレートが唸った!それは石田の頬を軽くかすった。このとき周りには完全に石田が交わしたように見えていた。同時に今度は石田の左フックが飛んだ!それも天斗は刹那のタイミングで交わし空を切った。その瞬間、お互いのチームから


「オォーーーーー!」


と歓声が上がった。

この勝負を目の当たりにし、先日天斗を呼び出し返り討ちにあったメンバーの山縣が、もしまともにやり合っていたなら、完全に自分など敵う相手では無かったことを悟っていた。

また石田もこの天斗のたった一撃の拳でどれ程の実力かを肌で感じ取っていた。この無名の男が、まさか自分にこれ程の威圧感をもたらすとは全く想像していなかった。石田のこめかみ辺りから、一筋の汗が流れ、全身に鳥肌が立つのを感じている。


まさか…俺が…名もないこの中学生相手に…


石田は初めて焦りと恐怖にも似た感情に囚われていた。


天斗と石田の睨み合いが続いた時、周りのギャラリー達が騒がしくなり、総長の中田が


「そこまでだ!天斗!引け!逃げるぞ!」


そのあとすぐにパトカーのサイレンが聞こえて来てお互いのチームがこの現場から散り散りに消えた。


総長の中田が自分のバイクの後ろに天斗を乗せ、本拠地の埠頭の倉庫へメンバー達は全員戻っていた。


皆、天斗と石田の一戦を目の当たりにし、口には出さないが明らかに互角の闘いになるのではと想像を巡らせていた。もしそれが的中するとしたら、天斗は紛れもなくこのチームの誰よりも…それを認めたく無い複雑な想いが個々の胸にしこりのように残るのであった。


「総長…勝手やってすみません…でも俺…ウチのチームを…総長までもここまで侮辱されて…どうしても黙っていられなかったんです…」


天斗は中田に目を合わさずうつむきながらそう言った。中田は黙って天斗の肩をポンッと叩いて頷いて見せた。心の中では


天斗…よくやってくれた!お前のお陰でウチのチームの面目は保てたんだ!やっぱり透の秘蔵っ子ってだけはあるな!勇将の下に弱卒無しか…はっはははははっ!透には敵わねぇ…


また蔵田も天斗にある意味嫉妬にも似た親しみを感じていた。


全く…透さんもとんでもないバケモン送り込んで来てくれたもんだぜ…こんなのマジで反則だよ!


その他の派閥の頭達も、後々このバケモンを相手にするよりも、天斗を取り込んだ方が得策だという打算的な考えが浮かぶのは必然的だった。


そして中田はメンバーに向かって


「俺は今日、確信した!ウチのチームの団結力と強さは本物だ!向こうのチームと、あの石田にも十分ウチの実力は見せ付けられたハズだ!これからも皆一枚岩となってチームを盛り上げていこう!」


その演説に一同は皆拳を高く突き上げ咆哮のような叫び声をあげた。



一方、石田陣営では、とある大きな空き地に設置された大きなプレハブ小屋で、先程の無名な男に受けた頬の傷のウズきに苛立ちを隠せないといった表情で、石田が鋭い眼光で一点を見つめて座っているのをメンバー達は囲んで見つめていた。

この重苦しい空気に微動だにせず立っていたメンバーの一人が、石田を気遣って慰めるつもりで声をかけた。


「あの…石田…」


そう言いかけた時、石田が怒声を放った。


「うっせぇなぁ!黙ってろクズが!!!陰で何もしないで隠れてるだけの三下が俺に声かけてくるんじゃねーよ!」


石田の実力は誰もが認めざるを得ないのだが、こうした度重なる傲慢な態度に離れていく者は少なくなかった。

この殺伐とした空気に堪えきれず一人、また一人とこの場を出ていった。結局残ったのは石田軍団の中でも、数人の幹部のみだった。その空気を察して石田は


「お前らも出ていっていいぞ!」


ボソッと小さい声で言った。そして逃げ出すように幹部達も出ていき、この時残ったのはたったの三人だった。この残った三人は小学生からの付き合いで、常に石田とは苦楽を共にしてきたメンバーだった。


「笑っちまうよな…油断していたとは言え…あんな中学生一人相手に俺が…しかも無名な奴だぞ?きっとあいつら全員、あそこで邪魔が入らなかったら、勝負の行方はどうなったかわからねぇとか思ってんだろ?」


どんなに認めたく無い気持ちがあっても、それを一番実感しているのは他でもなく石田自身だった。あの時の天斗と対峙した時の恐怖感が、石田の苛立ちを増幅させていく。

石田が立ち上がり


「冗談じゃねーよ!」


大きな声を張り上げ近くの椅子を蹴り上げた。周りに居た三人が一瞬ビクッと竦(すく)み上がった。それまでは、この三人にだけはどんなことがあっても対等に接してきたのだが…


「なぁ?俺があんな奴と対等に見えるか?あぁ?俺は今、最もプロの格闘家に近いとか言われてんだぞ!その俺が…あんな中学生相手に肩を並べられてるとか本気で思うのかって!」


石田が三人に睨みながら詰め寄る。その圧力に圧倒されて皆しりもちをついた。

そして石田は苛立ちを抑えきれずにプレハブを飛び出した。残された三人は、未だかつて無い石田の粗暴ぶりに、とばっちりを恐れて石田が戻って来る前にこの場から消えていた。


数分後、少し頭を冷やしてプレハブに戻って来た石田が、誰一人として残らず静まり返った空間をボンヤリと眺めて、空虚な気分で椅子に座った。



ある日、天斗達はバスケ部の試合で、隣の市に応援に駆け付けていた。そしてその試合後にコンビニに立ち寄って買い物を済ませ出ていった。丁度その時、この地元の中学生が周りを警戒しながら店内をウロウロと不審に歩き回っていた。その時たまたまこの少年の同級生の安藤という男が店内に入った。店員はその姿を見た瞬間に鋭い目で安藤の行動を追い続けた。安藤はそういう大人達の視線を嫌というほど浴びてきた。

そこへ同級生が緊張の面持ちで何かを手に持って、素早くポケットに入れる瞬間を目撃してしまった。安藤は一度でも万引きをすれば、自分と同じように大人達から嫌な視線を浴びせられる辛さを同級生には味合わせたくないという想いで声をかけた。

しかし、不意に声をかけられた驚きで、同級生はそのまま走って店から出て行ってしまったのだ。それを追いかけようとした瞬間、店員は何の証拠も無く安藤を取り押さえ、そして警察に通報してしまったのだ。必死に自分の無実を訴えたが、ろくに調べることもせずに警察が取り調べるまで拘束された。

実は安藤の親が元暴力団関係者で、地元では昔から厄介者扱いされていたのだ。その息子というだけで不良のレッテルを貼られ、例え正しいことをしても全て裏目に出るという、何とも悲しい人生を歩んできた。駆け付けた警察の調べにより、結局無実は立証されたのだが、この時をきっかけに安藤は人間不信に陥り誰も信用しなくなってしまった。そして、皮肉にも本当の悪の道に堕ちていくことになってしまう。

それからの安藤は常にポケットにナイフを忍ばせ、暴走族に入り喧嘩に明け暮れ、人を傷付けることに何の躊躇(ためら)いも持たない殺戮願望に飢えた危ない集団に加担していった。


もしあの時、すれ違う事無く天斗達がその場に居合わせていれば、安藤は180度違った人生を歩んでいたかも知れない。

後に安藤は、天斗や薫と因縁の闘いを繰り広げることになるのであった。

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