第13話

透が藤本を自宅までバイクで送り届けてくれることになった。

天斗と薫が歩き出すと、2台のバイクが二人の側へ寄って停まった。


「姉さん、お待たせっス!」


薫を姉さんと呼んだ男は、薫よりも年上だったのだが、透に大きな恩がある者達がみんな薫を姉さんと呼ぶのでそれが広まったことに由来する。


「あんた達、いつも悪いねぇ…」


「いやいや、そんな風に言わないで下さいよ!俺達は透さんと姉さんにはどんなに返しても返しきれない恩があるんだから!さっ、早く乗って!」


天斗と薫はそれぞれのバイクの後ろに乗って天斗の家まで送ってもらった。


「天斗…」


薫が何かを言いにくそうにしている。天斗が


「薫…ちょっとその辺歩こうよ…」


「うん…」


そしていつもの河川敷のフェンスに寄りかかった。


「薫…俺…総長の中田さんに先ずは学校をまとめろって言われて…そこで人を束ねる事を学ぼうとしたんだけど…やっぱり俺には向いてないや…透さんのようにはいかないよ…」


「天斗…私はそうは思わない…きっと天斗なら人の上に立つ器があるよ…」


薫から思わぬ言葉が出てきて天斗は戸惑う。


「天斗はさぁ…ほとんど今まで人と深く関わるのを避けて来たから気付いて無いのかも知れないけど、あんたは凄く優しいし…誰よりも近くで兄ちゃんの背中見てきてるから…知らず知らず人の上に立つってことの意味を理解してると思うよ。現に今だってあの藤本の心を動かしてたじゃん!それに…あんたの知らない所で、けっこうあんたを慕っているって奴も居るんだよ!」


「え?俺…全くそんな自覚無いけど…」


「兄ちゃんが言ってたよ…今のあんたの族のチームの中で、あの中田って人とその他にも沢山あんたの実力を認めてアイツになら信頼を置けるっていう人が出てきてるって…黒崎は格闘のセンスは天性のものでは無かったけど、バイクのセンスは天才的だって…兄ちゃん凄く誉めてたよ…」


透さんが…透さんは俺には一切そんなこと言ってくれないのに…


天斗は改めて透がいつも自分を気にかけてくれているのだと確信した。


「天斗…大丈夫?」


薫はチラッと天斗の様子を伺うように見た。天斗にはその言葉の意味がわからず聞き返した。


「え?何が?」


薫は慌てて首を振り


「ううん…何でもない…天斗…いつか…てっぺん取りなよ!」


薫…


「じゃあね…」


薫はそう言って小さく手を振り天斗に背中を向けて歩き出す。その背中を天斗は見ることが出来なかった。しばらくその場に座り込み、そして膝を抱えてうずくまっていた。


次の日の夜、天斗は族のメンバーから呼び出しを受けた。メンバーの一人が天斗の家まで迎えに来ていつもの溜まり場の埠頭へ到着する。


「よう、黒崎!わざわざ来てもらって悪いな…」


幾つかの派閥の一つの頭である山縣という男が天斗に近寄ってきた。


「なぁ?黒崎…お前最近ちょくちょくメンバー達を勝手に動かしてるそうだな?まだ新入りのお前が、あろうことか総長まで顎で使ってよう…大したご身分だなぁ~…」


山縣という男は天斗の周りをゆっくりとぐるぐる周りながらそう言った。


「お前に一つちゃんと教えとかなきゃいけねぇが、族にも族のルールってもんがある…それはちゃんと守れ!族も縦社会なんだよ!決して新入りのしかも中坊のお前みたいな奴が総長まで使ったとあっちゃ、皆の示しが付かねぇんだよ!わかるか?」


天斗は黙って聞いている。


「もう少し自分の立場をわきまえろや!」


「はい…わかりました。今後気を付けます…」


天斗は大人しく頷いてそう返事をした。山縣は更に続ける。


「それと、中田さんは次の総長に誰を推すと言っていた?多分お前にならそんなこと話してんだろ?」


天斗は今は余計な分裂を避けるためにあえて何も答えなかった。


「なぁ?黒崎…黙ってるってことは何か知ってんだろ?言えよ、教えてくれよ!それによっちゃあ俺達にも動き方ってもんがあるからよ…」


「山縣さん…あんたはこのチームをどういう風にしたいと思ってんすか?バラバラにしたいんすか?俺はこのチームのことはまだまだ全然わかりません…派閥とか言っても皆どういう気持ちでこのチームに所属してるのかも全くわかりません…でも、少なくとも中田さんが総長である以上は中田さんの想い描く方向に向かって行くのがチームの仲間としての役割なんじゃないでしょうか?」


山縣は中坊になめた口を聞かれたことに激怒する。そして理性が崩壊した山縣は天斗にいきなり殴りつけた。


ガンッ!!!


左頬をおもいっきり殴られた天斗だったが、微動だにせず山縣を睨み返していた。


「何だよその面ァ!気に食わねぇんだよ!お前の存在が俺は気に食わねぇんだよ!」


そう言ってもう一発大振りで天斗を殴る!


フォッ!


しかしその拳は虚しく空を切っていた。そして静かに天斗が語りだす。


「山縣さん…仲間同士が争っても何の問題の解決も見えて来ないと思うんで…俺はこれで失礼します…」


そう言って振り返りその場を去ろうとする。山縣の下の者達からすればこの勝負は完全に山縣の敗けだという空気が山縣自身に重くのし掛かっていた。そして理性を失っている山縣にとってその引き裂かれたプライドに更に怒りを覚える。


「黒崎~!テメェ…舐めてんじゃねぇぞコラァ!」


怒鳴りながら背中を見せている天斗を背後から飛んで蹴りを繰り出した。しかしヒラリとそれを交わした天斗が、バランスを崩した山縣に顔面目掛けて拳を繰り出した。山縣は目を固くつぶっていたが、ゆっくりその目を開いた時、目の前には天斗の拳がすれすれで止まっていたことに気づく。


「山縣さん…もうこれ以上俺にあなたを落とさせるのは止めてくれませんか?あなたが激情して殴りかかって来なければ俺を殴り倒せたでしょう…でも、今のあんたには到底俺に拳一つ当てることなんて出来ませんよ…頼むよ…一緒に中田さんを支えて行こうよ…」


そう言ってまた天斗は一礼して歩き出していた。


舐めんなよ…黒崎…この屈辱…いつか必ず何倍にもして返してやるからな!


山縣は心の中でそう叫んでいた。



数日後、地下格闘技場で新たなデスマッチが行われるということで多くの観戦者が会場を訪れていた。その前座として中学生部門、そして高校生部門と特別枠が設けられていた。

その中でも異質の特別出場権として高校生部門に、まだ中学生なのにも関わらず石田遼(いしだりょう)の名がアップされていた。この地下格闘技会場には、格闘技会の運営者や、プロの格闘家等も将来の格闘技会を担っていくであろう卵を探しに訪れるので、出場者達も並々ならぬ努力と鍛練を積み重ねて準備している気合いの入った選手達が集まっているのである。その中の一番の期待の星が石田遼なのだ。

石田遼は今のところ全戦全勝という偉業を成し遂げていて、多くのプロの格闘家達が目を付けている。

言わば一番プロの格闘家に近い存在とも言い換えることが出来るほどだった。地元の中学生、高校生達も多くのファンが見守る中、石田はこの日も何の危なげも無く高校生部門を決勝まで勝ち進んだのだった。ギャラリー達の間で石田の活躍に興奮する中、一部の観客席の中で揉め事が勃発した。


「確かにあの石田ってのはスゲェ!間違いない!だけど、もし矢崎透がこの大会に出場したとしたら、そりゃ間違い無くあんな中学生の長く伸びた鼻を簡単にへし折るだろうなぁ~」


それを聞いたアドレナリンMAXの隣の石田の熱狂的ファンが急に絡みだした。


「あぁ!?矢崎!?誰だそりゃ!そんな聞いたこともない奴の名前出して石田を侮辱してんじゃねぇよ!」


そう言い返された男がまたしても煽る。


「はっ!矢崎透も知らないなんてとんだモグリだなぁ~。この辺の地元では矢崎親子と言えば二代並んでレジェンドと恐れ慕われている最強の男なんだよ!」


「矢崎だか矢沢だか知らねぇが、たらればの話し持ち出してんじゃねぇよ!」


このまま乱闘騒ぎになる寸前で巡回していた警備員が止めに入った。しかし、このやり取りを聞いていた一部の地元の者達は、透ならばこの大会を制しても不思議ではないと内心考えるのであった。


翌日、天斗達の学校でも石田の活躍を語る生徒があちこちで見られた。地元の自分達の同級生がプロになる可能性が高いとなれば、憧れの眼差しで光輝く存在に映るのは自然のことだろう。


「スゲェよなぁ~!まさかの大番狂わせ!俺達と同じ中学生なのに、高校生を制して優勝とかってよぉ!」


「あいつマジで全然身体の作りが違ってたよなぁ!」


「そうそう!ほんと鍛えぬかれた彫刻みたいな身体してたよ!」


「だけどよ、けっこう石田の良い話しは聞こえて来ないんだよな…メチャクチャ天狗になってて、あいつの気分害してけっこう怪我とかしてるやついっぱい居るらしいよ…」


「そうそう、滅多にあいつに喧嘩ふっかけるやつなんか居ないと思うけど、たまにモグリの奴とかが半殺しにあったとかよく聞くからなぁ…」


石田は良い意味でも悪い意味でも有名人となっていた。


そんなある日、天斗達が属する族の派閥の一つが、別のチームとちょっとした小競り合いが起きた。しかし、その相手がマズかった。相手のチームには直接所属こそしていないが、石田遼が率いる石田軍団という荒くれ集団が、いつでもバックで駆け付ける厄介なチームだったのだ。石田軍団が厄介なのは、石田遼の親が反社会的勢力の組員という部分だった。その勢力を笠に着て行き過ぎな行動が目に余ることは度々であった。

勿論小さな小競り合いなど日常茶飯事だったので、そうそう毎回石田軍団が動くことは少ないが、今回は相手のチームメンバー一人を大怪我させてしまったことで、少々大きな揉め事に発展してしまった。


数日後、天斗達のチームと石田軍団合同チームとが、街中で大きな乱闘事件を起こしてしまう。


「総長!ヤベェ…あいつら石田軍団連れてきやがった…」


総長の中田は特に動揺するでもなく冷静に


「おい!お前ら、相手は俺達と同じ生身の人間よ!そんなに臆するんじゃねぇ!」


こういう時こそリーダーの器というのが試される。中田がこれ程落ち着き堂々とした態度で迎え撃つからこそ、地元でも一番の大きな勢力として君臨し続けることが出来ていたのだ。

天斗は常に中田の側近として先陣切って闘う役を買っていた。チームもその姿に一目置かざるを得なかった。

総長中田が、天斗に耳打ちする。


「天斗、あの真ん中でふんぞり返って態度デカい奴が石田遼って言ってよ、お前と同じ中坊だが、かなり厄介な奴だ。あれには十分用心しとけ!」


「はい!」


そう言ってお互いにらみ合いが続く。その時、次期総長として考えている蔵田が中田に


「総長!アイツは俺に任せて下さい!俺が取ります!」


「蔵田、無理にアイツには絡むんじゃねぇ!なるべくアイツを避けながら行くんだ!」


「しかし!このまま舐められるわけには!」


「いや、下手にアイツに絡めば痛手を被ることになる。とりあえず言う通りにしろ!」

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