第12話

天斗はライヴハウス会場を出たあと、薫との思い出深いいつもの河川敷で一人座っていた。天斗にとってこの河川敷は一番落ち着ける自分の居場所となっていたのだ。


ここに来ると…薫と過ごした時間を思い出しちまうな…


未だに引きずっている想いを断ち切れずにいる…というよりも、あえて断ち切らずにいると言った方が正しいのか…薫を自分の中から完全に消し去るのが怖かった。そうしてしまうことで、自分自身がバラバラになってしまいそうで不安にかられる。もう二度と自分の元には戻って来ないとわかっていても…

そんな想いに耽っているとき、そこへたまたま通りかかった武田剛(たけだつよし)が不意に天斗に声をかけた。


「おっ!黒崎じゃねぇか!何をまた一人で黄昏てんだよ」


天斗にとって一番最悪のタイミングで声をかけられた。天斗はあからさまに不機嫌な態度で振り返りもせずその場を立ち去る。


「チッ、何だよアイツ…俺も随分嫌われてんなぁ…」


まだこの時、天斗と剛の関係は薫を巡っての恋敵でしか無かった。

天斗はモヤモヤしながら薫とよく練り歩いた街中をブラブラと歩いていた。


俺にとって、何もかも…どこもかしこもがアイツとの思い出の場所になっちまってる…薫…忘れてぇよ…お前のこと…忘れて楽になりてぇよ…


そんな切ない想いで歩いてる時、不意にあの藤本が視界に飛び込んできた。学校で見てるときとはまるで別人のように大人っぽい化粧をして、服装もとても中学生とは思えない色気のある、露出度の高い洋服を着て、中年男性と腕を組ながら歩いていた。

天斗は真っ直ぐに藤本の方へ歩いて二人の目の前で立ち止まった。


「よぉ…お前…ちょっと来いよ」


天斗は藤本の腕を掴んで強引に引っ張る。中年男性は後ろめたさなのか、それを止めようともしない。

藤本は驚きながら


「く…黒崎君…あの…これはね…どうしても家にはお金が必要で…」


慌てて言い訳をしようとするが、天斗は無言でどんどん藤本を引っ張って歩いて行く。そして店と店の間の狭い隙間に連れて行き、天斗が恐い形相で切り出した。


「お前…俺を騙してたんだな…」


藤本は天斗の目を凝視しながら少し涙ぐむ。


「ち、違うの…黒崎君…信じて…本当に家の親の事情で…どうしてもお金が必要なの…」


「なぁ…お前まだ中学生だよ…本当に良いのかよ…あんな薄汚いオッサンにお前を汚されて…そんなことしてまでバカな男に貢いだりして…」


藤本は全てバレていると観念してその場に座り込んでしまった。


「そっか…黒崎君…全部知っちゃったんだ…でもね…私の彼は大学生で…その彼の親がもう大学の授業料を仕送り出来なくなったからバイトに専念しなくちゃいけなくなって…とても勉強どころじゃ無くなっちゃうから…だから…」


そう言って藤本は泣き出した。


「彼とはね…結婚まで考えてるの…真剣に彼を愛してる…その彼の為なら…少しぐらい我慢出来る…だから…黒崎君…見逃してくれない?」


天斗はこのあまりにも不憫な少女に同情していた。まさか本気で愛している相手が、自分の青春をどぶに棄ててまで稼いだ金が全て他の女達と遊ぶ為に貢がされているとは全く疑いもしない純粋な子供だと気付かずに…天斗にも本気で愛している女がいる。だからこそ、その真実を知る辛さは計り知れないものだとわかっている。それでもその現実を彼女はこれから受け止めなければならない。それが天斗には胸が張り裂けんばかりに辛かった。


「わかった…お前の気持ちは十分わかった…お前の想いの強さも俺は理解出来る…でもな…このままお前を見過ごすことは俺には出来ないんだよ…ちょっとこれから付き合え…」


そう言って天斗は藤本の手を引いて再び人混みの中へと消えていく。藤本は逃げ出す素振りも見せずに黙って天斗に引っ張られて行く。天斗が立ち止まって


「藤本、ちょっと待ってろ…」


そう言って天斗は携帯でどこかへ電話をかけた。


「あっ、もしもし…薫…例の奴の居場所頼むよ…うん…わかった…ありがと…」


天斗は低いテンションで薫とやり取りし、すぐに切った。そしてまた携帯で別の誰かと話している。


「藤本…これからどんなものを見ても現実から目を背けるなよ…お前のやったことの代償だからな…」


そう冷たく言い放った。

藤本はこれから天斗が自分に何を見せたいのか考えを巡らせる。天斗の言い回しから、最悪な展開を迎える心の準備をする時間を与えてくれてることは容易に察しが付く。

そしてまた二人は歩き出した。藤本はかなり緊張している。これからいったい自分の身に何が起きるのか…


しばらく歩いて二人はバスに乗り3つバス停を越えて降りた。既に空は真っ暗になっていた。二人はまた10分ほど歩いた。そして着いた先は、子供には立ち寄れる場所ではない、ホステスが男性を接客する店だった。当然藤本にはこの後の展開は既に読めている。急にその場に泣き崩れた。


「藤本…お前そこで待ってろ…」


そう言って天斗は一人この店のドアを開け中へと消えた。しばらくして店の中が騒然とした空気に包まれてるのが外に居た藤本にも伝わってきた。少しして天斗が店のドアを開け姿を表す。と、同時にすぐ後ろに藤本がよく知っている顔が強張った表情で現れた。天斗はその男の胸ぐらを掴んで強引に引っ張って店を出た。そしてそのタイミングを見計らったかのように数台のバイクが爆音を鳴らしながら天斗達を囲む。

天斗はそのバイクに乗った連中に軽く頭を下げて藤本と男をバイクの後ろに乗せた。そして自分も一台のバイクの後ろに乗って一向は走り出す。


着いた先は、廃業した鉄工所だった。男と藤本はこれから自分達の身に何が起こるのか不安と恐怖で震えながら立ち尽くしている。

天斗は男を強引に床に押し倒して男の耳元で言った。


「おい…今からお前の裁判を始める…お前が藤本にしたこと全てを彼女の前で告白しろ!」


男は震えて声も出ず、頭を上げることも出来ない。


「どうした?早く言えよ!テメェのしたことなんだ…テメェが一番よく知ってるだろ?」


そして今度は襟首を掴んでおもいっきり引っ張り立たせた。そして天斗が大きな怒鳴り声を上げて言った。


「早く言えよ!お前は藤本を騙してこいつに中年の男に売春させて、その金で女買いまくってたんだろ!あぁ!?」


男は固く目を瞑り、震えながら号泣しだした。それを見た藤本もその場に泣き崩れてしまった。


「見ろよ…お前がのうのうと楽しむ時間と、お前の為に必死で汚ぇ男達にこいつの青春が削られていく時間の重さの違い…お前はそれを何も知らねぇ…本当に愛する者の為に必死になることの重みを…お前は何にも知らねぇ!!!!!」


「うっ…うぅぅぅ…すい…ません…すいませんでした…」


男は泣きながらその場で土下座して謝る。その時族の総長の中田が出てきた。男の側に屈みこんで


「なぁ?あんた大学生だろ?未成年の娘にそんな真似させて恥ずかしくねぇのかよ?しかもまだ中学生のガキにこんな説教たれられて…恥ずかしくねぇのかよ?お前みたいなクズは生きる価値がねぇよ…この娘にも家に帰れば家族がある。その親御さんにはあんた何て言い訳すんだよ?自分のことばかり考えてんじゃねぇよ!もっと他人の人生を尊重してやれよ!中学生っていや、まだまだ身体も心も未成熟な年頃なんだよ。それをお前は簡単に考えてくれてんじゃねぇよ!!!!!」


そう一喝して中田は立ち上がり天斗に


「天斗…こいつの処分は俺達に任せてもらっていいか?」


「中田さん…そんな…そこまで迷惑かけるわけには…」


「天斗…俺はこういう人種は絶対次も反省せず同じ事を繰り返すのを嫌ってほど見てきた。だからちゃんと反省してもらわなきゃならねぇんだよ。中途半端なやり方じゃこの先また新たな被害者を生むだけだ」


天斗は中田の真剣な眼差しに頷かざるを得なかった。


「じゃあ、中田さん…頼みます…」


「おぅ…」


そう言ってメンバー達は男を引きずりながら出ていった。そこへ薫が同じタイミングで駆け付けた。


「薫!?」


薫は真っ直ぐに藤本の前へ進んだ。そしていきなり藤本の頬を平手打ちした。藤本はぶたれた頬を手で押さえ涙目になっている。


「天斗…こいつに同情なんてしてやる必要ないよ!こいつだって立派な悪党なんだから!」


「え?どういうことだよ?」


「こいつも立派な犯罪者って意味さ!こいつは…ただ売春を繰り返しているだけじゃなく…サイトで出会った男達をゆすってたんだ!相手の家族構成をリサーチして、その弱味につけこんで多額の金を要求してたんだ!中学生の純粋な少女ぶってるけど、コイツこそ本当の悪党ってことさ!」


「薫…」


そこへ薫に同行していた透も姿を表した。


「へぇ、大人しそうな顔してなかなかやるもんだなぁ…けど、薫…この娘だってそこまでやるには何か家庭の事情が絡んでんじゃねぇか?きっとこの娘もこの汚い社会の被害者だと俺は思うがな…先ずは話し聞いてやっても良いんじゃねぇか?」


「兄ちゃん…」


そのやり取りを見て天斗が


「薫…一度藤本の家に行ってみようよ…透さんの言う通り何かあるのかも…」


それを聞いた藤本が大声で叫んだ。


「やめてぇ!!!来ないで…家には来ないで…お願い…頼むから家には来ないで!!!」


「どうやら色々と訳ありのようだな…」


透が言った。薫が藤本に静かに質問する。


「じゃあ言えよ…何があるんだよ…」


藤本は泣きながら静かに語りだした。


「私は…まだ小学生の頃から親に性的虐待を受けてたの…それで…早く家を出たくて…早く家を出たい一心で汚い大人達に身体を売って…そのお金で…でも…あの男性(ひと)に出会っちゃったんだよ…凄く優しくしてくれて、私の事を凄く気遣ってくれて…あんなに優しくされたのは初めてだったから…だから…あの人は大学卒業したら私を連れ出してくれるって…その為には先ず授業料が必要だって…でもそれでバイトして勉強出来なかったら…卒業どころじゃ無くなるって言うから…だから…どうしてもお金が必要だと思ってたの…」


そう言ってまた泣き崩れてしまった。


「お前みたいな女の話を全部信じられると思ってる?」


薫が冷たく言い放つ。しかし天斗がそれを制止して


「確かめよう…事実だとしたら藤本の親こそ許せない!」


「止めて…お願い止めて…そんな事したら私の帰る場所が本当に無くなっちゃう…」


「そんな奴がいる家に帰りたいのか?お前の話は本当に真実なのか?」


薫は更に疑いの目を向ける。その時透が口を挟んだ。


「薫…もう止めろ!こいつの話は真実だ!俺にはわかる。沢山嘘を付く奴等の目を見てきたから…後は自分の問題だ…他人がどんなに更正させようとしても、それを強制したところで受け取る側に理解出来る奴と出来ない奴がいる…後はコイツの良心に委ねるしかねぇよ…」

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