第11話

クラスメートの藤本あかりは、天斗を校舎の外の人気の無い場所に連れ出した。

二人きりになったところで天斗が口を開いた。


「それで?何か相談なんだろ?何だよ?」


藤本は何か言いにくそうに何度も天斗の方を見たり、またうつむいたりと、なかなか切り出せずにいる。


「何か…そんなに言いにくい話なのか?」


天斗が待ちきれずにもう一度聞いた。藤本は意を決したようにゆっくりと話し出す。


「あのね…あの…実は私…あることで脅されてるの…」


藤本のやつ…何かそうとう追い詰められてるんじゃないかな…

そう思えるほどに深刻な眼差しで藤本が助けを求めるように訴えているのが天斗に伝わってきた。


「脅されてるって…誰に?」


また藤本はモジモジしてなかなか口を開こうとしない。


「藤本?ちゃんと話してくれないと相談には乗れないぞ?もしかしてお前…何かヤバいことに巻き込まれてるのか?」


「黒崎君…私どうしたらいいのか…」


藤本はそう言って一度下を向き、そして天斗にいきなり泣きながら抱きついてきた。

天斗はそれに動揺して固まっている。


「ちょっ…藤本…まず落ち着けよ…いったい何があったんだよ?俺で力になれるなら相談に乗るからよ…」


藤本は天斗に抱き付いたまま号泣している。天斗は藤本が落ち着くまでしばらくそのまま立っていた。そして、藤本がゆっくり呼吸をして自分を落ち着かせてから天斗から離れる。


「それで?何があったんだ?」


天斗は優しく問いかけた。


「あのね…実は私…いけないことをしちゃって…って言っても一度切りだよ?」


「何だよ…いけないことって…」


「実はね…うちの親が会社リストラになって無職になっちゃったから…それで私も学費とか負担かけられないからと思って…出会い系サイトで…男の人から…デートする代わりにお金を貰うはずだったの…そしたら…」


そこまで言って藤本は後ろを向き泣いて座り込んでしまった。

天斗はそっと近づき藤本の肩に手を乗せしゃがんだ。


「それで?どうして脅されてるんだ?」


藤本は両手を顔に当てながらまた号泣している。何も言わない藤本に天斗は更に優しく声をかける。


「その男に…どんな弱味握られたんだ?」


藤本はすすり泣きながら話し出す。


「実はあの男にホテルに連れ込まれて…誰にも見られたくないような写真とか撮られて…これをSNSで拡散されたく無かったらまた俺と会えって…」


そう言ってまた号泣してしまった。

天斗は総長の中田の言葉を思い出した。


世の中ってのはよ、実に理不尽に出来てんだよ。弱き者は強き者達に何もかもとことん搾取されて、必死に悲痛な叫びを訴えても、その声の届かない所では笑いながら弱者は強者の餌食になっている…そして被害にあった者の苦しみに比べれば、加害者の方が法律という隠れ蓑に守られて圧倒的に甘い処罰でのうのうと生きていられる…それがこの日本の社会の現実なんだよ…


そういうことか…これが世の中の現実…汚い大人達が…純粋な子供達を食い物にして…自分の欲望を満たす為ならどんな汚い手を使ってでも…そうやって弱者はいつもこうして苦しんでいる…許せねぇ…絶対許せねぇ…


天斗の中に正義という言葉が熱く燃えたぎるのを感じた。中田さん…よくわかりましたよ…あなたの気持ち…何故暴走族という矛盾した形で正義を敢行したのかを…


「わかった…藤本…心配するな…きっとこの問題は俺が解決してやるから!もう二度とその汚い大人がお前に手出し出来ないようにしてやるから…」


その瞬間、藤本が希望に満ちた明るい表情を見せた。


「本当?本当に助けてくれるの?黒崎君にお願いしてもいいの?」


「あぁ…これ以上お前を汚らわしい手で触れさせたりしないから…何も心配するな!」


「ありがとう!黒崎君!」


そう言ってまた満面の笑みで天斗に抱き付いた。

天斗と藤本はその日の放課後、さっそく男を懲らしめる為に呼び出す作戦に出た。


「黒崎君、今日の夜会おうって言ってきた。あの男が現れたら携帯奪ってくれる?」


「あぁ、わかった。それでその携帯から証拠の写真とか削除すれば問題解決なんだろ?」


「うーん…でも、まだその男から受けとるはずだったお金も貰って無いから…それも出来れば…」


天斗は内心意外とちゃっかりした藤本に不信感を抱きつつも、被害者であることには変わり無いと思い直し、黙って頷いた。


それから夜になり、藤本が男と待ち合わせした場所に天斗と、予め応援を頼んでおいた族のメンバー数人が潜んでいた。

男は軽快な足取りで現場に現れた。そして藤本が


「黒崎君、あの男…あの男が私を脅迫してるの…」


と、少し震えながら言った。

藤本…可哀想に…こんなに怯えて…

天斗は藤本の肩をポンッと叩き、黙って頷いて見せ、メンバーに合図して男の方へ歩み寄った。男は突如現れたガラの悪い若者連中が近寄ってきて警戒している。天斗達は退路を塞ぐように男を取り囲んだ。


「ねぇ、ウチのクラスメートの藤本って知ってるよね?あんた社会人のくせに未成年に手を出して、しかも脅迫までして立派な犯罪者だってわかってる?」


男はビジネスバッグを抱きかかえて震えている。恐怖のあまり目を真ん丸くして口をパクパクさせている。


「出せよ!藤本を脅迫した写真撮った携帯出せよ!!!」


男は震えながら上着のポケットからゆっくりと携帯を出した。天斗は藤本に手招きして呼び寄せた。藤本は隠れていた場所からゆっくりと出てきて天斗から携帯を受け取る。


「藤本、自分の画像だろ?自分で確認して削除しろ」


藤本は手早く画像を削除して天斗に携帯を返した。天斗は男に携帯を差し出して


「はい、これは返しとくよ。あと、藤本に払う約束だった金もあるんだろ?ちゃんと払えよ!」


男はまた震える手でバッグの中へ手を入れた。そしてゆっくり取り出した瞬間…


「はい~、これは全部没収だよ!俺達にも取り分があるんだから!」


そう言って応援に駆けつけた族のメンバーが財布を取り上げ中身を確認している。


「あっ、藤本ちゃん?君はいくら貰う予定だったのかな?」


「三万です…」


「へぇ!中学生でデートするだけで三万も貰えるの?そりゃ止められねぇなぁ!俺の彼女にもこの手口で稼がせようかなぁ!」


そう言って財布から三万円を抜き取り藤本に手渡した。


「先輩!悪党の加担させる為に頼んだんじゃないっすよ!ちゃんと財布は返そうよ!」


天斗がキッと睨み付けた鋭い眼光を見てメンバーが何も言えずに


「冗談だよ、冗談!はい、これちゃんとしまっといて!」


そう言って男の胸にバンッと押し付けた。


「藤本、もうこれで十分だろ?」


天斗がそう聞いて藤本も黙って頷いた。


「じゃあもう行っていいよ!但し、もう二度と未成年に手を出すなよ!」


天斗は男に強い口調でそう言って睨み付けた。男はメンバー達に睨まれながらその包囲から逃げるように立ち去った。

族のメンバー達はやや不満気に


「黒崎~、結局俺達タダ働きかよ?少しはおいしい思いさせてもらえると思って駆けつけて来たのによぉ~」


「すいませんね…この埋め合わせはいつか必ず…」


天斗がそう言うとメンバー達は不満そうにグチグチ言いながら去って行った。


「あの…黒崎君…ありがと…これでもう心配は無くなったから…じゃあ…また明日ね…」


「あぁ…藤本…」


「ん?」


「もう…そんな危ない橋渡るなよ!」


藤本は黙って頷いた。そして目を合わさずに振り返り走って去っていった。

天斗は言い知れぬ空虚な気持ちに陥っていた。正義と思ってした自分の行動…しかしどこかそれが本当に全て正しい行動だったのか不安にかられる。同時に仲間達にも少し失望している。総長の中田の言う通り、自分とは見ている方向性の違いを感じたのだ。正義…人の為に何かをする難しさというものを肌で感じ取っていた。

そして一人虚しく帰宅した時、玄関の前に暗がりの中、見慣れた背格好の人影が目についた。


「薫?」


そこには薫が一人、天斗が戻って来るのを立って待っていたのだ。


「薫…そんな所で何してんだよ?」


「天斗…ちょっと歩こうか…」


天斗は複雑な想いだった。まだ失恋の傷も癒えてない状況で薫と二人きりで会うのは、今の天斗にはあまりにも酷なことだった。


しばらく二人は黙って歩いた。そして近くの公園の中に入って最初に薫が口を開いた。


「そこのベンチに座って話そ…」


「あぁ…」


ベンチに並んで座って二人は重い空気に包まれる。


「ねぇ…天斗…藤本とは…何を話してた?」


突然核心を突かれて天斗は動揺している。別に薫とは男女の関係も無いのだから一切言い訳などする必要もないのだが、どこか後ろめたさのようなものを感じてしまう。


「知ってたのか…」


薫は不安な表情で天斗に詰め寄る。


「ねぇ…天斗…あの女とは深く関わらない方がいいよ…」


天斗には薫の言わんとしていることがわからない。剛と付き合っている薫が今さら天斗に藤本のことで嫉妬心を燃やすとは到底思えないからだ。


「天斗…あんたは特別な存在だから忠告しとくけど…あの女はね…」


天斗は薫の言葉に耳を疑った。まさかあの目立たない、おとなしめな女子が…


次の日、天斗は薫に連れられ過去にライヴハウス経営者の息子の窮地を透が助けたことによって、特別待遇を約束された店を訪れた。


「天斗、ここ覚えてる?」


「あぁ、覚えてるよ」


「私達はここの入場は無料で、更にここでの情報提供は特別枠で得られるようにオーナーから手を回してもらってるの…」


「情報提供?」


「そうだよ。ここには沢山若者が集まるから、色んな裏事情とかの情報がいっぱい集まる場所なの。その情報交換目的で集まる人も沢山いる。そういうのを私達は特別に回してもらえるの」


「そうだったのか…そんなの全然知らなかった…」


「私もここを利用するようになったのはつい最近なんだけど、それであの藤本の良くない噂を耳にするようになって…学校で天斗があの女と話してたの見たから…ちょっと心配で…」


「ありがとう…でも…もう…少し手遅れだったかもな…俺は悪の道に少し加担してしまったかも知れない…」


そう言って天斗は唇を噛みしめ立ち上がった。


「天斗…どうするつもり?」


「全部知ってしまった以上、自分のケツは自分で拭くしかないだろ…」


「天斗…」


天斗はやりきれない思いでライヴハウスを出ていった。薫は天斗のその重い背中を複雑な想いで見つめていた。

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