第10話

天斗は透に連れられ暴走族のチームに入ってからも学校には顔を出すことはなかった。

そして仲間救出事件の翌日にチームの総長、中田から天斗に呼び出しの電話が鳴った。


「なぁ天斗、ちょっとMって喫茶店に来いよ」


「はい、すぐ行きます」


天斗はすぐに支度をして家を飛び出した。天斗には自分のバイク等も無かったので、中田が天斗の家の近くの喫茶店まで来ていたのだ。天斗は走って店に向かった。

駐車場に着くとバイクに跨がった中田の姿が見えた。


「おう、急に呼び出して悪かったな」


中田がそう言って軽く手を上げた。天斗は軽く頭を下げて会釈した。中田が手で合図し二人は店の中へ入った。

空いてる席に座り中田が


「コーヒー飲めるか?」


と、天斗に聞いた。


「はい、ブラックはちょっと飲めないっすけど…」


「何だよ、お子ちゃまかよ」


中田が笑いながら言った。そして店員を呼び出しモーニングを二人分注文した。


「なぁ天斗。お前…何で学校行かねぇんだよ?学校行きゃあ仲間も居るんだろ?」


天斗は薫と顔を合わせるのが辛かった。まだ失恋の傷は癒えていないからだ。

中田は


「女か?それとも仲間と揉めたか?」


「いえ…なんつーか…その…」


「まぁ理由は何でも良いけどよ…学校はちゃんと行っとけ!いいか天斗!学生時代ってのはよ、長い人生の中のほんのひとときの間しか無いんだよ!そしてまず間違いなく本当に仲間って呼べる程の存在を作れるのも、この学生の間しか無いんだよ!だからちゃんと今しかない青春を楽しめよ!そして一人でも良いから本当の仲間ってのを探せ!」


「中田さん…俺は…小さい頃から一人ぼっちで…小学三年の時に…運命の出会いがあったんす…それは…透さんと…その妹の…」


「薫か?」


天斗の表情を見て、勘の良い中田はそこでピンと来た。天斗が何故急に元気が無くなり、透がチームに放り込んで来たのかを。


「そっかぁ~…お前、あの薫に惚れてたのかぁ…物好きだな!」


からかい気味にそう言って笑っている。


「中田さん…俺には…もう信頼に値するヤツは現れないと思うんす…薫は…まるで自分の分身みたいに感じてて…何かアイツと一緒に居るだけで…一人じゃ無いって思えて…薫と出会ってから俺はこの世に自分の存在価値を見いだせたような気がして…」


「存在価値か…なるほど…つまりお前は薫を他の誰かに取られて心が空っぽになっちまったんだよな?自分を認めてくれる存在を失ったんだよな?だったら新たにお前がお前の居場所を自分で作ってみたらどうだ?」


天斗はまるで中田の意図が読めない。


「中田さん…どういうことすか?」


「今のチームはハッキリ言ってバラバラだ!各派閥が出来て方向性もバラバラだし、目的も皆見失ってる。俺達の先代が立ち上げた時は、ただ闇雲に迷惑行為を繰り返して暴れまわるだけの集団じゃ無かった。ちゃんと一つ芯の通った目的があったんだよ!」


「それは…何だったんスか?」


「この世のクズ共を一掃していた。一見俺達みたいなクズに近い奴等が言うと矛盾して聞こえるかもしんねぇけどよ、ちゃんとそこには正義があったんだよ」


天斗は正義という言葉に耳を疑った。つい先日の暴走行為はどう見てもヤンチャに爆音鳴らして繁華街を走り回るだけの荒くれ者の集団にしか見えなかったからだ。


「中田…さん…あの暴走行為に…どんな正義があるんすか?」


「俺は先陣切ってあの繁華街を走り回ってたんだけどな、無駄にバイク走らせてるわけじゃねぇんだよ。酔っ払いの絡み行為やら、ヤクザの一般人への迷惑行為やら、そういったものに注視しながら走ってんだよ。これでも真っ当に生きる一般人の正義の味方的な存在としてかつてはヤクザ達からも恐れられる集団だったんだよ!それが…組織が段々と大きくなるに連れて、このチームの名を笠に着てやりたい放題やる奴等が増えてきてよぉ…」


中田が過去を懐かしむ表情で哀しそうな声のトーンに変わっていくのを天斗は複雑な想いで見ていた。


「人間てのはよぉ…より楽に、より面白そうな方に流されやすい生き物なんだよなぁ…かつての先代達のやって来た正義ってのはよぉ…本当にカッコ良かったんだよ…ヤクザの理不尽なゆすりたかりを見たらそいつを拉致して山奥に全裸で放置したり、人気の無い場所でカップルから強引に女捕まえて男の前で乱暴する奴等とか見たら、一生使い物にならないようにしたりとかよぉ…法律なんかでは到底そこまで制裁加えられないようなとこまでやって悪党共を懲らしめたりよぉ…世の中なめきってる奴等ってのはいっぱい居るからよぉ…俺達も犯罪者かも知れねぇが、アイツらとはまた違う犯罪者だったんだよ…」


天斗にとっては、それはそれでショックが大きかった。ある意味正義は正義かも知れないが、そこまでやるべきなのかどうかはわからない。


「天斗、世の中ってのはよ、実に理不尽に出来てんだよ。弱き者は強き者達に何もかもとことん搾取されて、必死に悲痛な叫びを訴えても、その声の届かない所では笑いながら弱者は強者の餌食になっている…そして被害にあった者の苦しみに比べれば、加害者の方が法律という隠れ蓑に守られて圧倒的に甘い処罰でのうのうと生きていられる…それがこの日本の社会の現実なんだよ…」


中田の表情には怒りなのか悲しみなのか、目にはうっすらと涙が溜まっているかのように見えた。


「なぁ、天斗…ここだけの話しだけどな…来年…あと半年もねぇかな…俺はこのチームを引退して次の奴に託そうと思ってる…その候補として俺は蔵田を推薦するつもりなんだ。アイツは誰よりも仲間を強く想ってる熱いやつだからな。だが今のチームはバラバラだ…だから俺が引退するまでに何とかこのチームに再びあの輝かしい時代を取り戻してやりてぇんだよ!天斗、蔵田と一緒にこのチームを動かせ!お前等がこのチームを変えろ!透の意志を受け継いで来たお前にならきっとそれが出来ると信じてるよ!」


天斗は胸が熱くなるのを感じた。中田という男の中には、きっと壮絶な過去があるのだろう…沢山この世の醜いものを見てきたのだろう…天斗の想い描いていた暴走族とは全く違った一面を見れてどこかホッとしている。


「中田さん!俺、やります!今のチームを中田さんの想い描くチームに…きっと…」


「おう、頼むぞ!蔵田はその栄光の時代を知っている。アイツもきっとあの頃の形に戻したいと思ってるはずなんだ。だがそれは一筋縄では行かねぇ…統率を図るにはあまりにも組織がデカくなりすぎた…俺の力が及ばなかったが、蔵田とお前になら出来ると思うからよ。それには先ずお前達の仲間を増やすことから始めなきゃならねぇ。バラバラになったメンバーを少しずつ自分達の味方に引き込んで派閥をまとめ上げるんだ。」


「どうやったら…説得出来るんでしょう…」


天斗は少し弱気になっている。自分が大きな組織を作った経験も無ければ、統率を図って束ねた経験も無いからだ。


「なぁ天斗…お前は透から何を学んで来たんだよ?人はどうしたら付いて来ると思う?力か?いや、違う…金か?いや、それも違う…じゃあ何だよ?」


「俺は…透さんに相手に対しての尊敬と愛情だと学んだ気がします…」


「ハハッ、ちゃんとわかってんじゃねぇか!そうだよ!愛情だよ、愛情!一人一人に細かく愛情かけるってのはすげぇ難しいことだ。だが、仲間が何かに困っていたり、窮地に立たされた時こそ、その愛情ってのは真価を発揮するもんなんだよ。普段腹の減ってない時に食い物出されても有り難みなんて感じないだろ?だけどメチャクチャ腹空かしてる時にパン一つでも分けてもらった時の喜びはどうだ?」


天斗は過去を思い出した。まだ自分の親に何の興味も示してもらえず、毎日数百円の小銭を握りしめ一人コンビニの弁当を買って食べたあの頃を…そしていじめっ子にその小銭さえも搾取されて空腹に堪えたあの頃を…その時、透にご馳走になったラーメンの味と透や薫から受けた愛情を…


「中田さん…俺思い出しました。今の中田さんの言ってる言葉の意味を…」


「そうか…じゃあ先ずお前は学校に行ってお前の学校の奴等をまとめ上げてみろ!それが出来たとき、今度はチームをまとめる自信が付くだろ?最初は小さい事からひとつずつだ!クラスメートの一人一人をようく観察してみろ!きっと悩み苦しんでいる奴が居るはずだ!ひとつ解決出来たら更にひとつ…知らない内にお前はかけがえのないものを手に入れてるはずだ。それがきっとお前の心を埋めてくれるからよ!」


「中田さん…中田さんも透さんと同じっすね…透さんは言葉に出して教えてくれることは無いけど…でも、なんか…温かいっす…」


中田は天斗を慈しむ(いつくしむ)表情で見ている。


その翌日から天斗は再び学校へ登校するようになった。そして中田の言う通りにクラスメートをつぶさに観察し始めた。

すると一人の女子生徒に目が止まった。

その子の名は藤本あかり。普段からあまり目立つタイプの女子では無かったが、まるで幼い頃の自分のような悲しみに包まれているような目をしていた。天斗は直感的にこの女子にはきっと何か闇があると感じ取った。

そして教室の窓の外をボーッと眺めながら座っている藤本に近寄って声をかけてみた。


「よぉ、元気無いみたいだな…」


藤本は普段天斗と話したことも無かったので、急に声をかけられて驚きとまどっている。


「く…黒崎君…ど…どうしたの?急に…」


藤本は何の接点も無い天斗が自分に何の用があって声をかけてきたのかと警戒している。


「いや、別にどうしたって訳じゃ無いんだけどさ…何つーか…その…お前今何か悩んでんじゃねーかな?って…思ったりして…」


藤本は今まで全くそんな素振りもなく接近してきた天斗が不自然に感じて険しい表情を浮かべる。しかし、天斗の言うように藤本はずっと人知れず悩みを抱えてきたのは間違い無かった。


「あの…別に余計なお世話だろうし…その…ほっといて欲しいって気持ちはわかるから…あの…急に悪かったな…変なこと言って…」


天斗はどうしていいかわからなくなり、しどろもどろになってその場を立ち去ろうとした。

その時、藤本が口を開いた。


「黒崎君…どうして今私にそんな言葉かけたの?」


今度は逆に天斗の方が驚いた。


「黒崎君…何か感じ取ってくれたの?」


天斗には藤本の言葉の意味が理解出来なかった。何か感じ取ってくれたの?とはいったい何を感じて欲しかったのだろう…

そしてその言葉の重みが天斗の想像を遥かに上回る出来事に発展しようとは、その時は全く知る由も無かった。

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