第9話

天斗が族の総長の中田という男に出会ってから、少しずつこの族の内部情勢が変わりつつあった。それまでに囁かれていた中田の引退説を巡り、次期総長候補、そして更にその自分達の後継者として先を見据え可愛がって来た後輩にとっては、突如現れた透の秘蔵っ子の天斗が次期総長として番狂わせがあるのではと危惧する者が居たのだ。

次期総長候補として名の上がっている一人、蔵田英樹(くらたひでき)が現総長の中田に話しがしたいと二人で会っていた。


「中田さん、わざわざ来てもらってすいません。あの…透さんが連れてきた黒崎のことでちょっと…」


蔵田が少し言いにくそうにしているのを見て、中田はだいたいのことは察している。何故なら他にも次期総長としての候補者から天斗について相談を寄せられていたからだ。

透の存在の大きさと天斗の名声は認めざるを得ない部分が大きいのだが、組織に貢献してきた者達にとってはあくまでも天斗は新入りでしかない。

そんな天斗を中田が気に入り、側に置いて連れて歩けば、当然内部の者たちがひがんでそういう噂が立つのは当然のことと言える。


「あぁ、どうした?」


「中田さん、透さんにはみんな感謝してるんです…あの人にはみんな助けてもらってるし…そういう恩は感じてるんですが…」


やはりか…蔵田も透が連れてきたというだけで、天斗をひいきにして総長の座を譲るのではと心配しているのだ…そして中田には、蔵田に対してある想いがあった。


「蔵田、総長ってよ…いったい誰が決めるもんだと思う?」


「え?誰が?そりゃ…族のメンバーで…」


「じゃあ、どうやって決めるんだよ?」


「どうやって?それは…やっぱ喧嘩の強いやつでしょ?」


「それだけか?」


「統率力?すか?」


「じゃあよ、俺は総長としてどうなんだよ?」


「えーと…中田さんは…喧嘩負け知らずだし…みんな引っ張ってく力は認めてますよ」


「なぁ、蔵田…人の上に立つってのはよ、皆の面倒見てやれる器のある奴じゃないとダメなんだよ。みんなから信頼される器…そういうのを人望って言うんだけどよ。この組織の中で誰からも人望集めてる奴が次期総長に相応しいよな?」


「はい…そうすね…」


「じゃあお前が次を上げるとしたら誰だよ?」


「………」


蔵田は当然自分の名を出したいところだが、そこをグッと堪えて黙っていた。


「なぁ蔵田、俺は天斗のことを可愛がってるから次はアイツにとは思ってねぇよ。何故ならまだアイツから何一つ認められるものを見せられてねぇからだよ。お前は喧嘩は筋が良いよ。他にも喧嘩出来る奴はいるよ。けど、現段階では幾つかの派閥みたいなもんが出来てるよな?それは俺が一つにまとめきれてねぇからだよ。俺の統率力の低さがそうさせてしまってるのは申し訳ねぇ…けど組織が大きくなればなるほど、統率ってのは非常に難しいんだよ。もし透さんが総長だったらまた違ってたのかもってよく思うよ」


「いえ!中田さんだからみんな抜けずに付いて来てるんす!中田さんは立派な総長っすよ!」


蔵田は中田に対して忖度無しに言った。


「なぁ蔵田、何故俺がお前にこの話しをしたと思う?」


「………」


蔵田はまだ中田の真意を掴めていない。


「お前には考える力が足りねえんだよ…だけど、俺にはお前が次期総長として相応しいと思ってんだよ。それは、お前が仲間想いな部分が他の奴らよりも強いからだよ!俺が引退したら天斗の世話はお前に託したい!どうだ?透さんの秘蔵っ子を面倒見てやってくれねぇか?」


「中田さん!それ、マジすか?」


蔵田は中田の言葉に初めて自分への期待を知った。そして中田は蔵田の肩を叩きニッコリ笑っている。


それから数日後、天斗が加わったチームが夜の繁華街で、数十台のバイクが連なって爆音を轟かせ、蛇行を繰り返しながら現れた。そこへ通報を受けたパトカーが数台駆けつけてきた。

総長の中田が仲間に手合図でパトカーを挑発するよう指示を出した。

仲間達はそれぞれに分かれパトカーを撹乱する作戦に出た。警察も一般市民に被害が及ぶ前に暴走族の集団を取り抑えようと強行手段で詰め寄る。

中田はいい加減な頃合いを見計らって全員にパトカーを振り切り逃げるよう指示を出した。一斉にチームが散り散りに分かれパトカーを振り切ろうと走り出した。

しかし、天斗達と別に行動したメンバーが逃げ遅れ、警察の包囲によって取り抑えられているのを天斗は見逃さなかった。後ろに乗っていた天斗が


「ちょっとバイク貸して下さい!」


そう言って天斗がバイクを借り、運転していた男は別のバイクに乗った。


天斗はそのバイクでタイヤをキュルキュルキュルッと鳴かせながらスピンして反転し、取り抑えられている仲間の方へ猛スピードで走り寄った。


現場は警察とメンバーとの揉み合いで修羅場と化していた。天斗はアクセルを何度も回し爆音を響かせながら仲間が取り抑えられようとしている中に正面から突っ込んでいく。警察が立ちふさがるが、本気で引き殺そうという勢いで向かってくるバイクに怯んで、あわてて散り散りに避けた。仲間がまぶしいライトに手をかざし座り込んでいる所へ天斗はバイクを止めずに仲間の襟首をつかんで引っ張り上げ数メートル進んで止まった。


「乗れ!」


天斗が仲間にそう声をかけて後ろに仲間を乗せて警察の制止を振り切り見事逃走に成功したのだ。


そして数十分後、族のチームの溜まり場である埠頭では、天斗と取り残されそうになった仲間が帰還していないとメンバー達が不安な表情で立ち尽くしていた。

次期総長候補の蔵田が現総長の中田に


「中田さん!俺、アイツら探しに行ってきます!」


決死の覚悟でそう言ったが中田は


「今更戻ってももう遅いだろ…最後に奴らに取り抑えられてるところ見たってやつが居るから…」


「じゃあ天斗達見殺しっすか?」


「………」


蔵田にもどうにも出来ないことは十分理解出来ていた。しかし頭ではわかっていても、仲間が捕まってしまったことの歯がゆさに苛立ち、つい中田に当たってしまう。当然もっと辛いのは総長である中田の方だということもわかっているのだが…


その時遠くから爆音が聞こえてきた。仲間達は一斉に振り返った。


「中田さん!まさか!?」


蔵田がそう言って中田の方へ期待の笑みを浮かべた。

しかしバイクで到着したのは別の偵察に出た仲間だった。


「おい!どうだった!?」


「総長!!!アイツ…ヤベェっすよ!」


あわててヘルメットを取って切羽詰まった表情で偵察に出た男が言った。


「やっぱ天斗達は捕まっちまったのか!?」


中田が悲痛の表情で聞いた。


「いやっ!違うんすよ!天斗の奴が!!!アイツとんでもねぇ化け者だ!メチャクチャカッコ良かったんすよ!」


興奮冷めやらぬといった表情で目を真ん丸くむき出して熱く語り出した。

天斗達はあの後もパトカー数台に執拗に追跡され、狭い路地や人混みの中をかき分け見事なまでのバイクさばきで振りきっていた。それは正にサーカスのショーでも見ているかの様だったと言う。その一部始終を見て興奮しているのである。

男が話し終えるか終えないかのタイミングでまた遠くから爆音を轟かせながら一台のバイクが戻ってきた。


天斗はゆっくりヘルメットを取り、真っ先に総長中田の元へ歩いた。中田は何も言わずに天斗を力一杯抱き締めた。


「中田さん…遅くなってご心配かけました…すいません…」


その時、仲間達全員がこの二人を取り囲んで歓声が上がった。

仲間達が口々に天斗を讃え、天斗の頭を揉みくちゃに撫でたり背中を叩いて帰還を祝福した。

そして助けられた仲間が中田の元へ近寄り軽く頭を下げた。中田も軽く頷いてこの大歓声の中を抜け出し、顎で合図し少し離れた所で二人きりになって話し始めた。


「無事戻って来てくれて良かった…」


中田が海を眺めタバコに火を着けながら言った。


「すいません…」


助けられた男はそう言ってうつむいていた。中田はその表情に何か思う所があるのではと様子を伺う。


「どした?アイツに助けられたのは不本意だったか?」


男は黙っている。新入りのバイク経験もろくにない中学生の天斗にあれだけ見事なまでのバイク捌きで助けられ、圧倒的なセンスを目の当たりにしたショックと、派閥的な問題で天斗の族のメンバー入りを危惧している想いとが、複雑に入り雑じっていたのだ。


「中田さん…俺…このチーム…」


中田はその言葉を遮るように口を挟んだ。


「なぁ…組織ってのはよ…仲間同士助け合わなくちゃなんねーよな?それぞれ想いは色々あっても皆が同じ方向むいて進んで行かなきゃよ…それが人間社会ってもんじゃねーか?」


「わかってます…だけど…やっぱ俺…」


男が既に腹を決めたという様子で切り出そうとしている。しかし中田はメンバーを大切に考えている。自分の仲間はとことん面倒見るのが中田流のやり方だった。


「わかった。とりあえずそう決断を急ぐんじゃねぇよ!お前の気持ちは十分受け取ったからよ…だけど、俺にとってはお前も俺の大切な仲間なんだよ!一度このチームに入ったからには家族同様に思ってんだよ!簡単に抜けるとか軽々しく言うなよ!辞めるのは簡単かもしんねぇ…逃げるのは簡単かもしんねぇ…でもよ、抜けてどうすんだよ?逃げてどうすんだよ?人間一度逃げ癖って悪魔にとりつかれたらどんどんそいつに弱味につけこまれ、むしばまれて、気付いたら自分が自分じゃなくなっちまってる…そんな悲しい結末が待ってるんだぞ?ってよ…俺が総長の重圧に堪えきれなくて降りようと思った時に透に説教されてな…」


そう言ってニヤッと優しく男に微笑みかけた。


「ま、とりあえず今の言葉は自分の胸に押し込んどけ!このチームには色々派閥があるのはわかってる…きっといずれバラバラになってまたそれぞれのチーム立ち上げて行くのかも知れねぇ…でも、俺はそれは望まねぇ…嫉妬とか色んなもん皆抱えてあつまってはいるが…これからきっとこのチームは変わっていく気がすんだよ…だから…それまで我慢してこのチーム支えて行ってくれよ?その内きっと俺が言った言葉の意味を理解する時が来るからよ!」


そう言って中田はポンッと男の肩を叩き、また集団の中へと消えていった。


「中田…さん…」


その時、この男の所属する派閥の頭である小竹という男が寄ってきた。


「総長と何話していた?このまま黒崎つけあがらせておくわけにはいかねぇぞ!アイツは早いとこ潰しとかねぇとヤベェ…お前もそれを今日実感しただろ?」


男は何も言わず黙ってゆっくりと頷いた。

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