第17話

日中のうだるような暑さが、夜になって尚まとわりつくようなそんな不快感を感じる季節の中、そのうっとうしさを忘れさせるように、各地で夏祭りや花火大会など人々の心を踊らせるイベントが賑わいを見せ始める。

人々は皆開放的になり、心が緩むのか男女問わず肌の露出も目立ち、行動力も増す。


今野有紗(こんのありさ)とその女子友二人が、夏祭り会場をにこやかに喋りながら練り歩いていたとき、向かい側から五人の若い野郎達が有紗達に故意的に近づいてくる。若者は皆、胸元の開いた襟元からギラギラとアクセサリーをちらつかせたり、夜にも関わらずサングラスをかけたり、ちょび髭を生やしたりと、いかにもチンピラ風の風貌で肩をいからせながら歩いてくる。有紗達は目を反らし顔を引きつらせて、心の中でどうか絡まれませんように!と願うのだが、その甲斐も虚しく野郎達はいきがった口調で目の前立ちはだかり話しかけてきた。


「ねぇ!彼女達、俺らと遊ばない?楽しい所連れてってやっからよ!」


有紗達は完全に怯えた表情に変わり、どうにかしてこの窮地を脱出出来ないかと周りの人に目で助けを求める。しかし、周囲の人達もこの面倒くさそうな野郎達を避けて通り、誰も有紗達を助けてくれそうな者など現れるとは思えない最悪の状況だった。

と、そこへ思わぬ人物が有紗達に声をかけてきた。その声の主が今の有紗にとって神のように眩しく光輝いて見えた。


「有紗!久しぶり!どうしたの?友達?」


その声をかけた主は何となくは有紗が困っているのではと察していても、確信が無いため一応確認の意味でそう聞いた。しかし、有紗達があからさまに助けを求める眼差しを向けるので、それが迷惑行為に値すると判断し、チンピラ風の野郎達に顔を向けた。チンピラ風の野郎達はそのやり取りを見て下から上を見上げるような動作で威嚇するかのように睨み付けてきた。

声の主こと、林田昌嗣(はやしだまさつぐ)と林田孝嗣(はやしだたかつぐ)という一卵性の双子のこの林田兄弟は、天斗の属する族のメンバーで、その中で幾つかの派閥の一つの頭となっていた。当然林田兄弟も、このチンピラ風の野郎達に負けず劣らずのバリバリヤンキー風の服装とバシッと決めたリーゼントの強面だった。いざとなれば一声発すればすぐに仲間達が駆け付ける程にあちこちにメンバーが散らばって練り歩いている。そして、この会場には他にも敵対勢力のメンバー達が居合わせて居るので、いつどこで小競り合いが勃発してもおかしくないほど緊張状態だった。


「ん?何?有紗知り合いじゃねーの?」


そう林田昌嗣が男達に顔を近づけ鼻息すらも届く距離まで詰め寄る。対するチンピラ風の男も一歩も引かず睨み返している。弟の孝嗣も一緒に同じ相手に詰め寄ると、チンピラ風の仲間も林田孝嗣の肩の服を掴み上げて


「何だ!コラァ!やんのかオラァ!」


そう言って先に宣戦布告が始まった。今正に一触即発の緊張状態に有紗が困惑しおろおろとしていると、更に後ろから太い声が飛んで来た。


「おぅ!何だお前ら?俺達S会ってこと知ってて喧嘩売ってる?」


その言葉を聞いた瞬間、今までいきがって悪ぶっていた野郎達が、急に顔がこわばり気まずそうに何も言わずに去っていった。


林田孝嗣が


「有紗、大丈夫か?何もされてないか?」


そう優しく聞いてきたので、有紗の緊張が緩み笑顔が戻った。


「うん、ありがとう」


そして有紗と一緒に居る友達も


「あ…ありがとうございました…」


有紗とは違い、見知らぬ強面の男達に緊張しながら礼を言った。それを林田兄弟は察して出来る限りの満面の作り笑顔で


「いえいえ、困った時の神頼みですわ~!」


とチグハグな言い方をした。有紗の友達は、この教養の足りない男達とは関わりたくないと有紗に目で訴えるが、有紗もそれは察していながらも、助けてもらった以上はいサヨナラ~とも切り出しにくく林田兄弟に捕まっていた。その女子達の空気を読んで後から声をかけた時田俊(ときたしゅん)が


「もうお前ら解放してやれよ!その娘達、一難去ってまた一難って顔してんだろ?」


そう言った。この瞬間、有紗達は心の中でカッツポーズをしていた。そして心の声で「あんたナイス!」と叫んでいた。林田兄弟は


「ん?そうか?俺にはテンション上がっているように見えたけどな!」


「そうそう!俺もそう見えてた!」


二人して勘違いしていた。そして有紗はこのチャンスを逃すまいと


「林田君ごめんね!ありがとう!また今度ねぇ!」


そう言って笑顔で手を振りながら振り返ってそそくさと逃げるように立ち去る。その姿を見てまたもや林田兄弟が


「ほら、めっちゃ嬉しそうな足取りで軽快に歩いてった!」


「なぁ?やっぱテンションMAXじゃん?」


このアホな兄弟に時田は、とても付き合いきれないといった落胆した表情でハァーッ↓とため息を付き肩を落としていた。

実は有紗とは族のメンバーの村井翔という、チーム内の喧嘩の実力では5本の指に数えられる強者の彼女だった。有紗はよく気が利き、誰にでも愛想よく振る舞っていたので、メンバー内でも好印象な女子だった。しかし林田兄弟の目にはその有紗の友達の方に釘付けになっていたのだ。


「あの有紗と一緒に居た娘…すげえ可愛かったなぁ…」


そう林田昌嗣が言って、弟孝嗣が


「あ?お前も?お前はどっちの娘だよ?」


「俺は左!」


「俺も左だよ!あのポニーテールの方!」


「あ?それは右だろ!」


「何でよ俺から見て左だよ!」


「普通お前から見て左は右だろ!」


「あ?何わけわかんねーこと…」


そのやり取りを見るに見かねて時田が


「どっちでもいいわ!ギャーギャー騒ぐなよ!」


と大きな声で言った。そんなヤンキー達の稚拙なやり取りを見ない振りをしながらも、通りすがりの人達が背中を見せながら肩で笑っていた。時田はそれを見て少し恥ずかしくなり


「もう行こうぜ!恥ずかしいわ!」


と林田兄弟の背中を押してこの場を離れた。それから少し歩くとまた別の場所で先程のチンピラ風の野郎達と、今度は別の強面集団と小競り合いが始まっていた。それを見て時田が


「なんだよアイツら懲りねぇなぁ…バカじゃねーの?」


と言った瞬間、林田兄弟が立ち止まって不安げな眼差しでそのトラブルを見ている。


「なぁ?あの相手ってよ…K会の連中じゃねーの?」


そう言った。時田も顔が険しくなり緊張した面持ちに変わって


「そりゃちょっとマズイな…」


ボソッと呟いた。林田兄弟もすぐにスマホを取り出し、LINEでメンバー達に一斉送信を飛ばす。


[全員に伝令!この場にK会の恋愛中あり!見な軽快セヨ!]


この意味不明なLINEにメンバー達が困惑するのは想像に難しくない。

時田もそのLINEを見て冷たい視線を林田昌嗣に送っている。

これで状況理解出来る奴が何人いることか…

そう心の中で呟いていた。そして更に弟の孝嗣もそのLINEを見てツッコミを入れる!


「昌嗣!この恋愛中ってなんだよ!それを言うなら連中だろ!そこは直しとけ!」


時田は思った。やはり一卵性のバカはバカを直すことは出来ない…他にも直すとこあるだろ!と心の中でツッ込んでいた。林田兄弟と時田は顔を見合せ無言で頷く。面倒なことに首を突っ込みたくないとくるりときびすを返して元来た道を歩きだした瞬間、突然鳴り響いた怒声に周囲がシーンと静まり返り、賑やかな祭り会場は一気に殺伐とした空気に包まれた。事態を察知した林田兄弟と時田はついに始まったかと後ろを振り返り、その場で遠巻きに現場の状況を見守っていた。現場からの距離と、その周囲の人だかりのせいでその詳細は掴めないまでも、どうやら先程の5人組がK会の連中にどこかへ連れて行かれたのであろうというやり取りは推測出来た。林田達は自分等に火の粉が飛んで来なくて良かったとホッと胸を撫で下ろす。

これ程天斗達のチームのように大所帯になっても、K会というのは厄介な集団だったのだ。普通はこういう無法者集団にも暗黙のルールがあり、イベント等では一般の人達には危害を加えない、敵対勢力であっても女連れはお互いスルー、人集りの中では直ぐに場所を変えるといった、極力関係の無い人達を巻き込まない配慮をするのがマナーだった。しかしK会は全てのルールを無視し、人を傷つけることになんの躊躇(ちゅうちょ)もしない血に飢えた野良犬と変わらない粗暴振りだったのだ。一旦乱闘が始まったら、一歩間違えば死人が出てもおかしくない、いや、もしかしたら既に何人も殺しているかも知れない、そう思えるほど行きすぎた暴力で、ヤクザ達でさえ関わるのをためらう程面倒くさい連中だった。

そして、この乱闘事件が後日メンバー達を戦慄させる事件に発展していたとは、まだ当事者以外誰も気付いていなかった。


会場はK会達と先程の5人組が何処かへ移動したあとしばらくざわめいていたが、皆次第に動きだし、まるでそこには何も無かったかのように祭りの出店で賑わう夏祭りらしい空気が戻った。この後すぐに剛と薫が並んで手を繋ぎこの場を通過する。剛が片手にアメリカンドッグを持ち食べながら


「なぁ薫?最近レディースの方はどうなんだよ?この辺で敵対してる奴らとかち合ったりすんじゃねーの?」


と聞いた。薫は剛を見上げながら


「なんかさぁ、ちょっと拍子抜け…もっといろんなチームとしょっちゅう乱闘とかして暴れてるのかと思ったけど、以外とみんな見てみぬ振りしたりとかでかかって来ないんだよね…売られた喧嘩買うからカッコいいのにさ…」


そう言う薫を見て剛は

やっぱ薫は暴れたくてウズウズしてたんだな…喧嘩の大義名分にかこつけて思う存分暴れようと思ったのに、その機会が訪れなくて意気消沈しているって顔してる…


「薫…そんなに暴れたきゃ格闘家目指した方が良かったんじゃねーか?」


「え?嫌だよ!格闘家ってみんな太くて色気とか無縁って感じじゃん!」


「色気…んー…」


剛はそう言って言葉に詰まる。色気?お前…色気って言葉の意味知ってるか?もっと女の匂い漂わすようなやつが言うならまだしも…お前は確かにかわいいんだけどよ…色気って言われるとちょっと微妙だぞ?

と心の中で呟いている。その黙った剛を睨み薫は思いっきり剛の爪先をかかとで踏みつぶす!


「痛って!うわマジ痛ってぇ~」


剛は思わず顔を歪ませ片足で数歩跳び跳ねる。そしてバランスを崩した時に前に歩いていた若い男の太もも裏に膝が当たってしまった。若い男が振り返り剛を睨み付けた瞬間、剛の奥に恐ろしい目付きの薫が視界に入って目を丸くし、蒼くなってすぐに前に向き直って逃げるように早歩きで去ってしまった。剛は拍子抜けして


「あ…あの~…なんかすんません…」


その男の背中に小さい声で謝っていた。

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