第7話

「天斗、なかなかやるね!」


「かおり…これは…暴力じゃないよね?俺、初めて実戦で技を使ったんだけど…」


「天斗、誰かを守る為の力は正しい使い方だから大丈夫!相手を必要以上に痛め付ける必要はないけど。兄ちゃんが言ってた。どんな相手にも情けと敬意は忘れてはいけないって。どんな相手でも心ある人間…それを忘れるなって」


「うん、わかった。透君は、強いだけじゃなく、人としても凄いね!」


それから更に月日は流れ、薫、天斗達が中学に入学。この年頃になると、ヤンチャな男子は己の強さ、そして自分の立ち位置を確認するかのように喧嘩に明け暮れた。まるで山の猿がボス猿と自分の順位を決めるかのように。出る杭は打たれるという言葉通り、名を上げた天斗にも例外なく挑もうと果敢に攻めよって来るものが後を経たない。しかし、天斗はそんなボス猿決定戦など全く興味を示さなかった。


「おい黒崎~!逃げんじゃねーよ!」


「別に逃げてる訳じゃねーよ。同じ学校の仲間とやり合う理由がねぇんだよ」


「あ?何が仲間だ!誰ともつるまねぇお前に仲間なんて居るとでも思ってんのか?」


地元でかなり有名となった同級生達が天斗の実力を試そうと喧嘩を売るが、天斗はやり合う理由がないと逃げる。


「お前、ちょっと有名になったからって調子に乗ってんじゃねーぞコラッ!」


次々と天斗を挑発するが、全く相手にしようとしない。そして、噂はでたらめで黒崎天斗の強さは話が一人歩きしただけではないかと囁かれるようになった。

一方矢崎薫の名は知らぬもの無し!誰も薫に挑もうという勇気ある者は居なかった。それは、透の妹という理由の他に、透と薫の実力を多くの者が目の当たりにし、兄妹に救われた者が多かったからだ。

やがてボス猿決定戦は収束を迎え、それぞれの順位が明らかになり、ただ天斗一人だけが浮いた存在となっていった。



全国で数ヶ所ある中でここ天斗達の住む街にも、将来格闘家を目指す登竜門的なイベント会場の地下格闘技場がある。そして高校生部門、中学生部門という一般とはまた別に特別枠が催され、まだ少年のうちから名を売る機会がここにはあった。将来を夢見る若者達は、他県からもこのチャンスにかけて足を運ぶ者が多かった。プロの格闘家とは違い、何の計算もなく、ただ闇雲に殴り合う、そんな泥臭さが逆に若者達の間ではリアリティーな刺激となっていた。

そんな中、恐れを知らずに名乗りを上げたのが石田遼だった。初戦は中学一年の時、自分の強さに絶対の自信を持つ中学生達を圧勝した経歴が更に石田を躍進させた。無敗の強さを誇り、そして石田はいつしか絶対強者と恐れられることになる。

表で石田が名を轟かせながら、天斗は陰で人知れず弱き者の為に拳を振るう。暴力で統制する者と、優しさで絶大な信頼を得る者との、大きく二分された勢力図が出来上がりつつあった。

次第に天斗には天斗を慕う仲間が増え、薫には矢崎兄妹を慕う仲間が増えていった。ずっと孤独だった二人の人生は大きな転換期を迎える。そして中学二年に進級した時、天斗と薫の前にある転校生が現れる。名は…武田剛(たけだつよし)。他県から転校してきたので天斗や薫、石田の名は知らない。転校前は、この剛もまた負け知らずの強者だった。当然天斗達の学校では、この転校生をボス猿がいち早く目を付ける。


「おい、転校生!ちょっと放課後体育館来いや!」


「あ?誰に言ってんだお前!」


「おめぇだよ!」


ボス猿が剛を睨み付けながら顔を近づける。そして剛の胸ぐらを掴んだ。そこにはボス猿を取り巻く子分達が数十人で剛を取り囲んでいた。


「わーったよ!放課後な!」


「逃げんじゃねーぞ!」


「逃げるわけねーだろ!」


完全に剛はこの数十人相手にリンチを食らうのは目に見えていた。しかし剛はそれを知っていながら約束通り体育館に現れる。そこには既に多くの取り巻きが待ち構えていた。

そこに天斗と薫がギャラリーとして見にきていた。


「薫…流石にこれは分が悪すぎるよな」


「とりあえず様子見よう。タイマンでやるなら別に問題ない」


二人はこの騒動を遠巻きに見ている。


剛は手の間接と首をポキポキ鳴らして戦闘態勢に入る。ボス猿は数人に剛を囲ませた。


「薫、やっぱハナからタイマンでやる気はないみたいだぜ!」


「そうだね、加勢しようか…」


そう言った瞬間、剛がボス猿目掛けて突進した。いきなり飛びかかられたボス猿は瞬殺で剛に敗北…それを見ていた取り巻きが一斉に背後から襲いかかる。流石に数を相手に剛はボコボコに潰されていく。そして薫が


「もういいだろ!タイマンで頭に勝ったんだからお前らの負けだろが!」


そう一喝して全員の手が止まりシーンと静まり返る。倒れている剛に向かって薫が声をかける。


「大丈夫か?あんたなかなかやるじゃん!」


そう言って剛にハンカチを差し出し顔の血を拭き取った。剛はこの時薫に一目惚れし恋に落ちる。この出会いが後に薫が不幸になる始まりだった。


「君は…名前…何て言うの?」


「矢崎薫。あんたは…たけだ?だっけ?」


「武田剛、宜しく!」


剛はなかなかのイケメン、背もすらりと高く女子にモテる要素は揃っていた。しかしこの時はまだ薫には全く興味のない一人の男子でしかなかった。

天斗はこの時既に剛に対して言い知れぬ嫉妬心をたぎらせる。

薫…お前は…

天斗はずっと一途に薫を想い続けてきた。いつも薫を見てきた。いつだって苦楽を共にしてきた。本当の身内のような存在であり、親友であり、そして…心の中では恋人でも…


それから剛は薫に猛アタックをかけた。


「なぁ薫!今日一緒に帰ろうぜ!」


「え?別に良いけど…」


薫はチラッと天斗の顔を見る。天斗はあえてそっぽ向いて知らん顔をきめる。薫は天斗の気持ちを知っている。


「天斗…」


薫は天斗が自分を引っ張って「俺と帰るぞ!」くらいの言葉をかけてくれるのを期待するが、当然クール気取りの天斗がそんな言葉をかけてくれるはずもないと諦め、剛の誘いにあえて乗って嫉妬心をあおる。


「いいよ…」


剛は薫によく転校前の学校の話を聞かせた。剛は薫達の住む街より更に都会の方から来たのだ。都会の怖さや楽しさを面白おかしく語るのを聞いて、薫は自分の世界がすごく狭いのだと感じた。しかし、その一方でどこか半分上の空になっている部分もあった。

天斗…あんたはどうしてちゃんと私を掴まえていてくれないの?どうしてこんなに簡単に他の男といることを許しちゃうの?ちゃんと私のことを守ってくれなきゃ…私…


いつもいつも一緒に行動してきた天斗と薫の間に、次第に溝が出来ていた。ある時、天斗と薫が夜に街をブラブラと歩いていると、酒を飲んで集まっていた若者集団の一人が二人に絡んできた。


「おっ?こんなガキがこんな時間にこの辺ブラブラしてたら危ないぞ?」


ろれつも回ってないほど酔った若者が薫に抱きつこうとした時、天斗が


「薫、酔っ払い相手にしても仕方ない。やり過ごそう」


そう言って薫の手を素早く引いてその場を立ち去ろうとした。その拍子に倒れ込んだ酔っ払いが更に絡んでくる。


「おいガキィ~!お前よくも…待てコラァ~…」


ゆっくりと立ち上がり迫ってくる。それを見ていた若者集団達も面白がって天斗と薫に近づいてきた。


「行くぞ薫」


それでもまともに相手する必要無しと判断した天斗が無視を決めて歩き出す。逃げるように立ち去る二人を集団が走って追いかけてきた。


「おい待てよ!ちょっとお兄ちゃん達と遊ぼうって言ってるだけじゃねーかよ!逃げんなよ!」


そう言って一人が薫の肩を掴もうとした次の瞬間、相手は地べたを舐めていた。


「薫!酔っ払い相手にしても仕方ないよ!」


「天斗…私ちょっとストレス溜まってる…悪いけどこんなバカな奴らに売られた喧嘩を今日だけは黙ってられない…」


「薫…」


天斗にはその薫のストレスの原因がわからなかった。薫は天斗が自分に対しての気持ちを告白して自分のものだと言い切って欲しかった。揺るぎない愛情を注いで欲しかった。剛に言い寄られる自分を守って欲しかった。自分の心を抱きしめて欲しかったのだ。しかし天斗は一向にその素振りを見せることはない。


「ガキだけどわりといい女だぞ!」


「ねぇ嬢ちゃん、ちょっと一緒にお酒飲もうか?」


うざったい酔っ払いに堪りかねた薫が


「うぜぇんだよ!ブサイク!」


おもいっきり感情を露にして吐き捨てた。


「あぁ?何調子に乗ってんだガキ!」


「ガキだから何も手を出さないと思って舐めてんのか?」


集団が二人を取り囲んだ。天斗は腹を決めて薫を守ろうとした瞬間、薫は酔っ払いを次々と投げ飛ばしていた。そして更に一撃ずつとどめを刺す。


「薫?」


いつもよりも感情的な薫を見て天斗が


「どうした?何そんなにイラついてる?」


「別に…」


素っ気ない態度で黙々と歩き出した。一瞬天斗は立ち尽くしたがすぐに追いかけて


「薫?」


天斗が機嫌を伺うように言葉をかけたとき薫がキッと睨んで


「ねぇ…天斗…もし私がお嫁に行けなかったら…あんたどうする?」


天斗はその言葉を投げかけられた瞬間固まってしまった。

どうする?って…言われても…どう答えたら良いのか…俺はお前のことを…でも…お前の気持ちが…もし俺の気持ちを伝えて、お前との関係がギクシャクしたら…俺は…

一人であれやこれや考えていた。


「天斗…あんたは私のことを…どう思ってる?もしお嫁に行けなかったら…どうする?」


更に薫は天斗にチャンスを与える。しかし薫の期待は大きく裏切られた。


「どうって…そりゃお前ほど男勝りだったらそれは不思議じゃ無いからな…笑ってやるよ…」


天斗は素直になれず薫に自分の気持ちを伝えることは出来なかった…


「フンッ!あっそ!笑うんだ…もう二度とあんたには聞かない!」


後にも先にも天斗が薫に想いを伝えることが出来る機会はこの時一度きりだった。

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