第6話

薫と天斗は遠巻きにその集団を見ていた。


「何やってんだろ?誰か囲まれてる感じじゃない?」


薫が言った。天斗は「困ってる人が居たらそれを見て見ぬふりをするな」とは教えられてきたが、流石に小学生が高校生の喧嘩の中へと入って行くのは無謀だと思っていた。


「かおり…まさかとは思うけど、流石にあの中には入って行かないよな?」


「そりゃ私達が入った所で何も出来やしないじゃん」


その言葉を聞いて天斗は胸を撫で下ろす。天斗は薫に鍛えられた成果もあり、自分でも知らずに実力を付けているのだが、未だ実戦経験がないためにその自分の力に気付けずにいた。薫はトラブルであろう集団の成り行きを黙って見つめる。そとのき囲まれている少年が集団の一人に殴られた。


「完全に弱いものいじめじゃん!」


薫が拳を固めて怒りを露にしている。


「かおり…無理だよ…絶対…相手は高校生っぽいし…」


今にも飛び出して行きそうな薫を制した。そして二人の目に飛び込んで来たのは…迷いなくその集団トラブルの渦中に飛び込んで行く透の姿だった。


「えっ?兄ちゃん?」


「まさか!透君?」


二人は思わず声を上げた。


「おいおい!どうしたんだよ!どう見てもこりゃ弱いものいじめにしか見えねーぞ!」


透が囲まれてる少年の前へ立ちはだかりかばう動作を見せた。しかし、明らかに高校生同士の喧嘩にまだ一回り身体の小さい透が彼をかばうのはアンバランスに見える。


「おいおい…じゃねーよ!なんだこのクソガキは?お前の出る幕じゃねーから家に帰んな!」


「いや、ちょっと待った!確かこいつは…矢崎…透…」


集団の一人がその名前を口にした時、一瞬全員顔が引きつった。透は無意味な喧嘩には全て逃げてきたが、こうして度々起こる卑怯な喧嘩だけは例えどれほど不利な状況下でも絶対逃げずに解決してきた。そうしてこの矢崎透という名は知らず知らず知名度を上げていた。


「なるほど、大した度胸だと思ったらこいつが矢崎か…いつかクソ生意気な矢崎をシメてやらなきゃならないと思ってたんだよな!丁度いいよ!」


そう言ってこの集団の中の番長的存在が透の胸ぐらを掴もうとした瞬間、目にも止まらぬ速さで一回転して地面に倒れていた。見ていた者の目には、それが人形でも投げつけるかのようにフワーッと綺麗に宙を舞うように映った。それを見ていた全員が声も出ずに立ち尽くしていた。


「俺は暴力に訴えるやり方が一番嫌いなんだよ!何があったか知らねーけど、やるならタイマンだろ?正々堂々とした勝負の勝ち負けには俺も口は出さない!」


そうして透はジロリと取り巻き連中を睨み付ける。それでもまだ多勢に無勢…頭がやられてるのを放っておいて逃げ出すことなど出来るわけがない。ましてや中学生一人相手にとなれば。集団の中の一人が透に向かって行ったのを見て、次々と一斉に動き出した。透は鬼神のごどく高校生達を倒していく。しかし一人が近くに捨ててあった鉄の丸棒を手に取った。薫はすぐに乱闘の中へと駆け寄って行って透の背後から武器を振りかざす卑怯な相手に、無防備になった脇腹目掛けて飛び蹴りを喰らわした。


「グフッ」


流石に不意を疲れた少年が鉄の丸棒を落として脇を押さえてうずくまる。


「兄ちゃんを傷付ける奴は絶対許さない!」


薫が高校生相手に物怖じせずに飛びかかった姿を見て天斗は心が震えた。

これが…これが…本当の強さ…人を守るっていうことの本当の意味…俺は…強くなれていない…


「薫?何でお前まで出てくんだよ!危ねぇーじゃねぇか!」


「だって今のは絶対兄ちゃんやられてたもん!」


「とりあえずお前はもう下がってろ!お前をかばいながらやるのは難しい!」


そう言ったとき透の後ろから頭部目掛けて蹴りを放った者がいた。


「兄ちゃん!」


薫が叫んだ瞬間透の側面に蹴りが…


当たらず体勢を大きく崩す。そして残り全員がバタバタと倒れていった。その数はざっと十人は居たという。普通で考えれば、三人相手にしてもまず勝算は薄いものだ。それを中学生が高校生達を赤子の手を捻るが如く倒してしまう実力は、正に化け物以外に当てはまる言葉は無いだろう。そうして透は自分の意に反してどんどん名をはせていくのであった。


集団に囲まれて殴られた少年が透に向かって


「あの…ありがとう…君が矢崎透君かぁ…噂には聞いたことあるけど…間近に見るとほんとに強いんだねぇ!」


「別に…強いわけじゃないよ…ただ、弱いものいじめが嫌いなのと、困ってる人は絶対見て見ぬふりは出来ないだけだよ…」


「君中学生だろ?こいつらだって決して弱い奴等じゃないんだよ?けっこう地元では有名な悪なんだから…」


「こんな卑怯な奴らが居るから世の中ダメなんだよ…」


「ねぇ、お礼をしたいんだ。ちょっと付いてきてくれないか?」


「えぇ…そんなのいいよ別に…」


「いや、是非来てよ!君達に見せたいものがあるし!」


そうして透、薫、そして天斗はこの少年に誘われるがままに付いていく。この出会いが後に薫や天斗の拠点となり情報収集源となる足掛かりだった。


彼に誘われ着いた先は、繁華街の一画にある小さなライヴハウスだった。そこは若者達の憩いの場として地元では広く知られていた。夜になれば沢山のバンドマン達が将来を夢見てライヴを披露した。そうして集まった若者達が、沢山の情報交換やコミュニケーションの場として活用していた。ここでもやはり透の名前は天にも届きそうなほどの勢いで語られていた。


「実はさぁ…俺の親父も君達のお父さんには随分と世話になってきたらしいよ。矢崎…拳さんだろ?親父達の世代でも君のように凄い有名な人だったみたいでさ、やっぱり親子ってのは似るもんなんだね!」


透も薫もその話は知っていた。たまに家に遊びに来る父の旧友がその話を酔っ払いながらよく語っていたからだ。しかし、透と薫にとって矢崎拳は自分達をほったらかしにして仕事ばかりしているイメージしかない。


「今日はほんとにありがとう!君たちがもしこのライヴハウス会場を利用する機会があったら是非声をかけてよ!」


そして三人はここを後にする。


「透君、透君はやっぱり凄いね!かおりもあそこで出ていくとは思わなかったけど!」


「まぁ、たしかになぁ…薫が出てきたのは予定外だったよ…怪我したらどうすんだよ!女が消えない傷作ったらマジでお嫁に行けないぞ!」


「はぁ?だから兄ちゃんがそれを言うか?」


「だけどな黒崎…勝てるから向かっていく、勝てないから逃げるってのは、アイツらとそう変わらねーぞ!多勢だから勝てる、一人だから弱い… そうじゃねーよな?あの時思い出してみろよ!惨めに理不尽にボロ雑巾のようになった自分の姿…でも、あの時お前が5人相手に殴り返したから今いじめにあわないんだろ?お前の強さを信じろ!今のお前の強さは、そういう奴を守る為の力なんだよ!」


「でも…透君、俺はまだ喧嘩したことないから自分が強くなったのかどうかわかんないよ…」


「天斗はもう十分強いよ!」


薫が言った。


「天斗はもう小学生レベルで言ったら絶対あんたに敵う相手は居ないよ。私だって中学生相手くらいなら怖く無いもん」


「え?ほんとに?俺は…そんなに強くなってる?」


「黒崎…お前の力は誰かを傷付ける為にあるんじゃないことだけは覚えておけ!意味のない喧嘩はするな!自分が十分強いとわかってるなら、それを皆に見せつける必要は無いんだよ。自分よりも弱い相手を殴るのはただの暴力でしかないんだから!」


「はい!わかりました!」


天斗は強き者の精神を学んだ。後にそれが、今はまだ孤独な天斗が大勢の仲間を得る推進力となる。


そして天斗がまだ無名な一方、天斗達がまだ知らない所で同級生の石田遼(いしだりょう)が絶対強者として名前を上げていた。この時既に薫ですら敵わないほどの実力を付けていた。更に石田は暴力団関係者の息子という後ろ楯もあって恐れるもの無しと、我が物顔に振る舞っていた。天斗や薫とは基本精神が正反対の石田は、力で人を従わせる傾向が非常に強かった。なので本当に石田を慕い付いている者は一人も居なかった。


天斗、薫が小学六年生に上がった頃、ある事件がきっかけで黒崎天斗の名は一気に世間に広まることになる。その日天斗と薫が二人で街ブラしようと駅に着いた。そして駅入り口辺りで中学生達がカツアゲしているのを目撃してしまった。当然それを見て黙っていられない薫が中学生達に


「何やってんの?カッコわる!」


いきなり喧嘩をふっかける。当然小学生の女の子と甘く見た中学生三人が


「あ?なんだこのガキ!いいから引っ込んでろ!」


と追い払おうとする。


「弱いものいじめして楽しい?」


「うっせぇーなぁ!あっち行け!」


そう言って薫の顔を手の甲で殴ろうとした瞬間、反射的に天斗がその手を掴んだ。あまりにも強い握力に中学生が顔を歪める。


「かおりに手を出すな!女殴るなんて最低だぞ!」


怒りに満ちた瞳でキッと睨み付ける。中学生が目の前の小学生のこの力に一瞬怯んだが、他の中学生達が天斗に殴りかかる!


ヒュッ!


とあっさり拳を交わしたと思った瞬間、クルッと一回転して倒されていた。と、同時に最初に手を掴まれた中学生もぶっ飛ばされていた。その早業にもう一人の中学生が逃げ出した。倒れた中学生は、この強い少年のことは知るよしもない。そして後に目撃者からその噂が広まって黒崎天斗という名を世間は知ることになる。もはや矢崎透の陰に守られているだけの少年ではなくなっていた。

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