16 17歳の心中




どー......でもよくなっちゃって



なんかもう.....どうでも良くて



俺は.....



君がいれば、それで良いと思ったんだ




遠くへ逃げようか、って話してたんだ。


でもお金なんかないし、捜索願いとか出されて面倒くさそうだし。


美咲の父さんがそもそも警察のなんか偉い人みたいだし、下手したら俺が誘拐犯みたいになりそうだしでもっと面倒くさい。


じゃあ、この世じゃない所に逝こうか、って話に至るのにそう時間はかからなかった。


俺達は付き合ってまだ2ヶ月だけど、それを決めるのに充分な理由も揃ってた。



「どーやって逝こうか....。」


「んーー...。」


「苦しくないのがいいね、簡単なの。」



だから俺たちは、電車に乗ってこんな田舎の海辺までやって来たんだ。



「この間さ、あの..女優、なんだっけか、あの人がさ、理由も分からず急に自殺したじゃん。」


「うん。」


「なんかその気持ち分かるんだよね。突然さ、こう...衝動ってゆうかさ。」


「うん。分かる。」



俺は美咲の手を引いて、曇天の中海辺を歩きながら思い出したニュースの話をした。

内気だけど優しい美咲はいつも静かに俺の話を聞いてくれる。



「あの崖、どぉ?」


「....うん。」



その崖っ淵は、簡単に古いロープが張られ、ただの木の板にペンキで『侵入禁止』と書かれた札が1つぶら下がってるだけだった。


俺はロープを跨ぎ、後ろを振り向いて美咲に手を伸ばした。

美咲は静かに俺の手を握り、恐る恐るロープを跨いだ。


美咲の手は少し汗ばんでいて、不安そうに崖の下の荒く波打つ岩場を覗き込んでいる。



「怖いか?」


「....ん..だ...いじょぶ...。」



俺はその汗ばんだ手を強く握りしめ、美咲の唇に軽くキスした。

そして美咲が少しでも安心出来るよう、俺はできる限り微笑んで見せた。


美咲はとても不安そうな顔してたけど、俺は崖下の岩場を見つめ、深く息を吸った。



「向こうでも、ずっと一緒だよ。美咲。」


「..みつ...くん...。」



そして俺がその手を固く握り、荒波へ飛び込もうと地面に踏ん張った、

その時だった。



「死ぬんすかー?」



頭上から声がした。


見上げると、黒く大きな翼を小刻みに羽ばたかせながら宙を舞う、黒いスーツを着た背の高い男が俺達を見下ろしてた。



「ここあれだね、なんとか越さんがよく使う崖でしょこれ。」



男は崖の下の岩場を覗き込みながらなんかくだらない事言ってる。



「あ、ごめん。俺、死神のガクね、よろしくぅっ。」



そうウィンクするふざけた男。

俺は何度も何度も瞬きして、糸で吊ってんじゃないかとかよくよく目を凝らしたけど、どうやらそうではないらしい。



「中島光信、死ぬんならさ、俺にその魂預けてくれ。」



死神だとかいうそれは、俺の目の前まで降りてくると眉を上げ、タレ目でニコリと微笑みそう話した。


俺はなんと言ったらいいか分からず横目で美咲を見た。


美咲は、今にも泣き出しそうな顔で俺を見つめてる。


いや、待て。


....


美咲?



「ごめんな、俺が時間止めたんだわ。」



死神の言葉に俺はやっと気がついた。

そう言えばさっきまで激しく聞こえてた岩場を打ち付ける波の音がしない。

美咲の顔を覗き込んでもさっぱり俺と目が合わない。



「.....っ....止まってる....。」


「っそ、お前の承諾を得るために俺が時間を止めたんだ。」



死神はスラックスのポケットに手を入れて、その口元はやはり軽く笑ってる。



「光信、あの世ではさ、転生する魂にエネルギーが必要なんだよ。

そのエネルギーっつーのが、お前みたいな自殺者の魂。

寿命まで生きられるエネルギーを残してるからね。

だから、俺はそれを回収してんの。仕事なんだわー、協力してもらえないかなぁ?」



死神だとか魂だとか、何言ってんだろうとも思ったけど、実際に時間が止まってるわけだし、これが現実だろうと夢だろうと、そんなものどうでもいい。

もうどうでもいいんだ。

俺は美咲と一緒にいられるなら、それでいい。


だから俺は、死神に一つだけ要求したんだ。



「....い...いいけど....あの世でも美咲と一緒にいられるようにしてよ。」



俺は美咲の手を更に強く握って死神を睨みつけた。



「うん、無理だな。」


「え。」



死神は俺たちを見下ろしながらあっさりと言い切った。



「いや...あの世って...さ...一緒に死んでも行先って違うの...?」



俺はここから落ちることを躊躇った。

美咲と一緒にいられないのなら何の意味もないじゃないか。



「いやさ、行先も違うけどね、それ以前の問題なんよお前ら。」



死神は少し困ったように眉をひそめ、美咲へと目を向けポツポツと話し始めた。



「光信、いいか。俺はな、自殺専門死神なんだよ。」


「....うん....。」


「分かるか?自殺する意志のあるやつの前にだけ現れるわけよ。」


「.....うん。」


「.....はぁ....分かんねぇか。」


「え...?」


「今俺はお前にしか見えてねんだ。」


「う...うん...。」


「....てことはだぞ光信....」


「はっ!!」



俺はその瞬間、とんでもない事に気づいた。



「そう...お前にしか自殺する意思がねぇってことだ。」


「っ!!」



俺はようやく理解し目を見開いた。

とりあえず、今の一瞬でぐちゃぐちゃに掻き乱れた頭の中を整理してみる。


一緒に逝こうって言って、美咲がうんって言って、さっきも...怖いかって聞いて、大丈夫って言って....手が...汗ばんでて........

そう言えば.....

なんだ...この美咲の悲しそうな表情は....。



「光信、あんまこんな事言いたくはないが、その女、今お前の手を離そうとしてんだ。」


「........な....ん...。」


「そいつはな、今になって怖くなったんだよ。」


「...な...。」


「お前を裏切るだとかそんなつもりなんかじゃねぇ。

単純に崖の下を覗いたら恐怖が勝ったってだけだ。」


「....みさき...。」



今の俺の感情は、喜怒哀楽のどれに当てはまるんだろう。


いや、でも確かにこんな光景目にしたら恐ろしいと思えるのが普通だ。


じゃあそう思えない俺は狂ってるのか?



「進藤美咲。

父親は警察官僚のお偉いさん。

時には手を上げる厳格さは小さい頃から美咲を苦しめてきた。

極寒の中肌着で外へ放り出され、出来ない課題があれば正座させられ出来るまで平手打ちを喰らう。

気の弱い母親はそれらを止めてやることも出来ずただただ父親の言うことを聞くように、とだけ言って育ててきた。

結果、自分の意思を持たず逆らわない、父親の思うがままの人形となっちまった。」



そうだ、だから俺は助けてやりたいと思った。

守ってやりたいと思った。

箱庭の中に閉じ込められたこいつを救いたいと思ったんだ。



「一方で中島光信、母親はヤク中のストリッパー。中学生の頃からろくに学校にも行かせずお前に売春させ、まるで物としか見られない腐った環境でお前は生き抜いてきた。

香水くせぇババアや頭のおかしい悪趣味なオヤジなんかの相手はさぞ辛かったろうよ。」


「........。」



今一番思い出したくもない現在進行形の黒歴史。

死神は簡単に掘り返してくれやがった。


俺を売り続ける母親を何度殺そうと思ったか知れない。

だけどあいつはもうダメだ。

薬でガリガリにやせ細ってきた。

キメる頻度も多すぎる。

たぶんそのうち勝手に死ぬ。


なんせ中学の頃の俺なんか裏ルートで高く買って貰えた。

男だろうと女だろうと、俺はただされるがままに痛みを伴うその地獄のような時間をやり過ごすしかなかった。


そして中学卒業後の17歳になった現在でもそれは続いている。


そうだ、だから昨日の気持ち悪いおっさんの後、俺は全てがどーでも良くなってしまったんだった。

だから、美咲と逃げてしまおうと...。



「でもさぁ光信、お前、ホントにその女と死にてぇのか?」


「....は...?」



俺は死にたい。

それは間違いない。

でも俺は、何で死にたいんだっけ?



「その願望はさぁ、そいつを守ってやりたいんじゃなくて、お前が逃げるための口実なんじゃねぇのか。」


「っ!ち...が...。」



反論しようとしたが言葉が見つからない。

どう考えても死神の言葉は、肯定する以外の要素が見当たらない。


俺はもしかして、とんでもない間違いを犯そうとしていたのではないのか。



「よく考えろよ光信。美咲は自分の意思を主張できなくなっちまった哀れな少女なんだ。お前に言われるがまま付いてきてしまっただけの、ただの人形だ。

なぁ、その現実逃避に美咲は必要か?」



人形...。

確かに美咲は物静かで、いつもただ俺の傍で笑ってくれる。


俺の全てだ。


でも、美咲は、俺と死にたいのか?

いや、美咲は一度だって俺に意見を主張したことはない。

死にたいとも、逃げたいとも、意思を示したことがない。

思い返してみれば、全部俺の提案だ。

美咲はただそれに頷いていただけだ。

今日だって......。


では何故ここまで付いてきた....?


美咲は....俺に合わせて相槌打ってただけだったっていうのか...?



「美咲がここまでお前に付いてきた理由は死にたいという願望じゃない。

お前と一緒にいれば、あの環境から逃げられるのではないかという、漠然としたただの希望だ。」



俺はこのクソみたいな人生を終わらせたい。

だけど、それに美咲は必要ない...。


そうか、あんな窮屈な箱とはいえ、かりにも金持ちの家のお嬢様だ。


俺じゃなくても、こいつは生きていける。


美咲には....俺とは違う人生が、広がってるんだ....。



「死神さん....俺間違ってたよ。

美咲と一緒に死にたいんじゃない。

俺が死にたいから美咲を巻き込んだ。

そうだろ?」


「.....。」


「俺のエゴに美咲を付き合わせてただけだ。俺は美咲の人生まで奪うところだった。

行くのは俺1人でいい。」


「それで、いいのか?」


「....うん。俺は母親の金欲の為に生かされてきただけだ。こんな人生、リセットしたい。」



俺の魂を迎えに来たはずの死神が、なぜか寂しそうにため息をついた。



「はぁ...中島光信、死ぬんすか、生きるんすか。」



確かにいろんな後悔は込み上げる。


もしかしたら違う方法があったのかもしれない。


俺はなぜ思えなかったのだろうか。


好きだからこそ、生きて欲しいと。


なぜ、思えなかったんだろうか。



「死にます。」



その返事の後、死神は少しの間俺を見つめた。


そしてゆっくりと手を挙げると、その指をパチンと鳴らした。



────


時が戻ると同時に光信は、その手に固く握っていた美咲の汗ばんだ手の温もりに名残惜しさを感じていた。


この手を離せば、自分も彼女も自由になれる。


そして既に崖の下へと蹴り上げてしまっていた光信は、

その手を離し、パシり...と振り払った。



「あっ....!」



美咲が声を上げた頃にはもう、光信の足元は地についておらず、あっという間に落下し、激しい波に飲まれてしまった。



「あ....あ....。」



美咲はその場に尻もちを着いた。


本気だったなんて思わなかった。

自分はただ、光信と過ごす時間が唯一の拠り所だった。

光信が一緒に死のうと言っていた時も、なぜ自分は断らなかったのか。

なぜ他の道を考えなかったのか。

なぜ自分ばかりを救いを求めて彼を救おうと思わなかったのか。


そして、光信はなぜ自分の手を振り払ったのか。


考えれば考えるほど、もう遅いという事実が波のように押し寄せ、ボロボロと大粒の涙が零れ落ちる。



「みつくん....最初から...そのつもり..だった....?」



美咲は尻もちをついたまま一人、子供のように大声で泣き出した。



「...ぅ...あ....ぁぁぁあーーーっ!みつくんっ....ごめんなさっ....ごめんなさいっ!

ごめんなさいっ!ぅぁぁぁぁあーーっ!!

ごめ”んなさぁぁぁーーーーぁああいっ!」





────────



水面に浮かんできた光信の遺体から、ガクは額に手を充て白く光る魂を抜き取る。


そして、泣き叫ぶ美咲を背に、無表情且つ無言のまま、ガクはその漆黒の翼で曇天の空高く、飛び去って行ったのだった。





人間にはどうしようもない苦の瞬間がある。

金銭での失敗。

男女関係のモツレ。

自分以外の人間を傷つけた時、また殺した時。

そして、毒親からの支配。


それが自ら命を絶つ死へと発展してゆくなら、是非協力してやってほしい。

死神屋さんのガクさんに。

アナタの力で生を受ける魂たちに。



TO BE CONTINUED…


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自殺専門!死神ガクさんに魂を! ゆあっしゅ @uash

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