其ノ二十 終幕

戦いが、終わった。


あの後、先に帰ってろと美沙さんに言われたので、明と俺は先に帰らせてもらうことにした。

腕輪をつけ、明の腕輪とつける。眩い光が俺たちを包んで、気づいたら、タイムマシンの中にいた。ほっとして、思わずため息をつく。

俺は、明の横顔を見つめる。それに気づいて、明がこちらを向き、笑った。

「疲れたねぇ。てか、なんでそんな見つめてくるの!恥ずかしいってば。」

そう言って、両手で顔を隠す明。

俺は、明の手首をそっと掴み、手をどける。

顔を少し赤くした明と目が合う。俺は、息を、少し吸って、そして、


「おかえり柊真君、明君っ!!私は猛烈に君達に感謝しているッッッ!」

と叫ぶ博士に抱きしめられた。

『おい博士、今いいところだろうがっ!』

と思った矢先、ちょうど傷ができたところに博士の手が当たる。肩の傷が痛んで悲鳴をあげる。そして、そこから先の記憶がない。

なんか、疲れてたらしい。気づいたら博士んちのソファーの上で寝ていた。

そりゃ刀持って戦ってたもんな〜。えらい、俺。

で、明はというと、同じく緊張から解放されて、俺の数秒後に半ば気絶するように寝たらしい。

ソファーから降り博士のところへ向かう。すると、


ガギィン!


と耳をつんざくような音がして、

「うるさっ!」

と思わず叫んだ。

「あぁ、柊真君。起きたのか。まだ美沙たちは帰ってきとらんから、もうちょうど寝てたらどうだ?」

博士が、笑いながら言った。ただし、手には鉄製の大きなハンマー。博士の目の前には、凹んだタイムマシン。

「何やってるんですか!!」

そういうと、博士は哀しそうに嗤った。

「このタイムマシンは、悲しみしか生まなかった。無関係な君たちも、巻き込んでしまった。だから、もうなかったものにしようと思ってな。」

「そうじゃなくて!」

俺は、思いっきり力を込めて叫ぶ。

「それがなかったら美沙さんと和さん帰ってこれないじゃないですか!」

「……あー!」

博士の顔が、みるみるうちに青ざめていく。

「やばいやばい、壊れとらんよなまだ。大丈夫だよな美沙っ!」

そして、博士はタイムカプセルに抱きつき、美沙、美沙、とうめきながら泣き始めた。

「大丈夫ですから!ほら、この可愛いワンちゃんの写真でも見て落ち着いてください!」

俺は、近くにあった犬の写真を見せる。

「この犬わぁ…美沙がぁ…可愛がっていた犬でなぁ、去年虹の橋を渡ったんじゃが…いつも美沙はこの子と一緒だったなぁ…あぁ、美沙…」

そう言って、博士はさらに号泣。

もう俺は、タイムマシンが壊れていないことを祈るしかない。そう思って、手を合わせたその瞬間。

タイムマシンが、光った。

はっ、と息を呑む。

徐々に光が消え、中から、美沙さんと和さんが現れた。

「み、美沙ぁ…」

博士が、タイムマシンから出てきた美沙さんを抱きしめる。

「おじいちゃんどうしたの⁉︎」

俺は、美沙さんになんとなくの流れを説明する。

「もーおじいちゃん、私帰って来れなかったらどうするの!」

そう言って、美沙さんは笑った。

「あー、美沙さん和さん、おかえりなさい!」

明が部屋に入ってきた。

「ただいまー!」

美沙さんがまだ泣き続ける博士の背中をぽんぽん(というかはどしどし)叩きながら、満面の笑みで言う。

「よし、全員揃ったところで、最後どのように決着をつけるかについて話します。さっき、葉月とも話し合ってね、和もいろいろ雑務を引き受けてくれました。」

「あはは。」

和さんの乾いた笑い。たぶん使いっ走りにされてたんだろう。光景が容易に想像可能。

そして、美沙さんはこれからのことを話してくれた。


盗んだタイムマシンについては、タイムスリップ能力のない人たちを現代に帰すのに使った後、タイムスリップ能力のある葉月が博士に届けること。

葉月たち一族は、もうこのようなことから手を引くこと。

でも、別の方法で、一族の名誉を取り戻すこと。それは、美沙さんも手伝うこと。

監視という意味も兼ねて、一族は近くに住むこと。


「待って、てことはさ、美沙。」

使いっ走りにされててこの話を初めて聞いた和さんが、震える声で言う。

「美沙、またご両親と暮らせるってこと?」

そうだ、美沙さんは一族を離れてからご両親と会えてなかったんだ。

「そう…なるね。」

美沙さんは、あいまいに笑った。でも、目には、少しだけ光るものがある。

「よかったじゃん!」

和さんはそう言って、美沙さんを抱きしめた。

「よかったじゃん!本当によかった…!」

「なんで私より喜んでんの!会うの久しぶりだから色々心配だけどさ。」

えへへ、と美沙さんが笑う。

「あ、ちゃんと中学はこれからも楓学園だから。」

「よかったです。」

俺も、思わず、笑う。

「みしゃじゃーん!!(※注 美沙さん!)」

すごい声がしたので、思わず声の方を向くと、明がすごい勢いで泣いていた。

「なんでお前が泣いてるんだよ!」

「なんかぁ、みんなぁ、幸せだかりゃぁ!」

「ありがと、明ちゃん。」

美沙さんが笑う。外は、夕焼けに染まりつつあった。


「じゃあ、壊すか。」

博士が、鉄製のハンマーを、機械の部分に振り下ろす。


ガシャーン


大きな音がする。火花がパチパチと散る。

世紀の大発明は、葬り去られた。

考えてみれば、ずっと、この機械に散々な目に遭わされてきた。

モニターとして江戸時代に行って、危うく処刑されかけて。

平安時代に行って、変な方向に蹴鞠蹴っちゃって。そして、明が攫われて。

戦国時代まで明を迎えに行って、戦って。

ほんと、大変だったなぁ。

もう使えないタイムマシーン。俺はそれを見ながら、言った。

「明、帰ろっか。」


夕暮れの空を、二人並んで歩く。

「柊真、」

明が、足元を見つめながら言う。

「助けてくれて、ありがと。」

「……別に、たいしたことはしてない。」

続きの言葉に困ってしまう。すると、明が恐る恐る、というふうに言った。

「柊真、肩の傷、大丈夫?」

「……ん、ああ、明日病院行くよ。」

「早く行けっ!」

はいはい、と俺が適当に言うと、「まじで、ホントに、心配だから!」と叫ばれた。

「なんか、申し訳なくって。私が葉月に捕まったりしなきゃ、柊真が怪我しなくて済んだのになぁって…」

「あのなぁ、」

俺は、少しだけ怒りながら言う。

「これはお前のせいじゃないだろ。切ってきたやつが悪いんだから。」

「でも……」

「気にすんな。なんか、怪我した俺が申し訳なくなるから。それに、俺は明が無事なら、それでいいから。」

しばらく、顔を上げられなかった。すると、車の音でかき消されそうな、小さな声が、ひとつ。

「柊真ってほんと、優しいよね。」

少しだけ明の方を見ると、明は、くすっ、と笑っていた。

俺は、息を吸った。さっき言えなかったことを、伝えようも思って。

「あのさ、明。」

三文字の言葉が、夕焼けに吸い込まれていく。

「……ばか。」

明が蹴った小石が足に当たり、「痛っ」と声を上げた。

隣を見ると、いたずらっ子のような笑みで笑う明。

俺は、思わず俯いてしまう。

今までのことを思い出しながら、俺は、タイムスリップしてよかったと、少しだけ思った。



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タイムスリップ型脱出ゲームへようこそ〜戦国〜 きなこもち @kinakokusamoti

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