其ノ十九 決戦

「美沙さん⁉︎」

俺は、驚いて叫ぶ。

なんで、美沙さんは、裏切ったはずじゃ、

「やっぱりねっ!」

葉月は少し笑って、後ろに飛びのく。

「なんで、美沙さんっ…」

「柊真君は後ろに下がっといて!明ちゃん守っときなさい!」

美沙さんの鋭い声に、俺は慌てて明のもとに駆け寄る。

その場にいる全員が、二人を見つめていた。

みんな、きっとわかったんだと思う…この二人の勝負で、全てが、決まってしまうことを。

「っ!」

美沙さんが振り下ろした刀を、葉月が受け止める。

お互いの刀が離れ、少し距離をとったあと、葉月が美沙さんの右肩の方に刀を振り、美沙さんはそれを難なくかわす。

二人の戦いは、とても疾かった。

どれくらいの時間が経ったのだろうか。

間合いを詰め、二人の顔の目の前で、刀が交差する。

ギリギリと刀の擦れる音がする。

葉月は、少し、笑っていた。それが、すごく、怖い。

「やっぱり美沙、あんた、敵だったのね。

あなたは、私たちと同じはず、でしょう?

なぜ、裏切るの?」

「……過去を変えるなんて、そんなの、許せない。」

美沙さんのその一言で、葉月が一気に真顔になる。

刹那、

「くっ!」

美沙さんが凄い勢いで吹き飛ばされる。

背中から叩きつけられた美沙さんに、葉月が覆い被さるような格好になり、葉月は刀を振り下ろす。それを美沙さんが顔寸前のところで止める。

「過去を変えることの何が悪い!

私たちはずっと馬鹿にされてきた!

没落した武家として、ずっと苦しい生活を強いられた!

それを変えることの何が悪い!

先祖を救おうと思うことの何が悪い!」

顔を真っ赤にして、葉月が叫ぶ。

「……悪く、ない。」

美沙さんが、小さな声で言う。

「悪くない。みんなが幸せでいられるようにって願うことは、なんにも悪くない。」

「じゃあ、なぜ止めるんだ!」

美沙さんは、少し、声を震わせて、言う。

「でもさ、この過去を変えたら、戦いに負けたって過去が変わったら、きっと私たち一族に関わらないことも、変わっちゃう。他の人がこういう思いをするかもしれない。」

「それの何が悪い⁉︎人の心配なんて、」

「そんな自分勝手は、やだよ。自分勝手をする方が、私は恥ずかしい。戦いに負けることよりも。それは、人それぞれ考え方あると思うけどね。」

「そんなの、関係ない。恥なんて、とうの昔に捨てた。私は自分勝手だと言われてもいい。自分が傷つくのなんて、どうってことない!」

「それに、過去が変わって、明ちゃんとか、柊真君とか、和とかに会えない未来になっちゃうのは、やだから。」

「それは、美沙の自己満足でしょう?」

「それにさ、葉月に会わなかった未来になるのも、私はやだよ。」

葉月が、息を呑む。美沙さんは少し微笑んで、まっすぐ葉月の目を見つめる。

「ちっちゃい頃から一緒に育って、一緒に訓練して、厳しい練習のこと愚痴って、一緒に遊んで、ずっとライバルで、ずっと友達だった葉月との思い出、消えちゃうのやだよ。」

美沙さんの顔に、涙がぽたぽたと落ちる。

そして、パン、と音が鳴った。

葉月の右手が、刀から離れている。

みるみるうちに、美沙さんの頬が赤くなっていく。

葉月が、何度も何度も、美沙さんの頬を叩く。

「あんたがっ、いなければっ!本家なのに弱いとか、あなたに比べられて、蔑まれることもなかったのに!計画だって、もっと簡単に上手く行ったのにっ!

あんたが、いなければっ!大嫌いだ!私は、あんたを友達だと思ったことなんてっ、一回もっ、ない!

あんたが一族から逃げた時、嬉しかったよ。これで比べられることもないって。あんたがいなくても、私ならできるんだって、わからせたくて、計画も頑張ってきたのにっ!」

葉月の絶叫にも近い叫び声と、頬を叩く音だけが、広い空間に響き渡る。

「葉月の方がすごいことだって、沢山あるよ。」

「あんたに言われたくない!」

「私は誰よりも優しい葉月を知ってるよ。

ずっと、辛かったんじゃないの?こんなのおかしいって、わかってたんじゃないの?」

「そんなことない!」

「私、覚えてるよ。こんなのおかしいって、過去は変えちゃいけないんだって、言ってた葉月のこと。言ってたのは九歳の時で、その一回だけだったけど、あれが本心なんじゃないの?」

「そんな、昔のことっ!」

葉月が、床を拳でどん、叩く。

「葉月はどうしたいの?」

「私は、一族の無念をっ!」

「本当に?そうやって、自分に言い聞かせてたりしない?」

「私はっ…!」

美沙さんが、真剣な顔になる。

「辛かった過去を繰り返したって、なんにも変わらない。変えられるのは未来だけなんだよ。

……先代が亡くなった今、本家の血筋はあなただけ、葉月だけ。

この計画を、進めるのも、やめるのも、決めるのはあなただから。」

周りの、一族の人たちは、何も言わない。静かに、葉月さんを見つめている。

葉月さんの手から、刀が滑り落ちる。がしゃん、と音がした。

美沙さんは、自分の刀を鞘にしまうと、小さな子どものように泣きじゃくる葉月を、静かに抱きしめた。

一族の人たちは、葉月さんの方を向いて、片膝を立て、こうべを垂れた。

このとき、俺たちの戦いが終わったのを、俺は悟った。

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