第7話 偶然の神様
あれから何日か経っても恭子さんとは会えずじまいな俺。
流石にへこむ。
店も更に忙しくなって、店頭に行っては店内に戻るを繰り返している。
仕事はちゃんとこなしているけど、なんだかモヤッとした気持ちが、俺の心の奥でくすぶっている。
このまま会えない記録更新し続けたら、俺どうにかなっちゃいそうだ。
あー……会いたいなぁ。
恭子さんに元気もらいたい……。
どうしてるかな?仕事中かな?それとも、誰かとデートに行ってたらどうしよう。
泣く。
俺は確実に泣く。
現場目撃したくないから、裏にこもっちゃおうか?
……俺、どうしたよ?
こんなに、へなちょこ野郎だったっけ?
「うおおおおおおおお!!」
「おぅぁぁ!?どうした小路ぃ!?」
梱包作業中の俺の横で、発注をとっていた店長が驚いてバインダーをおとしてしまった。
「あ、すんません!何でもないです」
「何でもないはずないだろうが。どうした?」
「自分の不甲斐なさに活入れてたんです……」
「そ、そうか。なんだかよくわからないが、最近こき使っているからな。体しんどいなら田中に言ってもいいんだぞ?」
「いえ、年末でなにかと入り用なんで、稼いどきたいんです」
これから起こるクリスマスから年末は、何も用事や約束事はない。
言っていて悲しいけど、無いものは無い。
増える予感もしない。
だからこそ、家でゴロゴログダクダ出来る余裕が欲しい。
イベント事などは騒ぎたい人々に任せて、何も気にせずグダクダする自由を満喫するんだ!!
ウフフ、アハハなイベントを、自分の有意義な休息にするために稼ぐんだ!
けっして、クリスマスの特番を見ながら、一人でチキン食って、ケーキ食べて、俺何やってんだ?って、頭抱えてないからな!?
「まぁ、からだ壊さない程度にな。体調管理も仕事のうちだ。そして、頑張る社員への気づかいは俺の仕事だ」
「はぁ、なら、給料あげて下さいよ」
「そ、それはぁ~話が別だぞ?」
あ、目をそらした。
そういえば、最近、近くの大手スーパーに負けてるって噂聞くもんなぁ。
「あ!そうだ。給料は上げられないが、良いものなら持ってるぞ」
「いいもの?」
大体、スーパーの店長が言う良い物っていえば、賞味期限間近のお惣菜お菓子セットとか、箱が潰れて出せなくなった飲料、食料品だよな。
お客様には出せないけど、もったいないから貰ってくれ系だ。
以外と、トイレットペーパーやゴミ袋とかもらったりするから一人暮らしからすると、ありがたいちゃ、ありがたいんだよな。
「ちょっと待てよ」
ワンコに待てを指示するのと同じ動作で、俺の前に片手をあげて、もう片方でポケットを探し始める店長。
これはあれかな?
未整理の伝票やら発注書を渡されるパターンか?
「ん?あれ?……あーあったぞ!小路ぃ!」
作業着の内ポケットを探って、やっと出てきたのは、縦長の紙切れ二枚。
「ほれ、小路ぐらいの若者は好きだろ?」
素直に店長から差し出された紙切れを受け取る。
なんだこれ?
最近珍しいので、パッと見わからなかったが、よくよく観察すると、映画のチケットだとわかった。
しかも、最近話題の超大作で、劇中歌や出演者がネットで拡散されまくっている。
「コレ、どうしたんです?」
「いつも来てくれるK食品営業の方にな、今回この映画のタイアップ商品を出すから大量に入れてくれって頼まれたんだよ」
あーそういえば、カップ麺にも広告ついていた気がする。
「んで、商談に来た時に、先生の注文分もあるが、この地区で一番タイアップ商品が売れたからお礼にどうぞってもらった」
なんて太っ腹。
今度、店の目立つ所にK食品の商品大量に置こう!
「三枚もらったんだか、配りにくい数で、誰にやろうか考えて、しまいっぱなしだったのを今思い出したんだ」
「俺、二枚ももらっちゃって良いんですか?」
「
店長ぉぉぉぉぉ!!
一生ついていきます!
「後一枚は、店長が使うんですか?」
「いんや、もう、田中に渡したぞ」
「一枚だけ?」
「あぁ。あいつ、一緒に行ってくれる人いなさそうだから、一枚だけ渡した。やけに明るく、ありがとうございましたって、ケタケタ笑ってたぞ」
店長ぉぉぉぉぉ!
それ多分、空元気ぃぃぃ!
一枚だけ券もらったってどうしたら良いんだよって、心の中で怒っているやつじゃないか……
というか、田中さんは友達いないって思われてる!?
なんだか、二重の意味でかわいそうだな……
今度、昼飯おごってあげよう。
「で、今日は定時に上がれそうか?」
「定時に上がれるように頑張ってます」
「……何が残っているんだ?」
「特売パックの梱包と明日の納品リスト出して、店頭の目玉商品を選んで明日のメンバーに引き継ぎ書いて、ゴミ捨てて、倉庫の整理です」
「結構あるな……ちょっと待てよ。おーい!」
店長はバックヤードから店へ出て、大声で誰かを呼んで手招きする。
少しして、手が空いていそうな従業員を連れてきてくれた。
簡単な作業は他の人に任せて、俺に任されている商品の選別作業に集中する。
結局は定時に間に合わなかったが、大幅に遅れずにタイムカードをきれた。
「おっし、終わった、終わったぁー」
「小路ぃ!終わったか?」
「バッチリです!店長のおかげですよ」
「小路くん、今あがり?」
「田中さん、お疲れ様っす!」
「夜遅いのに君は元気だなぁ。やっぱり、若いからか?」
「今日はバリバリ働いたんで、ランナーズハイになってるかもしれないっす!」
「そうか。さっき外に出たら、粉雪が降っていたから、はしゃぎすぎて転ばない様に気をつけるんだよ?」
「うっす!気をつけまーす」
心軽やかにスキップで更衣室に向かい、素早く着替えて外に出た。
急な寒さに驚いて、両腕をさする。
「寒っ!あ、マジで雪降ってる」
田中さんの言った通り、ちらほら白い雪が降っていた。
静かな暗闇に降る雪はどこか幻想的で、自分が普段とは違う別の空間に居るんじゃないかと錯覚してしまう。
気付けばしんしんと降る雪を見つめていた。
「へっくしっ!うー寒いぃ。飯買って早く帰ろ」
普段は家であるものでパパッと晩御飯を作ってしまうが、あいにく、連日の激務で買いに行く暇もなく何も無い。
今は夜遅いし、スーパーも閉店ギリギリだ。
走っていけば間に合うかもしれないが、後、二、三分で閉店だと惣菜も弁当も残っていなさそう。
「はー、便利なストアに行きますか」
少し遠回りになるが、コンビニを目指し歩き始める。
コンビニは便利だけど、値段も結構するし、スーパーよりも余計なものを買いがちな気がして、節約もかねてあまり立ち寄らない様にしていた。
でも、今日は別だ。
せっかくコンビニに行くんだし、頑張ったご褒美に高級アイスとか奮発して買おう。
晩御飯はチケットもらっちゃったし、K食品の何かにしようかな。
今日のコンビニ献立を考えながら、寒さで手を擦り合わせる。
「顔も手も寒いぃー!あっ!」
とても大事な事を思い出して鞄を探る。
鞄の内ポケットに大事にしまったまま使えてなかった。
今がベストタイミングなはず。
中から柊の刺繍がついた黒色のニット手袋を取り出す。
恭子さんがくれた手袋だ。
さっそく着けてみたら、サイズ感もピッタリでとっても暖かい。
「はー暖かいなぁー」
心に染みる温かさだ。
「もっと会って話したいなぁ……」
こんにちはとか、挨拶だけじゃなくて、休日何してるとか、どんな物が好きなのか?とか、普段何を考えているのか知りたい。
もっと君と近づきたい。
恭子さんに好きになってもらいたいし、俺がどれだけ君を好きか伝えたいんだ。
だけど、
「好きって、こんなに言えないなんだな……」
ひらがなの、すと、きを、口にすれば良いだけなのに。
とっても短い言葉が重く感じる。
世の中の彼氏彼女はどうやって想いを伝えあったんだ?
うらやましいを通り越して、不思議でしかない。
前に本屋で、恋愛レクチャー本も見たけど、どうもしっくり来なかった。
きっと俺の本心から出た言葉じゃないから、違うって感じたんだと思う。
「はぁー……」
胸につまるモヤモヤが長く白い息とともに口から出た。
年末に暗いのはよろしく無いなぁ。
とぼとぼ歩きでやっとたどり着いたコンビニはどこか暖かかった。
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