第6話 お手伝い

 店に戻ると、早速、田中さんが近づいてきた。



「小路くん、守備はどうだったかな?」


「は?何の事っすか?」


「しらばっくれなくてもいいんだよ。例の彼女が来ていたんだろ?」



 あーやっぱり、それ聞きますか。


 見られてた時点で何となくは予想ついたけど、田中さんも人の恋路に首突っ込むほど暇じゃないはずなんだけどなぁ。



「あぁ、この前はありがとうございましたって、わざわざ言いに来てくれたんですよ」


「……かわいい女性からのありがとう、か。うらやましいぞ。小路くん」



 うらやましがられても困る。



「そんな、浮足立っていたら、転んで危ないかもしれない。外の仕事は任せられないな」


「はぁ?何言ってんすか?」


「と、言う訳で、僕の裏方の仕事を手伝ってもらおうじゃないか!仕事はたくさんあるぞ!嬉しいだろ?!」


「全然嬉しくないっす!さっきから、なんなんですか?!」


「誰かさんの事が気になって、仕事が手につかなかったんだ。責任を取ってくれ」



 それ、俺のせいなのっ?!

 田中さんが勝手に店長とのぞき見して、仕事しなかったせいじゃん!


 てか、店長もレジのおばちゃんに、

「店長!仕事ほったらかしてどこに行ってたの?!こんな重い物、か弱い女性に運ばせる気かい?!」

 怒られて、ビールケース運びながらヒーヒー言ってるし!


 スーパーでは、おばちゃん、いや、パートのお姉さま方が実権を握っているので、逆らうとろくなことがない。

 ちょっとさぼってた罰として、お姉さま方にこき使ってもらってください店長!



「さぁ、裏方仕事が呼んでるぞ小路くん!」


「俺に拒否権は無いんすね……」



 まったく全然腑に落ちないけど、約束してしまったし、仕方なく俺は田中さんのバックヤード業務を手伝う羽目になった。




「つーか、どんだけ仕事溜め込んでるんすか!」



 俺の目の前には、処理しきれていない納品書の山と打ち込みデータ、片付けが終わっていない商品達が乱雑に放置されていた。


 いつからこんなカオス状態なんだ!?



「これが、小路くんへの愛の鞭だよ……」



 田中さんはどこぞのアニメのナルシストがしそうな、右手で自分の前髪をサラつかせ遠い目をしている。

 いや、この状況じゃ全然かっこよくない。



「野郎の愛は要らないっす。ちゃんと仕事してください」


「冷たいぞ、小路くん。君は女性に夢中になったとたんに態度を変える浅はかな男だったのかっ!?」


「田中さんこそ、後輩の恋路を応援する余裕が無い、ダメダメ先輩なんすね」


「そ、そ、そ、そんなこと無いぞ……」



 そが多い!

 心なしか、震えてるし、絶対動揺してんじゃん!


 ここは後輩として、先輩をとりあえずヨイショしてやる気出してもらおう。

 決して、この人面倒だな……なんて思っちゃいないぞ、俺!



「じゃ、仕事が出来るカッチョイイ先輩なんすね!良かったー。田中さん意外とダメダメ人間で尊敬できない人かとおもいましたよー」


「あ、あぁ!この私が小路くんを幻滅させるわけ無いじゃないか!さぁ、仕事だぁ!仕事ぉ!」



 ご機嫌が治ったのか、田中さんは、持っていた納品書が挟まっているバインダーをバシバシ叩いて、パソコンと向き合った。


 田中さん、単純だなぁ……


 んで、パソコン作業してるって事は、残った体力仕事は俺なんすね……

 やっぱり、田中さんはダメダメ人間かもしれない。

 やるせない気持ちのまま、体力仕事に取り掛かる。

 田中さんに変なプレッシャーをかけたおかげか、作業はスムーズに進み残業もほどほどに帰れた。



 あれから、裏方でも使える人材と証明してしまったせいか、田中さんが事あるごとに裏方仕事を振ってくるようになってしまった。

 店先が落ち着くと、裏方作業。

 バックヤードに入り浸る日も多くなり、気づけば冬の繫忙期入ってしまい余計にバタバタする日々が続いてしまった。

 忙しいのは全然オッケーだ。

 店が繁盛して、活気があるのは良い。

 ただ……



「今日も恭子さんに会えなかったぁぁぁぁぁ」


「なんだ、小路ぃ、今日もか?昨日もぼやいていただろ?」


「店長ぉぉぉぉ。俺、そんなにだだ洩れっすか?」


「漏れに漏れてるぞ。しっかし、残念だったなー」


「何がっすか?」


「ついさっきまで店頭にいらっしゃってたぞ」


「狐塚さんっすか?」


「あぁ。小路くんいますかーって聞かれたぞ」



 なんだってぇぇぇぇぇぇー!?

 俺うぉ探してたぁぁぁぁ!?


 心の動揺を必死に抑え込んで、冷静にふるまう。

 あれ?てか、俺、呼ばれてないんだけど?



「……俺、いましたよね?」


「裏でブツクサ文句垂れてる仏頂面と会わせるわけにゃいかねぇだろ?だから、取り込み中ですが呼びますか?ってお伺いしたら、お忙しいならまた今度にしますって帰られた」



 ……店長おおおおおおお!!



「なんだ、情けない顔して。別に嘘は言って無いだろう?お前、仕事中なのは忘れてないよな?」


「そりゃ、まぁ……」



 店長が言いたい事はわかる。

 ちゃんと仕事しろってことだよな。

 でも、会いたかったさ!一目見るだけでも仕事効率上がるから、声だけでも聞きたかったんだよ!



「お前があの人にお熱なのは知ってるが、仕事がおろそかになったら困る。俺は信頼して小路に仕事任せてんだからな?そこはちゃんと胸に刻んどけ」


「店長……すいません」



 そうだよな。



 俺が仕事に集中出来なくなったら困るのは俺だけじゃない。

 まわりの人にも迷惑かけちゃうもんな……

 それはダサイし、恭子さんに会わせる顔無くなっちゃうな。

 店長、ちゃんと俺の事気にかけてくれてんだ。

 しっかりしないとな。



「しっかし、アレだな。お前があんな年上に惹かれるとはな。お前、さては昔から狙って近づいたのか?」


「え?いや、なんか偶然つーか、不幸中の幸いというか、何て言うか。一目惚れっすかね?」


「かぁーっ!良いねぇ、べっぴんさんに出会ってズキュンときたってやつかっ!」


「えっとぉ……まぁそんな感じです」



 ん?



「でも、彼女は相手がいる。苦しい片思いだなぁ……」


「へっ?狐塚さん。彼氏要るんですか!?」



 なんで、恋愛に一番縁遠い店長が知ってるんだ!?

 俺も知らないのに!?



「彼氏ぃ?何言ってんだ。先生がいるだろうが」



 先生?ティーチャー?

 ティーチャーで年上の狐塚さん。


 ……って、それ両親っ!!



「店長!変な誤解させないで下さいよ!そっちじゃないです!つーか、俺、恭子さんって言ってたじゃないですか!?」



 この下り前もやんなかったっけ?

 つーか、店長。ずっと俺を、既婚者ご年配にぞっこんな大学生って思われてたってこと!?

 全然話聞いてないじゃん!



「あ、そなの?いゃーお客様の名字は知ってても名前までは知らないからよ。そっかーじゃー安心だな」



 頭をかいて、豪快に笑う店長。



「会ってお話すらもしてないんで、安心出来ませんよ……」



 狐塚さんはかわいいちょっと年上の女性で、両親は常連さんぐらいしか情報無いもんなぁ……

 あんなに可愛かったら彼氏の一人や二人いてもおかしくない。

 彼氏、いるのかな?

 いたら泣くなぁー……


 あ、想像したら泣けてきた。


 勝手にしょんぼりしている俺の背中をバシバシ叩いて笑う店長。

 マジで今日の昼めしと変な涙が出そうになるからやめてぇぇ!



「小路ぃ!男だったらドンと構えてバッチリぶつかって、砕けてこい!」


「砕けちゃダメでしょ!?もー縁起悪いからやめてくださいよ!」


「小路が突っ込めるならまだ、大丈夫だな」


「ちょっと店長!!小路くん捕まえて何しているんだい!?小路くんの邪魔してないで、米とかドリンク出しなさいよ!か弱い女子にさせないでちょうだい!」



 首根っこを捕まれて引きずられる店長。

 やはり、お姉さまは最強だ。

 邪魔者も居なくなったので、俺は涙をこらえつつ肉体労働をこなした。

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