第5話 彼女のお礼

 結局、あの日は倉庫整理に追われ、田中さんの雑務の手伝いが出来なかった。


(そもそも、田中さんが誤発注したせいなんだけどな)


 次の日も、セール日で目が回るほど忙しく、彼女が来てたかどうか確認することも出来ず、特売商品と戦う日々が、二、三日続いた。





 店長が感謝セールと広告を出してくれたおかげで、思ったより早く倉庫の圧迫問題が解決したころ、狐塚さんが店に来た。



「おーい!小路ぃ!お客さんだ!」


「店長!この忙しい時に、俺にお客って誰です?」



 普段は商品出しがメインの俺だが、忙しすぎてレジに人が足りなくて袋詰めなどの補助をしていたら、店長に声をかけられた。



「そんなツンケンした顔で行くんじゃねぇぞ。あの人を待ってたんだろぉー?」



 なんだかにやけた顔でこっちを見てくる店長。



「あの人ぉ?」


「ほれ、入り口だ」



 スーパーの出入り口に狐塚さんの奥さんと彼女が並んで立っていた。


 俺はすぐに、レジを出て、駆け足で入り口に向かう。


 後ろから店長が、おい!このビールケースどうすんだ!とか何か、ワーワー言ってるが、今は聞こえない、聞こえない。

 お客様第一だ!


 奥さんの方が先に俺に気づき、小さく手を振ってくれた。

 彼女も続けて会釈してくれる。



「狐塚さん、こんにちは」


「こんにちは、小路くん。忙しいのに呼び出してごめんなさいね」


「いえ、全然。それより、俺に何か御用ですか?」


「前にお願いしたカップ麺、この子がドジしちゃって代わりに小路くんが届けてくれたんでしょ?私、お父さんから聞いて、びっくりしちゃって。ほんとに助かったわ。ありがとうね」


「いえいえ、お役に立てて良かったです」


「ほら、恭子きょうこちゃんも小路くんにお礼言いに来たんでしょ?」



 恭子ちゃんと狐塚さんに呼ばれた彼女はうなずき、俺の前まできた。


 そうか、恭子さんって名前なのか······




「あ、あの、先日はお騒がせしてすみませんでした。配達までしていただいて、ほんと助かりました。これ、良かったら、どうぞ」



 彼女、恭子さんは俺にデパートの紙袋を差し出す。



「え?俺に、ですか?」


 恭子さんはしゃべらず、首を上下に動かしてうなずく。


 心なしか、恭子さん、顔が赤くないか?

 今日は冷えるし寒いのかな?


 黙って返事した恭子さんの代わりに、狐塚さんが話してくれた。



「えぇ。配達してくれたお礼。大したものじゃないけれど、良かったらもらってちょうだい」


「そんな、俺の勝手でやったことなんで、気にしなくても良かったのに」


「いいの、いいの」


「じゃーお言葉に甘えて、頂きます。ありがとうございます。中見ても良いですか?」


「えぇどうぞ」



 狐塚さんの横で恭子さんはなんだかモジモジしている。

 何が入ってるのかな?


 紙袋の中には、この前届けたのと同じ赤いカップ麺と、ラッピングされた長方形の箱がひとつ入っていた。


 食料は普通にありがたい。

 こっちの箱はなんだ?


 緑のラッピングをキレイに剥がし、出てきた箱のふたを開けると、中には黒色でヒイラギのワンポイント刺繍が入ったニットの手袋が入っていた。



「え、これ……」


「も、もしかして、あんまり好みじゃなかったですか?」


「いえ、めちゃくちゃ今欲しかった物だったんで、びっくりしました。大切に使います。ほんと、ありがとうございます!!」



 ちょうど、使っていた手袋を失くしてしまい、新しいものに変えようと思っていたとこだった。


 ナイスタイミング過ぎる!


 嬉しさが爆発して、何度も何度も頭を下げてお礼を言った。

 まさか、意中の人からプレゼントもらうなんて、思ってもみなかった。


 俺、今年の運、使い切ったかも?!

 あ、でも、恭子さんと話せから、使い切ってもまぁいっか!



「喜んでもらえてよかったぁ」


「はい!マジで嬉しいです!」



 うわぁ~すげぇ~うれーしーいーと、興奮していると、恭子さんは後ずさりしながら俺から離れていく。

 な、なんで?



「……わ、私、買い物していこっかなぁ~」



 あ、そゆこと。


 顔赤いし、寒いから店の中に入りたかったのか。

 あんまり、長話しちゃいけなかったかも。

 嬉しくて、気付かなかった。


 狐塚さんは、まだ、平気そうでほほに手を当て首をかしげて恭子さんを見た。



「あらそう?」


「うん。先にお店に入ってるね」


「あ、あの、これ、ありがとうございました!」



 手袋を振ってお礼を言うと、ピタッと恭子さんの動きが止まり、さらに顔が赤くなった。

 やっぱり、相当寒かったのか。

 早く、店に入って、あったまってもらった方が良いな。



「い、いえ。じゃ買い物しますんで、これで!」



 再び、動き出した恭子さんは、買い物カートに足をぶつけたり、入り口に積んである買い物カゴがなかなか取れなくて、力任せに引っ張り、顔面にカゴを食らって、額をさすりながら店の中に入っていった。



「……狐塚さんの娘さんって、いつもあんな感じなんですか?」



 この前も何かにつまずいていたような?



「今はしょっちゅうではないんだけど、小さい頃は焦っちゃうと転んだりぶつかったりよくしていたわね」



 やっぱ、おっちょこちょい気質なのか。

 見た目とのギャップがあって、なおの事、可愛く見えるなぁ。


 なんか、こんな良い物もらっちゃったし、お返しにお返しがえししてたらキリないかもしれないけど、話しかける良いきっかけなんじゃ?



「あのーこんな素敵な物もらっちゃうだけだと、なんか悪いんで、狐塚さんにお返ししたいんですけど、何か欲しい物ってありますか?」


「あら、私はいつも小路くんが買い物を手伝ってくれたり、おしゃべりに付き合ってくれるだけで十分。ありがとうね」



 俺に微笑みかえる狐塚さん。


 スーパーにはいろいろな人が来るし、直接、お礼を言ってくれる人は貴重なお客様だ。

 おしゃべりなんて、俺、ちゃんと受け答え出来てるかしょっちゅう不安なのに……

 狐塚さんって神様かな?

 神々しく見えてきた。



「そんな、こちらこそ、いつもありがとうございます」



 俺は、感謝を込めて、深々と頭を下げた。

 俺の突然の行動に狐塚さんは、顔を上げてちょうだい、とあたふたしてしまった。

 ちょっとやりすぎたかな?


 狐塚さんは、あーびっくりしたぁと胸を押さえた後、思い出したように手を叩く。



「あ、そう言えば、恭子ちゃん、見たい映画に行けてないとかいっていたかしら?」


「映画ですか……」



 俺も映画には行けてないからちょうどいいかも。

 でも、お礼に映画はハードル高いんじゃ……?


 ん?てっきり、映画に誘う気だったか俺?!


 いやいやいやいや、手袋のお礼だろ?!

 お友達と一緒にどうぞって渡したら受け取ってくれるんじゃん!


 ……誘えないのは寂しいけど。



「えぇ、あの子、仕事が忙しくて見たい映画が終わっちゃうーってぼやいてたわ」


 映画って見たいと思っていても、いつの間にか公開時期が終わってるのはよくある。

 気合入れて、見に行くって決めないと見ないよなぁ。

 でも、映画ってどれだ?



「へー、俺もよく見逃しちゃうんですよ。ちなみに、映画のタイトルとか言ってませんでした?」



 さりげなーく聞いてみる。


 べ、別に他意はないんだ。

 世間話の流で聞いてるだけだっ!って俺は誰に弁解してるんだ······



「ごめんなさいねぇ、タイトルまでは覚えてないわ。後で聞いてみようかしら」


「いえいえ!俺も最近映画行けてないから、どんな映画やっていたか気になっただけなんで、お構い無くです!」



 焦って日本語がおかしくなってしまった。

 狐塚さんは首を傾げ、不思議そうに焦る俺を見ている。


 いきなり店の店員に娘の見たい映画を聞かれたら、そりゃ、不思議がるよな。



「そう?あら、もうこんな時間。小路くん、お仕事中だったでしょ?引き止めちゃってごめんなさいね」


「いえ、俺が狐塚さんと一緒だって店長も知ってますし、大丈夫ですよ」



 なんせ、店長が呼びに来たんだし、常連さんとのコミュニケーションも大事な仕事だ。


 ……大丈夫だよな?


 不安になった俺がチラッと店内を横目で見ると、店長と田中さんがサービスカウンターからこちらを見ていた。

 俺とバッチリ目が合うと、二人ともそっぽを向いて手を動かし始める。


 もしかして、ずっと見てた?


 人に仕事しろって言って、自分たちはどうなんだよ?!

 狐塚さんとのお話もいいけど、やっぱり、店内に戻った方が良いみたいだ。


 狐塚さんにプレゼントのお礼をもう一度言って、俺は店内へと戻った。

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