第8話 便利ストア

 自動ドアが開き中に入る。

 コンビニから暖かな風が吹き込んできて、少しふっと息を吐く。

 アウターに手袋を大事にしまって晩御飯探しだ。

 贅沢しようかなとか考えていたけど、なんか、簡単にすませようかな……

 K食品のカップ麺にしよ。

 ブルーな気持ちで何気なくカップ麺を取ろうとしたら、想像したて感触とは違う何かに触れた。

 不意に顔をあげる。



「あっ……」

「へっ……!?」



 きょ、きょ、恭子さんんんんん!?

 え、へ?なんで?

 どどどどーするよ俺!?

 いや、パニックでおかしくなったら駄目だ。

 久しぶりに会ったんだし、冷静にカッコ良く決めないと!



「あ、あのー」



 なけなしの勇気で話しかけてみる。



「は、はい」


「こ、この前、手袋くれた狐塚さんですよね?」



 あー!声が裏返りそうになるぅぅぅ!なんとかギリギリ耐えたけど危ないあぶない。

 あ、でも急に話しかけるって俺、不審者みたいか!?

 俺は知ってるけど、恭子さんは覚えてくれているかも怪しいじゃんか……

 恭子さんは一瞬、眼

「は、はい。その節はありがとうございました。父も母もとっても喜んでました」



 軽く会釈をしてくれた。



「いえ、こっちこそ、いつもお世話になっていましたし、生徒さんが落ち込む姿見るのも嫌だなーって思って。そしたら、勝手に体が動いていました」



 下心が無かったかと言えば嘘になるけど、落ち込む顔は本当に見たくない。

 いつも、可愛かったけど、久しぶりに会うとより可愛く見えると言うかなんと言うか……。

 まぶしいな。

 なんだか照れ臭くなって、ほほを人差し指でかく。


 やっぱり、笑う顔いいな……。


 自分の手を見て、気づいた。

 そういや、もらった手袋のお礼、直接言えてないんじゃ?

 今がお話しするチャンスなんじゃねぇーの俺!?

 すぐにポケットから手袋を出した。

 恭子さんも気づいてくれたみたいで、少し驚いた顔になる。

 手袋を少し持ち上げた。



「もらった手袋、とってもあったかくて、めちゃくちゃ気に入ってます。ほんとにありがとうございます!」


「いえいえ、喜んでくれて私も嬉しいです」



 俺も恭子さんに会えて、最高に嬉しいでっす!!

 今日、俺、もしかしてラッキーデー!?

 また激務で全く恭子さんと会えませーん、なんてのは無しであってくれ!

 幸せすぎて、明日が不安になる……。

 あ、そういえば今日の晩御飯買いに来てたんだった。



「狐塚さんもカップ麺買うところだったんですよね?」


「あ、はい。でも、あなたも買おうとしてたんですよね?だったら私、違うものにするんで、どうぞ」



 マジですか。

 一個しかないカップ麺を、しがない野郎に譲ってくれるなんて、恭子さんは天使ですか?

 もっと惚れちゃうんですけど……。

 天使にもらってばっかりじゃ申し訳ないな……あっ!

 俺のポケットにあるじゃないか!

 天使に渡せそうな物!



「いいんですか?やった!じゃあ代わりに、俺からコレ、もらってくれませんか?」

「え?」



 そう言って、俺はズボンのポケットから紙切れを二枚取り出して、恭子さんに見せた。



「これ……映画のチケット?」



 彼女は映画のチケットをじっと見つめている。

 も、もしかして、あんまり好きじゃないジャンルだったのかなぁ……。

 いや、見たら変わるかもしれない。ええい、ままよ!ごり押せっ!

 チャンスを逃すな俺!



「実はずっと、手袋のお返ししたくて悩んでいたんです。そしたら、ちょうど俺が店にいる時に狐塚さんのお母さんがいらっしゃったんで、何が良いか聞いてみたんですよ。娘が最近、休みがなかなか取れなくて、見たい映画が終わっちゃうーってぼやいてるから、誘ってみたら?って、アドバイスしてくれました」



 ほんと、あの時、狐塚さんに聞いといて良かったぁー。



「だから、良かったら、映画、一緒に観に行きませんか?」



 あ、え、俺、何言ってんだろ?

 ノリと勢いに任せて誘っちゃったぞ!?

 お友達とどうぞって渡すんじゃなかったのかよ!?

 言ーちゃった、言っちゃったぁぁ!!


 パニクっている俺とは真逆に、落ち着いてニコニコしている恭子さん。

 あれ、もしかして、もしかするぅ?

 いつの間にか、俺がノリで差し出したチケットを彼女は大事そうに握りしめていた。



「あなたがこんなおばさんと一緒に見てもいいなら、ぜひ」



 誰だ、俺の天使をおばさんって言ったやつ……。見つけ出してギタギタにっ!って、そうじゃない!今、オッケーって言った!?

 と、とりあえず、冷静にカッコ良く話さないと変な奴って思われるぞ、俺!



「狐塚さん、きれいだから全然おばさんじゃないですよ。後、俺、あなたじゃなくて、小路しょうじっていいます」



 つい、口がツルッと余計な事をぉぅぉぅ。名前なんて後からで良いじゃないかぁ!

 恭子さんは少し目線を外してから、照れくさそうにはにかんだ。



「しょ、小路くん」



 きょーこさんが俺の名前(名字だけど)を呼んでくれたぁぁぁ!!

 はっ!いけない。

 下心丸出しじゃあ、ドン引きされる!

 俺は紳士なんだ。俺は紳士。



「はい、そうです。じゃ、いつが良いか連絡ください。アドレス交換してもいいですか?」


「あ、そうだね!交換しよ」



 良かったぁぁー。

 教えてもらえ無いかとヒヤヒヤしたよ。

 ……というか、一緒に行くのに連絡先教えないのもおかしな話だよな。

 何をビクビクしてんだ俺。

 いや、緊張しているから、ネガティブ思考で突っ走っているのかもしれない。

 俺はネガティブ思考を振り払い、連絡先を交換し、ラスト一個だったカップ麺を持った。



「カップ麺譲ってくれてありがとうございます。じゃあ、狐塚さん、連絡待ってますね」



 緊張とウキウキ気分が入り交じってなんとも言えない気持ちになって、早口でそそくさとレジに向かった。

 レジのお兄さんが、ニヤニヤしながら商品のバーコードをスキャンして値段を伝える。



「合計、一点で298円です。……青春ってやつですか?」

「は?」


「いや、なんでもないっす。青春さん、今、肉まんセール中なんすよ」


「は?はぁ、そうですか」



 青春さんってなんだよ。

 しかも、突然、肉まんセールって、なんの話だ?

 小銭をトレーに並べつつ、生返事で返す。



「んで、さっき別のお客さんが、兄ちゃんたちの分も買ってやるよ!って、無理やりお金を置いていっちゃったんですよねー」



 そんな気前のいい人もいるんだなぁ。



「はぁ、良かったですね」


「まぁ、仕事中なんで、僕ら受け取るか微妙なんすよね……。しかも、二人しかいないのに三人分の料金置いていったんですよ」



 それはありがた迷惑だな。

 スーパーでも、買った商品を俺らにくれるお客さんいる。大抵、良いですって言っても、押し通して速足で帰っちゃうんだよなぁ。困るのは分かる。

 お兄さんは、レジのカウンターに並ぶ、肉まんの入ったケースを指さす。



「良かったら、夕飯のおともに肉まん要りません?」



 あ、そゆことね。

 でも、いいのかな?



「え、いいんですか?」


「僕らも困ってるんで、助けると思って……」


「じゃあ、まぁ、もらいます」


「あざーす!一緒にいれて良いっすか?」


「はい、お願いします」



 なんか思わぬところで、得しちゃったな。

 色んな意味で、あったかくなった気持ちが冷めないように、家へと急いで帰った。

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