第3話   不可思議な世界のラズ&ロゼ

 彼ら二人は向き合った状態で、花の茎を無造作にブシブシとちぎっては、百合の花のような手中に収めていきます。まったくおんなじ動作と速度で、次々に花を……ブロンドの髪が一房、耳から流れて頬をなでる様子も、寸分たがわず一緒のタイミング。


 ……こんな偶然、ありえるんでしょうか?


 彼らは全く同じ腕の角度で、耳に髪を掛け直して、ふと、頭部をこちらへ向けました。些細な視線や気配に、敏感な子たちだったのかもしれません。


 目が、合ってしまいました。


「お」


 美少年二人組の片方が声を上げました。二人とも紫水晶アメジストのような不思議な色の両目を見開いて、私を凝視しています。紫色の目って、世界でもめちゃくちゃ珍しい色なんだと、本で読んだのですが、彼らは両者ともその色をしていました。


 って、不思議に思っている場合ではありません。珍しい昆虫を発見した子供のような無邪気さで走ってくる彼らから逃げませんと! どうして皆様、私より大きいんですか~! 駆けてくる足音と振動が、ダイレクトに私の内臓に響くんですよ。


 うわ、あの二人、足が速い! そりゃそうですよね、歩幅が違いますから。


 い~や~! 捕まりたくない~!


 その一心で、私は花畑の中へと突撃し、花の根本に身を隠しました。


「あれ~? どこ行った~?」


 彼らの気配が、頭上で右往左往。また巨人から逃げ隠れしなくてはならないなんて……一難去ってまた一難、彼らはわりと近くをうろうろ、今にも私を踏んでしまいそうです。


 これは、慎重に慎重を重ねがけして、あの建物の中に入りませんと。ただお腹を満たしたいだけなのに、こんなにも大変な思いをするだなんて。机の上に無造作に置かれていた小銭が、今では楽ちんで手っ取り早い食文化だったのだと思い知ります。ちっとも嬉しくありませんでしたけど。


 幼さの漂う顔立ちを、ゆるやかになぞるはウェーブのかかったブロンドの髪。肩のあたりでゆるめに結っていて、それが走るたびに元気よく跳ねています。地面から見上げても美しいだなんて、もはやどの角度から見ても最強なダビデ像じゃないですか。体のパーツ一つ一つが宝石の粒のようで、大変美しいお二人なのですが、双子って、ここまで動きがシンクロするものなんでしょうか? 病院のテレビで、双子にまつわる特集みたいな番組の再放送がやってたのを観ましたけど、遠くの片割れの異変になんとなく気づく程度のもので、こんなにリンクしているパターンは紹介されていませんでした。


 仲がよろしい、とはまた違うような、不気味な不自然さがありますね。


 動きのぴったり具合が、もはや芸術の域、そう思うと無邪気な動き一つ一つにも目を奪われてしまいそうですが、唯一の欠点と言いますか、この子たちの服装が、かなりボロボロしていて残念です……どうしたんでしょうか、高い崖から転がり落ちて奇跡的に無事だったかのようなダメージっぷりです。あちこち擦り切れていて、穴も空いていて、汚れだけは洗って落としたみたいなんですけど、彼らの品の良いお顔立ちに不釣り合いな服装でした。


 私を隠してくれるこの花たちも……なんだか、おかしいんです。ぱっと見はピンクに黄色に白なんですけど、よくよく見るとテレビの画面みたいに、いろんな色の粒々で構成されていて、まるで刺繍でできた大作にも見えます。でも、これ、地面から生えている生花なんですよね……って、地面までいろんな色でできてますよ!? 黄色とか、茶色とか、黒とか、赤、藍色も紫紺も混ざっています。こういうのって、肉眼で見えるものなんですか? 絵の天才さんたちには、このように見えるのだとしても、ついさっきまでの私は白い蔓薔薇のトンネルをルンルンしながら走り抜ける程度の認知機能でした。微々たる世界の神秘に目を輝かせる感性も、視力も、私には無かったのです、それなのに……ここは、まるで絵画、有名な作品を上げるならば、印象派ルノワールの作風です。あの画家さんの光の演出が、好きなんですよね。


 そう言えば、さっきからずっと朝焼けのビーナスベルトが空にかかっていますが、いつ消えるのでしょうか? 私は真夜中からずっと森を歩いてきましたし、朝日を浴びる看板も確認しています、もうそろそろ、ビーナスうんぬんは消えるお時間なのでは……?


「あ、いたー!!」


 げ。

 空を眺めていたら、急に覗きこんできた美少年の顔と鉢合わせしてしまいました。逃げる間もなく、片手で押さえつけられて、私は土まみれになりながら持ち上げられました。


「すげえ! ミミックの赤ちゃんだー!」


 花束でベシベシとビンタされながら土を払われています。幸い、痛くはありませんでしたが、大きな物で叩かれるのは苦痛でしかありません。思わず、ギギャー! と悲鳴を上げていました。


 もう片方の少年は、花束しか持っていないのに、まるで私を持っているかのような手の仕草をしています。ビンタの動きまで、シンクロしていますよ。


「ラズ、それをドウスルノデスカ?」


 抑揚に乏しい、機械音声みたいな声でした。ラズと呼ばれたビンタ少年と声は同じなのですが、しゃべり方が全く違います。何から何までそっくりな双子さんでも、やはり個性の違いはあるものですね。


「うーん、焼いたら食えるかな?」


 え


「それは難しいデショウ。ミミックは防御力が高く、火で長時間あぶっても生焼けである可能性が高いデス。あとは、とても固いノデ歯が折れてしまう可能性がアリマス」


「そっかー……赤ちゃんなのに頑丈なんだな」


 残念そうな苦笑で私を見下ろすラズ君。頑丈じゃなかったら、その尖った八重歯でかぶりついていたのでしょうか。ちょっと頭が、心配な子です……。


「お前も、花食うか? 最近さぁ、屋敷に侵入する人間がいなくて、肉が手に入らないんだよな~」


 侵入? 肉を手に入れる?


 な、なんですか、その言葉選びのセンスは。まるで、その、人間をおびき寄せて、殺して食べているかのような言い回しに聞こえるんですが、私の耳がおかしくなったんですかね。


 う、こんなときに、お腹の音ときたら。自由にお腹の虫を調教できる人って、いるんでしょうか。


「ハハハ、すっげー腹の音~。お前も腹減ってんのか。花しかないけど、口に入れてやろうか?」


 もごごごご!!


「ラズ、ミミックは肉食デス。植物では充分な栄養素を摂取デキマセン」


「あ、そうなんだ。俺、ミミックは殺したことはあっても、飼ったことはなくてさ~。ロゼは本当に物知りだよな、いつも助かるよ」


 ロゼ君……この機械音声のような子は、ロゼ君と言うんですね。ラズ君に、ロゼ君、うん、名前の響きが似ているところも、双子感の偏見に拍車をかけますね。


「そうだ、じっくり煮込んだら火が通るかな」


「それならば可能デショウ。野菜も摂取シテクダサイ」


「おう。この花もついでに茹でちまうか」


 花って、野菜に入りますっけ。たしか、食用薔薇というものが存在すると、本で読んだことが……ああ、もう、空腹で頭が回りません。きっとトンネルをテンション高くくぐったあの時に、最後のアドレナリンを使い切ってしまったのでしょう。生きるために行動したのに、食べられてしまうだなんて……捕食者がどんなに美しい巨人さんであっても、こんなにあっけなく死にたくはありません。


 しかも私はまだ、生まれ変わったばかりの赤ちゃんだそうじゃないですか、さっきこの少年が、私のことをミミックの赤ちゃんだって――え? ミミック?



 クラスメイトと話を合わせるために、私は地元の図書館でゲームの本やらファッション雑誌やら、新聞やらで、最新情報を仕入れていました。当時は両親が無職で、お小遣いがありませんでしたから、前のお父さんが少しだけくれたお金で、図書館へ通うバス代をひり出していました。やがて自室のブタさん貯金箱が両親のビール代へと勝手に消費され、暴力罵声三昧の家庭に嫌気が差しても、私は学校の中だけでも安定していたくて、情報収集は欠かしませんでした。

 近所のおばさんたちが、見かねて助けてくれました。ご飯と、少しのお小遣いをもらい、でも児童相談所だけには通報しないでくれと、私は頼んでいました。

 ただでさえ崩壊したこの日常を、さらに変化させたくなかったんです。怖かったんです、これ以上もっとひどいことになったら。身内全てから引き離されて、経済的にも精神的にも支えのないまま、独りぼっちで生きることになってしまったら。生みの親を憎み切れていなかった、というのも大きな原因でしたね。頭の可哀そうな母を切り捨てられる薄情さが、幼い私には身についていませんでした。心のどこかで、いつか甘えさせてくれるはずだと、夢見ていたのです。


 ミミックというモンスターを知ったのは、男子とも話を合わせるために漫画を読んだときでした。宝箱に擬態して、近づいてきた冒険者をぺろりと丸呑みにしたり、または噛み砕くグロ描写があったり、本によってミミックのグロさに差はありましたが、その外観だけは、煌びやかな宝石をまとっていて、デザイン性豊かな細工で飾られていて、綺麗でした。強くて、固くて、美しくて、食欲旺盛な、そして擬態能力というずる賢い知性まで兼ね備えた、特別なモンスターであると……感動したのを覚えています。


 というわけで、モンスターの中ではダントツでミミックが好きですね。もっぱら敵側として登場してますが。


 その赤ちゃんに、私が、生まれ変わった……??


 え? 私、モンスターなんですか? 退治される側の?

 しかも現在進行形で、食べられようとしているんですが。


 ケーキをドカ食いし、ダイヤモンドの指輪を事故で飲み込んだことが、そこまでの罪を背負うごうになりえますか?? 運命の女神様、いたら出てきてください、噛みつきますから。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る