第2話   私は、何に生まれ変わったんでしょうか……?

 お腹、空きました……歩いても歩いても、食べられそうな木の実や果物なんて、どこにも実っていないんです。


 空腹が長引いたせいでしょうか、不思議とがっつりしたものが食べたくて、食べたくて。森をさまよう私にそんな贅沢ができるわけがないのに、お肉ばかりが恋しいです。兎さんでもいいから丸かじりしたいです。兎肉、食べたことないんですけど。


 ……どうしちゃったんでしょうか、私。


 食の好みも変になってるんですが、一番気になるのは、今の自分の姿です。もちろん、悪い意味で。下を向いて見ても、なぜだか自分の胴体が見下ろせないんですよね……手足は生えているのですが、すごく短いみたいで、視界に入りません。それになんだか、顔に横幅があるみたいで、避けて歩いているはずなのに木や雑草にぶつかるんです。人の姿をしていないのは、確かでしょう……。


 ああ、どうしてこんなことに……どうして私が、こんな体に。


 こうなる以前に、何かありましたっけ私……何を、しましたっけ。何か悪い物でも、食べたんでしょうか……。


 んん? 口の中に、固い輪っかのような感触があります。私の口、大きすぎて、舌だけでは口の中を全て把握できないみたいなんですよね。口に対して舌が小さいんです。口の中の感覚も、すごく鈍いみたいですし、これは歯磨きに大苦戦しそうですね。


 ペッと吐き出してみます……これは、銀色の金属でできた首輪でしょうか。それとも、巨人が使う指輪……?


 指、輪……??


 指輪――??


 あああああ!

 

 指輪、異物の混入していたお菓子、ドカ喰いする私……


 ノドに、指輪が詰まって……それで、その後は……どうなったん、でしたっけ?


 ……。


 …………。


 私、たぶん、窒息死したんですね。


 それで、こんな体に、生まれ変わったってこと、ですか……? こんな、こんな人とすら呼べない形状をした何かに。


 鏡は、どこでしょうか。いいえ贅沢は言いません、水たまりでもいい、自分が今どうなっているのか、知りたい! どこかに姿が映せる物を探さないと。不安で不安で、涙が、出そう……です。本当に出てきたので、木の根っこ付近にうずくまって、声を殺して泣いていました。自分のひどい声を、聞きたくなかったんです。



 泣いたら少しスッキリしましたので、また歩き出すことにしました。ここまで来たら、前に進むしかないと思います。もう自分の容姿で悩んでいる場合ではありません、何か食べませんと。あの巨人さんたちも口があるんですから、お弁当とか持っていたかもしれませんが、さすがに引き返そうとは思いません。

 彼らはどうしてもっと立地条件の良い場所に、小屋を建てなかったのでしょう。八百屋さんがある場所とか、コンビニの近くとか。それとも、皆様が嫌がる場所だからこそ見つかりづらいという魂胆でしょうか。血生臭いことやっていましたし、何かの遺体を森に廃棄したり、野犬に処理させるつもりだったのかもしれません。


 そのご遺体、どこかに落ちていないでしょうか……って、何を考えてるんですか私! 食べる気なんですか!?


 うぅうぅぅぅ、もう辛いですぅ、たくさん泣いたせいで、お腹が、空きましたぁ! 動物の死体でもいいから口に入れたいぃぃぃぃいいいぃいぃ


 ハッ! 私ったら、なんて恐ろしいことを考えて。早く何か食べないと、小さな動物さんを見かけただけで襲いかかってしまいそうです。

 ど、どうしたら。どうしたら。


 せめて木の実一粒だけでも〜できれば大きいヤツ~……と、涙目でさまよい歩くうちに、木製の立て看板が朝日を浴びているのを発見しました。


 ゴミ捨て場とか、人の寄らない場所にある看板って、大概汚くて、ぼろぼろで、目視するだけで精神衛生上よろしくないのですが、これも生きるための情報収集です。

 せめて食料がありそうな場所へ、導いてくれないでしょうか。


 不安を胸の底に押し込めて、私は看板を見上げました。


 なんということでしょう!


 翼を広げた小鳥や小さなお花、今にも飛び立ちそうなチョウチョの彫刻が、大きな看板を縁取っています! まるで美術館に展示された絵画の、額縁のようですよ! 一目見ただけでも美術的な価値が明白です! この全体的に美しい曲線は、フランスのロココ調を意識したのでしょうか。ああ、私の身につけた知識なんて、些細なものですよ、アンティークな雰囲気や、マリー・アントワネットやポンパドール夫人みたいな可愛いドレス、そして当時の、リボンのように流れる曲線たっぷりの小物のセンスに多大な魅力を感じる、普通の女子高生です。


 お人形を買ってもらった人や、画用紙にクレヨンでお姫様を描いた人なら、きっと共感してもらえると思います。もしもこの国の、この時代の生まれではなかったら、自分がもしも、お城で生まれたお姫様だったら、どんな生活をしていたでしょう、どんな服を着て、どんなお菓子を食べていたんでしょう……って、想像したことが、きっとあるはずです。


 私はそういった夢を、高校生になっても妄想し続けていました。進学か就職か、その二つで悩むクラスメイトとは住む世界が違ってしまったんでしょうね、私は未来よりも、自分の生い立ちから変えたく思っていました。


 自分以外の女の子たちの人生が、とても羨ましくて、そして、いつもそんな自分を隠している日々でした。あ、歴史上悲劇的な最期を迎えた人の人生は、道中のキラキラした生活だけに憧れています。戦争やギロチン台は、幸せな女の子の生活にはふさわしくないですから。


 看板には、ずいぶん達筆な文字で『この先 美術品の館』とあります。美術館とは、違うのでしょうか。そもそも、悪党すら嫌がる不気味な森の中に、美術品を保管または展示している場所があるのでしょうか? 観覧客は? 採算は合うのでしょうか? 税金で維持費をまかなっているにしても、管理人さんや警備員さんたちは、悪党すら躊躇する森の中へ通勤できるのでしょうか?


 あまりにも不自然が過ぎます。


 立て看板に記された矢印は、右側の、石畳で丁寧に舗装された道を示していました。金具で作られたアーチ状のトンネルに、白いつる薔薇ばらが隙間なく豊かに巻きついて、余った枝葉を差し伸べています。こんなに綺麗なお出迎えが、未だかつで私の人生にあったでしょうか。


 この先に住んでいる人は、悪党をもビビらす強さと、花を愛する美意識の高さを併せ持つ、素晴らしい人なのだと仮定しまして、私は行き先を決定いたしました。


 この先で逞しく生きている美丈夫さんに、ぜひ! お肉を、いいえ贅沢は言いません食べられる物なら、なんでも! ぜひ! この私に分けていただけないかお願いに行ってきます! ダメって言われても、なんとか台所に侵入して、食べ物を拝借してしまいましょう……。もうほんとに、生きるためなんです……空腹の苦痛に、耐えきれる人なんて、絶対いないと思います。だって耐えきっちゃったら、死亡してしまいますもの。


 よろよろしながら、蔓薔薇のトンネルを、くぐって行きました。長い長いトンネルでした。本当に長かったのか、それとも飢えに苦しむあまり長く感じただけだったのか、今の私には、もうどうでも良くなっていました。


 食べ物の匂いが、するんです……!!!


 トンネルを走って抜けた先に待っていたのは、朝焼けのビーナスベルトに染まった美しい空の下で、白と優雅な曲線を基調とした豪奢な建物でした。辺りには見渡す限りの可愛いお花畑! 可憐なチョウチョが飛び交う中、伏し目がちに花を摘み集めているのは、西洋美術の絵画の天使が成長したかのような美少年二人。鏡合わせのように向かい合い、「花って食べれるかなー」と相談しあうその横顔も、瓜二つなんです! 味気なく表現すると、コピペ反転人間ですね。


 なんでしょうか、この美の宝石箱のような異空間は……。


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