第1章  指輪が入るサイズのミミック

第1話   生まれたてモンスター

「生まれるのおっせーなー。もうスプーンで割ろうぜ」


「うわ、ばか! よけーなことすんな! 中身がこぼれたらどーすんだ!」


 誰でしょうか、大きな怒鳴り声が頭上で交わされています……もう少し寝ていたいのに。


 コツコツ、コツ、と全身に響き渡るなぞの振動で、眠れません、もういっそのこと起きましょうか。


「お、出てきたぞ。こいつだけ孵化がおせーから心配してたんだ」


 パキパキと、何かが砕かれる音が。私のおでこに、ぱらぱらと何かの破片が落ちてきます。思わず目を開けると、視界いっぱいに、大きなおじさん二人の顔が!!


「グギャアアア!!」


「お、いかにも魔物っぽい汚い叫び声だ、元気元気! これなら高く売れるぞ」


 褒めてません! って言うか、さっきの鳴き声は私の声なんですかあ!? 風邪ひいたってこんな声になったことありませんよ……ん? 巨人さんたちが立っているこの薄暗くて狭いお部屋、すごく鉄臭いですね、まさか、血……?


「他のガキどもはぜんぶ死んじまったからな、こいつだけで元手が取れそうでよかったぜ」


 巨人おじさんが親指で差した背後には、手作りでしょうか、不格好な木製の箱の中に、蝿にたかられた毛むくじゃらの小さな手足が、はみ出ていました。箱のような形をした不思議な生き物も捨てられていますが、薄暗くて、詳しくはわかりません。なにせ見たことがない動物ばかりです。そしておじさん達の言うとおり、眠っているだけには、見えませんでした。ゴミ箱なんでしょうか、ひどすぎます……。


 ついさっき、高く売れそうだ~とか、元手が取れそうだ~とか、密輸業者の吹き替え海外ドラマみたいな台詞が聞こえたような気がしましたけど、たとえ空耳だろうと、こんな血生臭い所にはいられません!


 とお!


「あ! 落ちたぞ! どこ行った!?」


「なにやってんだよ! 探せ! 傷が付いたら売値が下がるだろうが!」


 ……こんなふうに、ご自分たちの世界だけで会話を進める人たちは、初めてではありません。私も合わせてあげる気は毛頭ありません。


 しかし困りましたね、薄暗い室内の机の下はもっと真っ暗で、何も見えません。どこかに逃げられそうな道筋は……ああどうしましょう、おじさんが二人して机の下をのぞきこんでいます。


「どこだ~?」


 手探りで腕が伸びてきます。万事休す、なのでしょうか!! そもそもなぜ私は巨人に追われているのですか! 夢!? 夢なんですか、これ!? 夢だとしても、不気味なおじさん二人に捕まって乱暴されるなんて絶対にイヤです!!


「チュウ!」


「わっと! ネズミだ! 噛みやがった!」


「耳元で大声出すな! そして傷口を見せるな!」


 ねずみ……? あ、小さなネズミさんが一生懸命に走って、壁に空いた小さな穴へと逃げ込んでいきました。けっこう古い建物のようです、よく見ると壁も床もぼろぼろに朽ちています。私もネズミさんについて行きたい、でもあそこまで行くには、この机の下から出なければなりません。地味に遠いです。


 あ、指を嚙まれなかったほうのおじさんが、机の下に這って近づいてきました。


「見つけたぞ、金ヅル!」


「ギ、ギギ~!」


 伸びてきた手を、思いっきり噛んでやりました。なんだか私の頭部が、恐ろしい角度と勢いをつけて上下したような気がしたのですが、この際、些細な疑問は気にしません! おじさんが手を引っ込めた、今がチャンスです!


 スリー、ツー、ワン、ゴー!


「あ! 待てやゴラァ!!」


 待ちません!


 運動はあんまり自信がないのですが、なんとかスライディングで穴に入ることができました。ここはネズミさんが使用する道です、狭いし、足元がベトベトしますが……あの巨人に捕まるよりはマシと考えましょう。足はどこかで洗えばいいんですから。


 尖った物で足の裏を切らないようにだけ、用心しましょう。


 ……おかしいですね、気を付けて歩いているはずなのに、やたら体が壁にガリゴリと当たる気がするんですよね、もしかして私、太っ……いいえ、ここは夢の中ですもの、体型の変化には目をつぶりましょう。あんな食生活で太れるほうが、おかしいですからね……。


 ああ、光が見えます。もうすぐ、外なんですね。


 夢の中でも、光の先に綺麗な景色が見えるような気がしません。どうせ朝から無音で、無言。朝目覚めて、二人が夜な夜な食い散らした食器を洗って、二人が片付けなかったゴミをまとめて、学校へ行くついでにゴミ出しをするんです。


 いつものように、子供なんていないフリをしながら。


 どうせ声をかけたって、あの二人には聞こえないんですから。




 壁の穴を抜けると、見事な満月が申し訳程度に周囲を照らしていましたが、のんびり見上げている余裕はありません。冷たい外気の中、息を白くしながら、枯れ葉の海に隠れました。少し動くだけでガサガサと音が鳴ります。巨人おじさん達が追いかけてくる前に、ここを離れなければ。ああ、暗くて足下がわかりにくい。


「急げ! あの森に逃げられたら厄介だぞ!」


「包帯どこかな、血が止まらねーよ〜」


「情けねー声出すんじゃねーよ! ただの切り傷だろうが!」


 もめている様子ですね。あの森とは、どこのことを差しているのでしょうか。あ、この枯れ葉って、もしかして近くに落葉樹がたくさん生えている証拠なのでは? 葉っぱを鳴らさないよう、慎重に、慎重に進みながら、私は落ち葉の毛布もうふから顔だけ出すことに成功しました。


 扉が勢いよく開いて、私の隠れていた落ち葉ごと、扉の後ろ側の陰となりました。おじさん二人が飛び出てきて、ランタン片手に周囲を探索し始めます。見つかったら、たまりません……ランタンが照らす範囲に、絶対に入らないようにしなければ。


「もう森に入っちまったりして」


 ネズミさんに噛まれたほうの巨人おじさんが、穴のあいた革のブーツで雑草を踏みながら、遠ざかっていきます。そっちの方向に森があるのですね、よしよし、こっそり尾行しましょう。


 ……歩いていて思ったのですが、私、小さすぎませんか? 顔に雑草がわさわさと当たって大変です、視界も悪いですし。こういう感覚に陥る現象を、アリス症候群というのでしたっけね、ここは夢の中なので、当てはまるかはわかりませんが……。


「こっちにはいねーな。お前の言うとおり、森に向かったかもしれねー。厄介なことになったぜ、あの森はいろいろと捻じくれ曲がってやがるからな」


 私に指を噛まれたほうのおじさんも、やってきました。森に心底入りたくなさそうですね。私の後ろからランタンをぶら下げて歩いてきますから、接近されすぎないように距離を保って歩かなければ。


 ああ〜疲れます〜私の歩幅、短すぎます〜。


 木々の生い茂る様子が、二つのランタンの灯りによって照らし出されました。本当にすぐ近くで、よかった……これ以上歩いていたら、白い息をゼエハアしながら足をもつれさせ、転び、そして捕獲されていたことでしょう。


 私はお二人の歩幅のタイミングを見計らって、木陰に隠れましたとも。あとはお二人があきらめてくれるのを、待つだけです。


「あれ……?」


 私に指を噛まれたほうのおじさんが、傷跡を照らしながらゲジゲジ眉毛を寄せました。


「どーかしたか?」


「あ、いや……俺たしか……いや、なんでもねーわ」


 どうしたんでしょうね。そんなに強く噛んだ覚えはないのですが、痛かったんでしょうか。加害者側はあんまり覚えてないんですよね、いつだって。


 お二人はよほど私に未練があったのか、なんと空が白くなるまで辺りを探し回りました。それはもうキレ散らかしながら罵りあい、お前のせいだ俺は悪くねーの繰り返しで、東雲の空の下すさまじい殴り合いに発展しましたので、私は騒ぎに乗じて、さらに森の奥深くへと、進んでいきました……。やはり悪党は、悪党ですね、特に仲が良くて一緒にいたわけではなかったようです。便利だから、人手が欲しかったから、大方そういった理由で他人をそばに置いていたのでしょう。


 さて、あんな人たちのことなんて、どうでもよくてですね、私は今まさにアリス症候群のような朝方の森の中をさまよっているのです、空腹のままで……ノドも乾きました、これかなりヤバイ状況ですよね。ついでに眠いんです。どこかで生きるための食う・寝る・身の安全三代欲求を満たせる場所はないものでしょうか、過酷な夢があったものです。


 グエッ!


 ……転んでしまいました。前のめりにベシャリと、受け身も間に合わず。私そうとう疲れているみたいです……ん? 今、けっこうな衝撃が全身に響きました、よね……まさか……これ、現実?


 え? え? えええええ!?


「ギギグギャ!?」


 ええええ!? 私の声、ええええ!? 私の身長!? ど、どうなって……え? え? な、なんで森がこんなに大きくて、さっきのおじさん達も大きくて、私、小人になってるんですか!? しかもひどい声! 言葉も話せません! これ全部、現実なんですかぁ!?


 どうしましょお〜! あ、お腹がグーッて鳴りました……まずは、何か食べ物を……コンビニとかは、なさそうですね、はい、木の実とか、探すしかないのですかね……あ〜、お腹壊さないかなぁ〜。


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