11-6


 出発まではとにかく、ブリッツがうるさかった。

 剣の腕が落ちているとはっきりと言いおって。

 新米竜騎士としかしてないからな。そもそも体力が落ちている。

 それはヨアヒムも同じだ。最前線で戦う竜騎士ではもうないだから。

 腕前は互角。臆する事はない。


「お止めになっていただきませんか?」

「しつこいぞ。もう返信した」

「しかし…」


 ブリッツは納得いかない顔をしているが、決まった事。


「それから、お前は来るな」

「は?何故です?。お供いたします」

「お前が来たところで状況は変わらん。ここに残り、通常の職務を果たせ」

「ご命令なら…」

「命令?お願いだよ。私に何かあれば、私の分まで竜騎士を育ててくれ」

 そう言ってブリッツの肩を強く掴んだ。

「分かりました…無事なご帰還を」

 ブリッツには悪いが、そうしてもらう。

 私よりもずっと真面目だからな。良い竜騎士を多く育ててくれるだろう。


 この件については、ファンネや陛下もいい顔はしなかった。

 ヒルダはいつ通り我関せず。

 

「一言、相談して欲しかったわ…」

「相談しても変わらないよ」

 ファンネは私の腕を掴み話す。 

「もう若くはないのよ。無理をしないで…」

「ブリッツも同じ様な事を言っていたな」

「当たり前の事です。皆、あなたを心配して言っているのですよ」

「案ずる必要はない。相手は知ってる奴だ」

「そんな事を言って…気を抜かないでくださいね」

「もちろんだとも」

 

 私はファンネを優しく抱きしめた。


「大丈夫だ。必ず、帰ってくる。土産は何がいい?」

「あなたという人は…。土産はあなたが無事に帰って来ることです。分かっているでしょうに…」

 彼女は私から離れる。

「そうだな。約束しよう」

 もう一度、抱きしめようとしたが、胸を押され拒否されてしまった。

「そういうのはもう結構です」

 呆れたように言うと、ファンネが部屋を出ていった。


 そして、一騎打ち当日。


 両軍が睨み合う、異様な雰囲気。


 ここは林の切れ間。程よく開け、国境を跨ぐ形で草原となっている。

 戦中、何も戦闘があった場所だ。

 ここで多く兵士が死に、その血が大地に染み込んでいる。


 国境ということで何か壁でも建てるべきだが、何かをするたびに事故が起こり、怨霊の仕業だと噂が持ち上がる。壁の建設は無期限中止となった。

 帝国側も何もしてないということは、向こうも同じ様なことがあったのだろう。

 

 私は単眼鏡を覗き込む。

 帝国側の兵士の表情までは分からないが、緊張をほぐす様に体を動かしている者が多い。

 その中にヨアヒムを見つける。

 竜の上で微動だにせず、真っ直ぐこちらを見つめていた。


 奴の佇まいが、私が知ってるそれとは違って見えた。


 何があったのだ?…いや、何かあったのか?

 

「シュナイダー様。合図の旗が上がりました」

「うむ」

 私は馬を降りる。


「ご武運を」

「ありがとう。あー、分かっていると思うが、一騎打ちの結果に関わらず、突撃などするなよ」

「はい。まずは一旦下がり、様子を見る。それは各隊通達済みです」

 こんな血塗らた場所で戦闘はごめんだ。


 下がれば、地の利はこちらにあり被害は抑えられる。


 私は両軍の中央へ進み出る。

 ヨアヒムも出て来た。


「よお、久しぶりだな」

 私がかけた声に、ヨアヒムは静かに頷く。

「壮観だな。若ければ多少なりとも気合が入るが」

「そうだな…」

 周りを見渡るが、彼は私を見つめたままだ。

「どうした?」

「すまん。こんな事になってしまって…」 

「お前の責任ではないだろう?」

「いや…」

「抑えられなかったか」

「ああ。議長のほうが上手うわてだったよ。用意周到でな、気づいた時にはもう…」

「家族は、子供は無事なのか?」

「無事だ」

 それは良かった。


「して、この一騎打ちはどういうわけだ?余興ではあるまい?」

「余興なら良かったんだがな…」

 そう言いながら、腰の後ろにあるショートソードを外し、地面に捨てた。

「こんな事をお前に頼むの心苦しい」

「構わんよ。お前と剣を交えるのは心地よいからな」


 模擬剣ではあるが、何度も剣を交えている。

 勝負は五分だったな。


「そうか?…真剣勝負だとしても?」

「お前が望んだことだろう?一騎打ち申し出の手紙、あれはお前が書いたものだろう?すぐに分かった」

「うむ」

「只事でない事もな」

「さすがはレオン・シュナイダー。お前が友人でよかった」 

 そう言って腰から剣を外し前へ突き出す。

「いざ」

「…」

「何をしている」

「どうしても、やらねばならないのか?」

「そうだ。お前も分かっているからこそ承諾したのだろう」

 好き好んで来たわけではない…。


「ここでお前との勝負に決着をつける」

「決着など…」

「四の五の言わずに剣を抜け!」

 そう言ってヨアヒムは剣を抜く。


 見慣れた長剣。

 戦争前から使っている、言っていたな。

 

 物持ちがいい奴だ。私は何本も折ったというのに。


 さらに鞘を投げ捨てる。

 鞘を捨てた…不退転という事か。


「どちらかが死ぬのだぞ」

「剣を抜かなれけば、お前が死ぬ。それとも死ぬ覚悟が出来ているのか?」

 ヨアヒムは剣を構える。

「ならば、行くぞ!」

 彼は剣を振り上げ迫る。

 私は剣をすばやく抜き、彼の剣を受け止めた。

「私はまだ死ぬわけにはいかない!」

「そうだ。そうでなくては困る」

 ヨアヒムはニヤリと笑う。


 鎧と剣が重い。若い頃には感じなかった。

 ヨアヒムの剣撃を見切り避け、受け止めていなす。

「何故、打ってこない!」

「くっ…」

 出来ないのだ。

 親友相手に、何故こんな事をしなければいけないのか。

 どうすればいい…。


「殺る気がないなら、さっさと死ね!」

 彼らしからぬ形相。

 彼の剣を受け止め鍔迫り合いとなる。


「ヨアヒム、お前らしくないぞ」

「ああ、らしくないな。そうしなればいけないからだ」

「どういう事だ?」

 彼は一旦距離を取り、すぐに打ってくる。

 打ちながら、話しかけてきた。


「レオン。私を倒せ、殺してくれっ」

「何?何を言っている!?」

「この一騎打ちで私が死ねば、帝国は侵攻はしない。そう皇帝陛下と約束してきた」

「なんだと…」

 驚きと納得。


「ふざけるな!貴様、家族はどうするのだ!」

「家族は…今頃、王国に入ったはず。お前への、最後の手紙とともに…」

「なら、お前も来い」

「だめだ。私が死ななけば戦争なる」

「家族を捨ててまでする事か!」

「捨てるわけでない…そんな事できるものか!…」

 ヨアヒムの目から涙が溢れる。

「前にも言っただろう。自分だけが助かっていいわけないと。生き延びたとして、娘になんて説明する?」

「…」

「私の命ひとつで戦争は回避できる。安いものだろう?」

 そう言いながら剣を振る。


「頼む、レオン。お前の剣で死ねるなら、本望だ。殺れ!」

 

 全ては私に託された。

 

 レオンを助ける。しかし、戦争は避けられない。多数の死者が出る。

 レオンを斬る。戦争は回避される。

 私が死ねば…戦争は起こるだろうし、王国に逃げた娘とヨアヒムが再開するのはほぼ無理だ。娘は路頭に迷うだろう。


 奴の言う通りなのか…。 

 奴ひとりの命で…。


「くそっ!」

 私は剣を強く握り締める。

「良いのだな?」

 奴の私自身に問う。

「覚悟は出来ている」

「行くぞ!」


 お互いの剣がぶつかり火花が散る。

 奴と剣を交えるのはこれが最後…いつまでもそうしていたかった…。

 

 ヨアヒムが嬉しそうに頷き、腹を指差す。 


 ヨアヒムは隙きを作るように腕を広げ、そして剣を振り上げた。


 私は剣を腰だめに構え、彼の懐に飛び込む!。


 剣に伝わる感触。そして流れる血潮。


「ヨアヒム!」

 奴の体を支え、ゆっくり膝をつかせる。

「見事だ…」

 血反吐を吐き、荒く呼吸する。

「はあ…はあ…。レオン…」

「なんだ?」

 口元に耳を寄せた。

「娘を、ソニアを頼む」

「分かっている」

「親として何も出来なかった。不出来な親だ…」

「そんな事はない!。娘を守ったではないか」

「ああ…そうだな…」

 目の焦点が合っていない。


「私を見ろ!ヨアヒム!」

「レオン…。こんな時世でなければ、ソニアと世界中を旅をしたかった…」

 涙を流し、口を噛みしめる。

「ソニアには…大きくものを見よと…小さくなってはいけないと…。強く生きてくれ…と…」

「ああ、分かったよ…」

「ありがとう、レオン…向こう待ってるぞ…ゆっくりでいいからな…遅れてくるんだぞ…」

 そう言った後、ヨアヒムが私に寄りかかるようにぐったりと倒れる。

「ヨアヒム?おい!ヨアヒム!」

 息絶えていた…。

「私はなんてことを…ああっ…」

 奴の肩を抱きしめ、むせび泣く。

 

 この後悔と怒りはどこにぶつければいいのだ。

 自分にか?この世にか?


 泣いていると、誰かが近づいてきた。

 紅白の腕章。衛生兵か。


「シュナイダー様。大丈夫ですか?」

「私は、大丈夫だ」

 私はヨアヒムの体から剣を引き抜き、彼を横たえた。


「失礼します。ベルファスト様を診てもよろしいですか?」

「ああ」

 帝国側の衛生兵はヨアヒムが亡くなった事を確認し、白い布を被せ始めた。

「丁重に葬ってあげてくれ」

「はい」

 敬礼し、ヨアヒムを担架に載せ去って行く。

 帝国側に着くのを見届けた。


「シュナイダー様、我々も」

「うむ…」

 ヨアヒムを貫いた剣を地面に突き刺し、奴のショートソードを形見代わりに持ち帰った。


 その後、帝国は兵を引き、再侵攻はなくなった。

 

 私はしばらく何も考えられず、自室に籠もっていた。

 誰とも会いたくなかった。

 唯一、ファンネだけが黙って入ってきて、抱きしめてくれた。

 彼女にはヨアヒムの事は言っていないが、察してくれたのだろう。


 ソニアにどんな顔で会えばいいのか、分からない。

 会うのが怖い。

 しかし、会わないわけにはいけない。

 奴が、私を信じて、預けてくれたのだから…。



Copyright(C)2020-橘 シン

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