11-7


 ソニアが声を押し殺し、すすり泣いている。

 彼女の背中をリアンが擦っていた。


「仕方なかったんだ。あの状況…正解も不正確もない」

「うむ。この時をレオンを知っているが、相当な落ち込みようだった」

 先生が日記を読みながら話す。

「少し前にはリアンの件もあったしな…」


「ここにもソニアとベルファスト氏の事が書かれている」

 ライアが日記を指差す。

「シュナイツを開いた後の事だ」

「なんて書いてある?」

「ソニアが今日帰ってきた。無事で何より。奇しくもヨアヒムの命日の同じ。ソニアには、まだヨアヒム事は言っていない。彼女はそれを聞いてどう思うだろうか?。きっと恨むだろう。ヨアヒムの代わりにこの命、取られても恨むべくもない。因果応報。全てを受け入れよう」

 ライアが読み終わった途端、ヴァネッサは泣いているソニアを持ち上げ、自分が立っていた壁に押し付けた。


「ソニア!これ聞いても、あんたは今でもシュナイダー様を恨んでんのかい!?」

 ヴァネッサの言葉にソニアは何も言わず涙を流すだけ。

「シュナイダー様は、確かにあんたの父親を殺した。その上で、あんたを引き取ったんだよ。そして父親の代わりに、あんたのために、尽力した。それでもあんたは!…」

 ヴァネッサは少し涙声だ。

「ごめんなさい…」

 泣いたままのソニアをゆっくりと下ろす。

 彼女は床に座り込む。


「あんたの気持ち分からなくはないよ。でも、恩を仇で返すなんてやちゃいけない。あたしが言うのもおかしいけどさ…」

 ヴァネッサがソニアを見下ろしながら話す。

「あんたはね、シュナイダー様を裏切っただけじゃない、父親も裏切ったんだよ」

「お父さん…ごめん、なさいっ…」

「こんな事をさせたくて、シュナイダー様に預けたわけじゃない。そんな事もあんたは!…」

「ヴァネッサ、やめて!。もういいでしょ…」

 リアンは止めたけど、ヴァネッサは止まらない。


「この際、言いたいことは全部吐き出しておく。ほら、立ちな!」

 ソニアを無理やり立たせる。

「昔から、あんたの事は嫌いだった。リアンの事情を知ってるくせに、側にいないで、ほっつき歩いて。何をしてるかと、思えば…ふざけんじゃないよっ」

「やめて、ヴァネッサ。私は大丈夫だから!」

「リアン…ごめん。ほんと、最低よね…」

「謝らなくていいから」

 リアンはソニアに近づき、彼女を抱きしめる。


「ウィル、あたしはもう寝るよ」

「え?」

「こいつの事なんか、どうでもいい。あんたらの好きにしなよ…」

 ヴァネッサは書斎を出て行ってしまった。

 好きにしろと言われても…。


「ヴァネッサ、なんかトーンダウンしちゃったねェ…」

 確かに激昂してた時とは違う。

「ソニアの事情を知ってそれなり同情したんだろう。彼女も人の子ということだ」

 先生がそう指摘する。

「まあ、同情はわかるが…。して、処分はどのようにする?ウィル様」

「うん…」

「何もしないというは示しがつかない」

 ライアの言う通りだ。

 領主を殺そうした。その罪は大きい。


「何もしなくていい。ちょっとした気の迷い…それだけ、それだけ何だから」

「リアン、やめて…。事の重大さは、わたし自身がよく分かってる…」

 リアンが庇うが、ソニアはそれを拒否する。


 ソニアは重大な罪を犯した。それはわかる。

 怖い思いもした。

 だけど、僕は生きてる。


 人に罰を与えるのは、苦手だ。

 ヴァネッサは甘すぎるって思ってるだろうな…。


 僕は書斎の椅子に座り、考える。


「それじゃ…」

 と、言いかけた時、廊下が騒がしくなる。


「おい、ハンス。待てって!」

 レスターだ。ハンス?。


「ソニア!」

「ハンス…」

「お前、何やってんだよ!」

 ハンスは書斎に入るなり、ソニアに怒鳴る。


「すんません!マジですんません!」

 ハンスは土下座で頭を下げる。


 何でハンスが謝るのか?。

 聞くところによると、ハンスとソニアは恋仲ということだった。


「やめてよ、ハンス。あなたには関係ないでしょ…」

「関係ないかもしれない…でも、俺にはこれくらいしかできないから」

「話をややこしくするなよ…」

 レスターがため息を吐いている。


「えっと…ソニアに何か罰をって話なんだけど…」

「俺が代わりに受けます」

 そういう彼にライアが強い口調で話しかける。

「ハンス、君が受けては意味がない。罪を犯したのはソニアなんだ」

「でも…」

「でも、じゃない。君は黙って見ているんだ」

「はい…」

 ライアが僕に先を続けるよう頷く。僕も頷きを返した。


「まずは…外に立っていてもらう」

「立っているだけ?」

「まずはね。場所はそこ」

 僕は窓の外を指差す。

「そこの広場。館と宿舎の間。真ん中に」

衆目しゅうもくに晒すのか…それは中々きついな」

 先生が苦笑いを浮かべる。

 痛みを与えるのはリアンは許さないだろう。

 でも、これならまだね。


「いつまでですか?」

「明日の日没まで」

 ソニアは頷く。

「日没まで?食事や水は?ソニアが倒れちゃう…」

「大丈夫よ。これくらいで倒れたりしないわ」

「でも…」

「食事と水は許可する」

 リアンが安心したように、大きく息を吐く。

「ありがとう、ウィル」


「あの…俺も一緒にいいですか?」

「だから、お前は関係ないって…」

 ハンスはどうしてもソニアと一緒がいいらしい。

「じゃあ、君は監視役としてソニアのそばに。それでいいかな?」

「はい!」

 ソニアはあからさまに嫌な顔でため息を吐いた。


「まだだ。ソニア、君にはやってもらいたい事ある」

「わたしに出来る事なら、何でも」

「うん。それは後で。それと…この件を、どうみんなに説明すればいいのか…」

 ベルファスト氏は名の通った人物だ。その人物に娘がいたという重大な事を公表すべきか?…。

 本人は別に構わないと言ってるけど。


「レスター、君はソニアの事情は把握してる?」

「はい。さっきヴァネッサ隊長が来て、話は聞きました。俺とガルド、あとジルも聞いてます。ああ、それとコイツ」

 そう言ってハンスを指差す。

 他にも竜騎士や兵士もいたが、ソニアの話は聞いてない、と。

「レスターはどう思う?僕は公表すべきと思うけど、そうとなるとベルファスト氏の事とシュナイダー様の二人のことまで公表しないといけない」

「…難しいですね。ヨアヒム・ベルファストはもう亡くなって十年以上?は経ってます。影響はないと思いますが…なんとも…」

「命を狙われる事はない?日記には帝国の議長が手段を選ばない人物だと書かれている」

「それは軍部を牛耳りたかったからでしょう。ベルファスト本人はもういないですし、ソニアを狙う意味がないです」

 そうか…。

「とりあえず、口外するなと釘を差しておけばいいかと。それからソニア本人もその事は黙っておく」

「それしかないか」


 特に領民には、ことの一切を話さないよう強く指示することも忘れずに。

 

「それじゃ、ソニア。君は外に」

 ソニアはハンスとともに外に出ていく。

「頑張って」

「うん」

 リアンが声をかけていた。


「リアン、ちょっと来い」

「はい?」

 フリッツ先生がリアンを呼び、一緒に廊下へ出ていった。

 たぶん、彼女を診てくれてるんだと思う。


「これで終わりかナ?アタシも寝ていい?」

「待つんだ、隊員へ説明してからだろう」

「えー…面倒くさいぃ…」

「君という奴は…」

 ライアは呆れ、頭を抱える。

「おれがやっておきますよ」

「あ、ほんと?じゃ、よろしくぅ~」

 ミャンは笑顔で出ていってしまった。

「ミャンを甘やかすのやめてくれ。レスター」

「おれは別に構わないんで」

 ミャンは、細々した説明は苦手としている。そこは慣れてほしい所。


「ウィル様。棚の奥に何かあるようです」

「え?棚の奥?」

 エレナにそう言われ、棚を覗く。

「棚の奥がどうかしたのか?」

 ライアも覗き始めた。


 日記が並ぶその奥に、何か布を巻いた長い物があるようだ。

 日記を避けて、それを取り出した。


「なんだろう、これは?…」

 巻かれたいた布を取ってみる。


 ショートソードだった。


「シュナイダー様のだろうか?」

「レスター。どう?知ってる?」

「見覚えはありませんね」

 マイヤーさんも知らないと話す。

「さきほどの日記にベルファスト氏のショートソードを形見がわりに、とあったので、おそらくこれが…」

「確かにそう記述あったね。これがそうか…」


 レスターがショートソードを見せてほしいとのことで、彼に渡す。


「明らかに使った形跡があります。錆びてはいません。ちゃんと手入れもしてありますね。きれい過ぎるくらいです」

「そう」

 それだけ大事にしてきた証拠だろう。


「ショートソードは僕の方で預かっておく」

「わかりました」

 レスターから返してもらい、もとの布を巻いた状態に戻しておいた。


 取り出した日記は棚に戻し、破られた窓には使い古しの布を被せた。


「それじゃみんな、各隊各部署への事情説明を頼む」

 皆が了解し書斎を出ていく。

 その中、レスターだけを呼び止めた。


「レスター。さっきは怒鳴ったりして、すまない」

「何言っているんですか。あの時は、おれ達が悪いです」

「そんな事は…」

 レスターは廊下を気にしつつ、話す。

「書斎の中の状況がよく分からなかったのと、ウィル様が怒鳴ったのが、意外で…びっくりしちゃって、すみません」

 彼は小さく頭を下げる。

「いや、いいんだ…。ただ僕はリアンを安心させたくて、つい…」

「はい」

 レスターは特に気にする様子はない。

「おれは良いと思いますよ。言わなければいけない時に、ちゃんと言う。言わなければ許されたなんて思う奴もいますから。優しく穏やかなだけじゃ…ってすみません。偉そうな事を」

「いや」

 彼の言葉に、僕は首を横に振る。

 

「君が言っている事は正しいと思う。上に立つ者として、強く言うべきべきなのはわかってるけど、領主になって半年も経ってないから、上から物を言うのは気をつかうよ。君は竜騎士だから、慣れてると思うけど」

「いや。わかりますよ。ウィル様はおれの実家の事を知っているでしょう?」

「ああ」

「貴族社会は上下がはっきりしてるんです。あいつは下、あいつは上なんて…態度に出すわけじゃないんですけどね」

 レスターはそういうのがいやで竜騎士の道へ進んだ。

「それはおいて、ここではウィル様が一番上なんです。苦手でしょうけど、はっきり言わないと、上下が曖昧になってしまいますよ。気にせず言ってください。さっきのハンスとか」

「ハンスね…」

 レスターが笑って、僕も笑った。


 偉ぶるつもりもないし、職権乱用なんてもするつもりもないんだけど、つい気を使ってしまうのが、僕の癖のようだ。


「分かった。気をつけるよ」

「はい。では、おやすみなさい」

 レスターは敬礼をして去って行った。


 書斎を出て、ドアを閉めようしたが、うまく閉まらなかった。

「あれ?…」

 壊れた?。

 丁番を見ると、外れかかっている。

「ヴァネッサか?」

 それしか思い当たらない。

 ものすごい音立てていたから。蹴ったのかもしれない。

「全く…」

 僕はため息を吐いた。


「ウィル」

 呼ばれて振り向くと、リアンと先生達がいた。


「リアン、大丈夫?」

 僕は近づき、そう声をかける。

「うん。先生が緊張をほぐす薬をくれたから」

「そう」

 そんなものがあるのか…。

「さあ、もう寝なさい。夜ふかしはいかん」

「子供じゃないんですけど」

 リアンは口を尖らせる。

「僕も寝たほうが良いと思う。ソニアにはハンスがついているし、大丈夫だよ」

「うん。それじゃ、おやすみなさい」

「おやすみ」

 リアンは自室へ入っていった。


「先生、僕にもリアンと同じ薬をいただけませんか?」

「そんものはありはせん」

「え?」

 先生は笑顔で僕の肩を叩く。

「リアンが騙されやすい性格で良かった」

「先生、彼女に何を飲ませたんですか?…」

「ウィル様、ご安心を。リアン様に飲ませたのは、木の実の砕いて蜂蜜で固めた物です」

 ミラルド先生の説明にフリッツ先生は、ふふふっと笑いを漏らす。

「お前もいるか?」

「…いいえ、結構です」

「うむ。お前も寝ると良い。あれこれ考えずにな」

「はい」


 先生達やマイヤーさんと別れ、自室へ。

 ベッドに体を横たえる。


 先生はあれこれ考えるなと言ったけど、さっき起こった事を考えてしまう。


 ソニアが僕にしてきた事。

 ソニアの気持ち。そして生い立ち。

 

 殺されかけたのだから、もっと重い罰を与えるべきだろうが、そうするとリアンが…。


「難しいな…」


 やってもらう事は決めてるが、それでソニアの贖罪となるだろうか?。


 色々考えてしまって中々寝つけなかった。

 

 深い眠りが出来ず、朝になってしまった。



「まあ、仕方無いといえば、仕方無いよね」

「それはともかく。かなり焦ったよ、あの時は」

「余裕があるように感じた?いやいや、全然余裕なんてなかった」


「ソニアにどんな罰を与えたか?それは本人に聞いてほしい」

「大した罰じゃないから、ヴァネッサは呆れてたかも」

「この辺でいいかな?後はソニアに聞いてくれ」



エピソード11 終

Copyright(C)2020-橘 シン

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