11-5


 シュナイダー様の日記を読み進めていく。

 

 シュナイダー様とベルファストさんは戦争中は一度会っただけで、それ移行は戦争が終わるまで会っていない。戦場でお互いを確認することは何度もあったようだ。

 

 ベルファストさんに関する記述は、たくさんある。

 

 戦後、シュナイダー様とベルファストさんは手紙をやり取りし、時には直に会っていたようだ。


「場所の記述はないな」

「やはり敵国同士が会うのはまずいですか?でも、戦後だから問題ない気もしますけど」

「戦争は終わってないよ」

「え?」

 ヴァネッサの言葉に皆が驚く。


「何を言ってる?戦争は終わっただろう?実際、何もない」

 ライアの言葉にヴァネッサは大きなため息を吐く。

「意外に知らないやつ多いんだよね。帝国とは、停戦協定と結んだだけで、平和条約や不可侵条約を結んだわけじゃないんだよ」

「そうなのか。知らなかった」

「戦争が終わったわけじゃないから、会うのには苦労したと思うよ」


 場所の記述ないということは、秘密裏にという事だろう。

 しかし、会った時の状況は書かれている。

 


 ブリッツと別れ、小さな山小屋へ。

 そこにはヨアヒムが既に到着シていた。

「遅かったな」

「すまん。やはり竜がないのは、不便だな」

「うむ…」

 


「シュナイダー様は戦後中に竜を失ってる」

「嘆いていたな」

「そりゃね…」

 ヴァネッサは、自分の半分を失ったようなものと言う。



 私は酒を、ヨアヒムは酒の肴を持参した。

 酒がなくなるまで、飲み、食べ、喋る。

 明るい話題も暗い話題も、酒と一緒に飲み下す。

 

 一晩中語らい、そして翌早朝に別れ帰宅した。

 

 

 ベルファストさんと会った日の記述はだいたい似た感じ。

 多少、内容に変化はあるけど。


「これ、いつまでやんの?朝になっちゃうよ」

「ヴァネッサは、寝ればいいんじゃない?」

 リアンが冷たく言い放つ。

 ヴァネッサは何も言わず、リアンをチラリと見るだけ。


「せっかちな奴だな。お前さんは」

「悪かったね、せっかちで」


 ヴァネッサの言うとおりだ。

 

 本題は、シュナイダー様の思い出を読む事でない。

 シュナイダー様とベルファストさん、ソニアの関係性を調べる事だ。


「本当に朝までかかるかもしれない。急ごう」


 急ぎ読み進め、重要な箇所がないか調べていく。

 

「ベルファストに関する記述はあるが、それ意外はないな」

「ないはずはないと思います。私的な事を話してみたいですし、子供の事を話したりするんじゃないかと」

「それくらいの仲ではあるようだな」


「ウィル様、ここは?」

「ん?うん、やっぱり書かれてる」

「ど、どんな風にですか?わたしの名前は?」

 ソニアは急かすように訊いてくる。 

「名前は…書いてない」

「そうですか…」

 

 

 ベルファストに子供が出来たの打ち明けられた。

 祝辞を送った。

 今日は祝い酒かと思ったが、彼の表情は暗い。


「どうした?」

「この歳で子供とはな…」

「よいでないか。私には出来なかった事だ」

「お前は出来るのしなかったんだろう?よりを戻す事は出来たはずなのに」

「それをいうな」

 ファンネの事を話してしまって度々突かれる。


「歳だけか?金は…問題ないよな」

「そういう事ではなくてな…」

 ヨアヒムは酒を一口飲む。

「帝国の内情をお前はどう聞いている?」

「どうと言われてもな。軍からは身を引いて距離を置いているから、あまり詳しくはない」

「そう言えば、お前はそうだったな」

「特に変わった様子ないのではないか?あれば耳に入るはずだ」

「そうでもない。今の帝国は危うい」


 ヨアヒムが言うには、帝国内部が二分しているらしい。

 再侵攻も目論む強硬派。それと和平を望む穏健派。


「お前はどっちなのだ」

「私は穏健派だ」

「そうか…」

 彼の言葉に安心する。

 最前線の惨状を見ているからな。あれを見たの者は、戦争など二度とごめんだと思うだろう。

「お前が穏健派はなら、軍は動かないでは?」

 ヨアヒムは総司令官となっている。


 軍内部も強硬派が存在し、元老院も二派に別れているという。

 今のところバランスが保たれているが、今後はわからない。


 皇帝が最近、代替わりしている。

 現皇帝は穏健派。それがバランスを保っているらしい。

 

 元老院議長が強硬派の筆頭。それが事あるごとに皇帝に進言しているとか。

 進言したところで皇帝が首を立てに振らなければいいだけの事。

 ヨアヒムが軍を仕切っているから、再侵攻はないと私は考えていた。


「だといいが…。帝国は皇帝よりも元老院のほうが権力が少し強くてな」

「おいおい…」

「最終的な決定権は皇帝にあるが…」

「それはなら、良いではないか?」

 ヨアヒムは頷きながらため息を吐く。

「私が危惧しているのは強硬派の議長の事だ。やつは手段を選ばない。やるとなったら無理やりに押し通す」

「皇帝を差し置いてか?」

「やりかねん」

「まさか」

「そうなった時、家族に手を出す可能性は高い。人質にされたら…」

「そこまで卑劣なやつなのか?」

「ああ…だから、子供の事は隠してある」


 信頼できるものに預けてあるとか。

 しかし、それもいつまでできるか分からない。


「王国に亡命させる事も考えている。その時はレオン、お前に預けたい」

 彼は私の目をじっと見つめる。

「馬鹿をいうな。お前が家族を守らないでどうする?」

「守らりたいさ。だが、立場上ずっとそばにいることはできない。家族の護衛を頼みたいが、軍内部にも穏健派も強硬派もいることはわかっていても、個人すべてを把握できてるわけでない…」


 お前しかいない、と言われてしまった。

 ヨアヒムの頼みなら喜んで引き受けたいが…。

 

 私は、家族全員で亡命しろ、と勧めた。

 しかし、彼に断られた。


「だめだ。私が軍から抜ければ、強硬派に飲まれる。再侵攻を止める者がいなくなり、間違いなく戦争が起きる」

 

 私達だけが助かって良いものか、良いはずがない。

 戦争を止められなかった事を一生後悔する、とヨアヒムは話す。



「不穏すぎる内容だな」

「はい…。子供、ソニアでしょうけど、生まれた直後にもうシュナイダー様に預けたかったようです」

「なんとかならかったの?」

「なんとかならかったから、こうなってる」

 ヴァネッサが静かに言う。


「シュナイダー様に子供を預けたいとは、ベルファスト氏とは親友のように信頼しているのだな」

 ライアが日記を読みながら、そう話す。

「親友というより戦友だな。敵同士だが…いや、敵同士だった、と言うべきか」

 戦いの中で友となった稀有な例だと、先生は話す。



 この記述以降、ベルファストさんとの会合は減って、手紙による交流が増えていく。

 

「手紙か…。革袋に入ってるのは見たよ」

「これですか?」

 エレナが本棚の一番下を指差す。革袋が数個。

「うん、そう。その中に手紙が入ってる」

「あんた見たの?」

「袋の中を確認しただけだよ。ファンネリア・ハーシュ、シュナイダー様宛って封筒に書いてあったから、当然読まずに戻した」

「そう」

「でも、量が多いから多分、ベルファストさんからものあるんじゃないかな」

「その手紙まで読む気?」

「さすがにそれはしないよ」

 そこまで詳しく知る必要ないと思う。

「これを読めるのは君だけだ」

 そう言ってソニアを見る。

 彼女は小さく、はい、とだけ言った。

「まだ、わかんないでしょ。日記に名前は出てないよ」

 まあ、そうなんだけど。


「もうさ、ソニアの名前があるなら、そこを読んでくれない?」

 ヴァネッサの言葉に先生がため息を吐く。

「もう少し、思い出に浸ってもいいだろう?」

「そんな事をしてる場合じゃないし、後にしてよ」

 

 先生は渋々日記を読む。

 しかし、日記にはソニアの事は出てこない。

 ベルファストさんと交流は手紙のみとなっていく。


「やはり、手紙を読むべきじゃないか?」

「そうなんですけど…」

 日記に加え、手紙まで読むのは失礼すぎて…真相を知るにはそうするべきなのはわかっている。


「帝国の再侵攻について書かれてあれば、そのあたりだと思うんですが」

「それが書かれていない」

 先生は別の日記を手に取る。

「このあたりの日付はずだが…」

 ページを何度も見返す。

「おっと、ここか…再侵攻の後、結構日数が経ってるな」

 先生ともに該当箇所を読む。

 内容がちょっと重い…。


「ソニアよ。聞く覚悟は出来ているか?」

「分かっていると思うけど、辛い内容だよ」

 ソニアは一瞬も迷わずに頷く。

「おねがいします」

 

「リアン。君は、聞かないほうがいいと思う」

「私も聞く」

「あなたが聞く必要はないのよ」

 ソニアの気遣いにリアンは首を振る。

「そうしたいの。ウィル、読んで」

「…分かった」

 彼女がそうしたいなら、止めない。けど、途中で具合が悪くなったら書斎から出てもらう。



 正直、何から書いていいか分からない。

 書かずに忘れたい。が、そんな事は無理だ。

 書き記さなければならない。ヨアヒムの為に。


 軍本部から呼ばれ、帝国再侵攻の情報を知る。 


 驚かなかった。ヨアヒムから危ないと警告はあったしな。

 それよりも奴の家族に何あったのではないか、と危惧した。

 奴から手紙はくるが、ここ最近は家族の事や自分の事は書いてなく、帝国の内情を簡単に書いたものばかりだった。

 だから余計に心配した。

 

「で、何故私を呼び出した?今更、指揮を取れとは言うまいな?」

 頼まれれば、やぶさかでないが、何のために軍の再編と人材育成をしてきたわからなくなる。

「シュナイダー様に指揮をしていただく事はありません」

「我々で必ずや帝国の侵攻は止めて見せます」

 なんとも頼もしい発言か。のわりに顔が強ばってるぞ。


「今回、ご足労頂いたのは、この様な物が届きまして…」

 渡されたものは、国家間文書。公式な物だった。


 王国と帝国は停戦状態だが、国家間の連絡は確保してある。

 あくまで儀礼的な物だが。 


「…」

「どう思われます?」


 内容は宣戦布告と日時。

 それと…私とヨアヒムの一騎打ちを希望すると。場所も指定してある。


「一騎打ちか…」

 奴との。

「何の意図があるのでしょうか?」

「わからん」

「これはシュナイダー様を陥れる罠です。無視してよろしいかと」

 隣にいるブリッツがそう言う。

「私を陥れてどうする?もう軍とは距離を置いて久しい。その事は向こうも知ってるだろう。私がどうなろうと基盤は揺るがない」

「何を言います。シュナイダー様は、まだ英雄として国民の心の支えです」

「ブリッツ、やめないか…。私は、もう過去の人間。人ひとり消えたところでどうということは…」

「シュナイダー様!そういう…」

「ああ、言い過ぎた。すまんすまん」

 私はブリッツの肩を叩く。

「そうでなければ、困るのだ」

 本部にいる司令官達を見る。

「お前達は分かってるだろうな?」

「分かっております」

 全員が頷き返す。

 分かっているなら、それで良い。


「帝国には受けて立つ、と返信せよ」

「よろしいのですか?」

「ああ、さっさと送れ」

 ブリッツが大きなため息を吐いた。


 私が一騎打ちの申し出を、迷わずに受けたのは、文書の文字がヨアヒムのものだったからだ。

 書かされたのか、自ら書いたのかは分からないが、奴の字と分かった瞬間に、一騎打ちと受けなればならないと思った。


 それと悪い予感。その予感は的中する…。




Copyright(C)2020-橘 シン

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