11-4


「アリス、あんたは見張り塔に戻っていいよ」

 ヴァネッサがアリスにそう話しかけた。

「いいんですか?」

 アリスは戸惑いつつヴァネッサと僕を見る。

「ああ、戻って構わない」

「分かりました」

「アリス、ありがとう」

「はい」

 アリスは一礼して出ていった。

 その彼女を追うようにヴァネッサも出ていく。が、少し経ってからに戻って来た。


 戻って来た彼女は出ていく前と同じよに、腕を組み壁にもたれる。


「どう?見つかった?」

 ヴァネッサが尋ねる。

「僕はまだだよ。みんなはどう?」

「まだです」

「こちらもだ」

 まあ、そう簡単には…。

「あったぞ」

 そう言ったのはフリッツ先生だ。

「あの、なんて書かれてるんですか?」

 ソニアは身を乗り出す。

「名前は出てないが、あの竜騎士という言葉が続いてる。ベルファストに違いない」

「名前が出てないのに、なんでわかるノ?」

 ミャンが疑問を口にする。

「まあ聞け。わたしとレオンが出会ったのは、王国の反抗作戦が始まった後だ」

「確か…戦争中盤、膠着状態の頃ですよね」

「うむ。その頃にはレオンはベルファストの事は知っていた。ということは、ベルファストを知るのはもっと前だ。この日記の日付と内容は反抗作戦前だ」


 日記には、あの竜騎士、といくつも出てくる。


 あの竜騎士は最前線で指揮していたらしく、シュナイダー様は一目置くようになる。

 風のように早い進軍。後手にまわる王国軍の記述やシュナイダー様自身の苛立ちが、日記には書かれいた。


「まただ。あいつがこちらの裏をかくように攻撃してきた。あいつの指揮能力は高く、それに答える兵士の練度。こっちは逃げるだけで精一杯だ、と書いてある」

「シュナイダー様が褒めるとは…よほどの人物なのか?」

「あの頃の王国のは、軍と呼べるものじゃなかったんだよ…侵攻するなんて思ってなかったし」

 ヴァネッサが腕を組んだまま話す。

「そうなのか?…」

「そこに奇襲攻撃されちゃ何もできなくて当たり前」

「無策で乗り込んで来たわけではあるまい。裏をかくようにとある。一応抵抗して見せたようだが?…」

「でも、止められなかった」

「最初はな。しかし、黙ってるレオンでない」

 先生は日記を叩きなら話す。

「反抗に転じたきっかけの事も書いてあるぞ」


 

 今日、上層部に強く提案した作戦が成功した。

 勝利に沸き立っているが、あの竜騎士を見たと報告が入ってない。  

 作戦の成功はたまたまだろう。あいつがいたら成功していたかわからない。


 

 その後、王国軍は一進一退しつつ、少しづつ反抗に転じていく。


 

 やはり、あいつがいると作戦がうまくいかない。

 まるで、私の心を読んでいるかの様な軍の動き。

 単に裏をかくだけはだめか。もう一つ裏をかくかと言ったら、表ですねとブリッツが笑いやがった。そういう事ではない。



「ふっ…」

 ヴァネッサが少し笑う。


「おっと、出てきたぞ。ベルファストがの名前が」


 

情報部がやっと仕事をした。

 例の竜騎士の名前がわかった。

 ヨアヒム・ベルファスト。

 これがあいつの名前だ。年も同じらしい。


 

 僕は書き損じた紙を屑籠から取り出し、皺を伸ばす。

 そして、その紙を細長く、手で切った。


「先生、これを挟んでおいてくれますか?」

「ああ…別にいいが…挟んでどうする?後で読み返すのか?」

「はい。読み返すは僕はではなく、ソニアですが」

 先生は、そうかとだけ言って、日記に紙を挟んだ。


「優しいね。後で礼言いなよ」

 ヴァネッサがソニアに向かって言う。

「はい…」

 ソニアは小さく頷いた。


 さらに日記を読み進み、ベルファストさんの記述がある所には紙を挟んでいった。


「これは…先生、ここ…」

 気になる記述を見つけた僕は、そこを先生に見せる。

「ん?…。おお、レオンとベルファストが出会った話だな。わたしがレオンと出会う数ヶ月前だ」

 シュナイダー様とベルファストさんが初めて出会う話。

 かなり興味深い。



 あいつと出会ったは、私の不注意からだ。

 偵察に出ていた私は部下とはぐれてしまった。

 ブリッツにしこたま怒られた。まあ、それはいい。

 迷った挙げ句、夕方になり小さな小川の見つける。

 自陣は小川の上流だったのだが、上流は滝になっている。かなり急だ。

 私だけならいいが、竜を連れていてはな。

 とりあえず川で竜とともに喉を潤す。

 竹製の水筒に水を入れてる時だった。

 川向いの茂みから人が出て来る。疲れていた私は気配を察知することが出来なかった。竜さえも。


 すぐに身構え、剣に手を添える。


 人は竜騎士だった。後ろに竜が見える。

 帝国特有の鎧。敵兵だ


 顔も体も泥だらけ。

 当然、向こうも気づいているが、動こうしない。

 伏兵がいるのか思ったがいないようだ。


「顔を洗って水を飲みたい。よろしいか?」

 初めて聞いた言葉がこれ。

 拍子抜けだ。

「争う気はない」

 竜騎士は両手を上げた。

「なら、その意志を示せ」

「いいだろう」

 そういう言うと剣を腰からゆっくり外し、横に放った。

「他にもあるだろう?」

「目ざといな」

 背中からショートソード。竜の鞍からもナイフを取り出し放り投げる。


 私も自分の剣とショートソードを後ろに投げた。

「なぜ捨てた?」

「お前は誠意を見せた。それに答えただけだ。そうしないと安心して水は飲めないだろう?」

 私の言葉に笑顔で首を振るだけ。

 

 自分の竜を宥めつつ、小川から少し離れた。

 竜騎士は小川に近づき、顔を洗う。その隣で竜が水を飲み始めた。


「ひどい有様だな。何があった?」

「道を踏み外してしまって崖下へ。下は泥だった」

 私は笑う。

 

 竜騎士の顔の泥は完全に乾いていない。ここからそう遠くない所か。

 自陣が近いし…こいつも偵察か?。


「ふうっ…。ありがとう」

 そう言って、顔を上げた。その顔に私は身を固くする。

 

 ヨアヒム・ベルファスト!


 今まで何度も戦場で見た顔。忘れもしない。

 王国の宿敵。

 私は剣を掴もうとしたが、そこに剣はない。ついさっき後ろに投げたばかりだ。

 取りにいけば、不審がるだろうし、向こうも自分の剣を拾いに行くだろう。


 ベルファストは竜の鞍に付けてあった鞄から小さな革袋を二つ取り出し、その一つを私に投げ渡された。


「これは?」

「糧食だよ」


 革袋の中には、固く焼き乾燥させたパンとチーズに干し肉。


「なぜ、私に?」


 彼も私が敵兵である事は分かっているはず。


「誠意は誠意で返す」

 そう言ってどっかりと座り込み糧食を食べ始める。


 なんて奴だ。緊張しているこっちが馬鹿みたいではないか。


「いらないなら、返してくれ」

「いや、いただくよ」


 正直言うと、腹が減っていた。糧食は持参していたが、すでに食べてしまっていた。

 偵察には時間をかけないつもりだったので、一食分だけ。これもブリッツに怒られた。


 私は川を挟んでベルファストの正面に腰を下ろし、糧食を食べ始めた。



「ベルファストさんは度胸というか、落ち着いた人ですね」

「うむ。レオンと同い年とは思えんな」

「シュナイダー様だけが緊張してるのも意外です」

「若かかったのだよ。ベルファストも同じように緊張していたかもしれん」


 

「なぜ、一人だ?」

 そうベルファストが訊いてきた。

「部下とはぐれてね。探しているうちに、迷ってしまった。この辺には土地勘はなくて」

「なるほど。王国では司令官が偵察するのかな?レオン・シュナイダー」

「…」

 やはり知っていたか…。

 驚く事ではないな。

 私も彼を知っていたのだから。

「そちらも参謀自ら偵察か?帝国の人手不足と見えるが。ヨアヒム・ベルファスト」

「ふっ…」

 彼は少し笑うだけ。

 

 お互いに肯定も否定もしない。

 

 こんな状況でなければ、剣を抜いていただろう。


 敵兵同士が剣を放り出し、小川を挟んで話をするという特異な状況。

 特異な状況だが、不思議と緊張感が薄くなっていく。


 ベルファストと話をしていて、苦ではないのだ。むしろ話が合い、まるで何年も前からの知り合いようは感覚になっていった。

 酒があれば、もっと盛り上がっただろう。

 

 戦争の事には触れず、それ以外の事は話をした。

 

 竜騎士になる前、なった後。家族、友人、恋人の事まで…。

 一晩中、話した。


 翌日、日の出を迎えた頃、ベルファストの後ろの茂みは騒がしくなる。

「来たか…」

 ベルファストが立ち上がったので、私も立ち上がった。


 茂みから出てきた兵士。竜騎士もいる。

「参謀!ご無事で」

「ベルファスト様、お怪我は?」

「大丈夫だ。よく来てくれた」

 当然ながら、私に気付く。

「貴様は!?」 

 全員が剣を抜き、槍を構える。

「武器を収めよ」

「なぜです?敵ですよ」

「どこに敵がいる?」

「え?どこ?そこに…」

 ベルファストはとぼける。

 彼は自分の剣などを拾う。

「何をボケっとしている。行くぞ」

「しかし…」

 兵士達はベルファストの様子に困惑している。

「ここには私しかいなかった。いいな?」

 ベルファストは兵士達の背中を押す。

「はあ…あの、良いのですか?」

「私が、いいと言っている。命令だ。さあ、帰るぞ」

 彼は兵士達を茂みに押し込む。


「シュナイダー。また会おう」

「ああ。また、いつか、な」

 そう言い返し、ベルファストは頷いた後、茂みに消えていった。


「ふう…」

 これまでか、と思った。

 ベルファストに情けをかけられたわけだが、いやな気分ではない。

 自分にできるかと問われれば、怪しいな。

 だが、同じ事をしただろう。

 そうしたいほど、ベルファストは小気味いい人物だった。


 この後、ブリッツ達が迎えに来て、自陣へ帰還した。

 ブリッツの小言を聞きながら。


Copyright(C)2020-橘 シン

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