第14話

「また鬼ですか」

 派遣されてきた美形の陰陽師は、はっきりと顔に面倒という文字を張り付けながら嘆息した。しかし、人々の鋭い視線を感じると、「なるほどねえ」と腕を組む。

「自称凄腕の陰陽師が儀式をしたはずなのに、また鬼が出るなんておかしい、と。そういう話ですね。なるほどなるほど」

 その場にいた一人が声を上げた。

「この大嘘吐きが」

 すると、また一人声を上げる。

「こんなひどいことってないわ」

 次から次へと、陰陽師を罵倒する声が上がる。

 陰陽師は、やれやれといった風に頭を振った。

「静粛に」

 手を挙げた陰陽師に、全員の視線が突き刺さる。「あのですねえ」と陰陽師は頬をかいた。

「言っておきますが、魔除けの儀式はきっちりとさせていただきました。今だって、清浄な空気しか流れていないじゃないですか。鬼がいたなんて……うーん、やはり見間違いでは? 恐ろしい、恐ろしいと思っているから見えてしまうんですよ。まあ、そこまで言うんだったら、ただ働きってことで、もう一度儀式をしてもいいですが。でも、あんまり意味ないんだよなあ。すー、はー、うん、ほら、めっちゃ良い空気してる。私もここに住みたいくらいです」

 陰陽師は、すぐ側にいた若い武士の方へ向いた。

「あなたが、鬼を見た一人だと聞きましたが?」

「はい、そうです。ただ私は、恐ろしいなんて思っていません。私は鬼を見て、正体を見破らんと猛進しました。結局は叶いませんでしたが」

「ああ、相良の君、でしたっけ? 気を失ったとかで、あなたは正体を見破れなかったんですよね? そんなのは放っておけばよかったのに」

 若い武士が、陰陽師をぎろりと睨み付ける。

「武士として、人でなしのようなことは出来ません」

「へえ、そうですか。では私は人でなしなのですね。よく言われます」

「それに、相良の君は二回も目撃されているのです。ああなるのは当然です」

「女というのは気の弱い生き物なんですかねえ。私の周りはそうでもないですが」

 陰陽師は言うと、「ちなみに鬼を見たのはどこで?」と問いかける。武士は答えた。

「ご案内してもいいですが」

 若い武士はそこで言葉を区切り、数秒後続けた。

「――何もないと思いますよ」

「そうですか。しかし、自分の目で確かめたいので。この後案内お願い出来ますか?」

「分かりました」

 若い武士が頷くと、陰陽師はこの場にいる全員をぐるりと見渡した。

「それで、私はどうすればいいんですか? もう一度儀式をするのか、それともこの場で謝罪するのか」

「謝罪だ」

「そんなことより、早く別の陰陽師に来てもらった方が」

「もう二度と来るな」

「ろくでなしめ」

 人々が口々に言う。

 陰陽師はため息を吐いた。

「人でなしだかろくでなしだかねえ。いいですよ、私はさっさと消えて、早急に別の者に来させましょう。しかし、私は謝罪などしませんよ。私は、嘘など吐いていません。最善を尽くしています」

「まだ言うか、この嘘吐き野郎」

「ああ、嫌だ嫌だ。そんなこと言って、後悔しても知りませんからね。私は真面目な人間なんですよ。では、そそくさ消え去ることにします」

 陰陽師はそう言って、「じゃあ案内だけお願いします」と若い武士へ言った。

 背中で人々の罵声を受けつつ、陰陽師は若い武士を連れて行ってしまう。

「さっさと消えちまえ!」

 誰かが叫んだ言葉通り、陰陽師の背中はすぐに見えなくなった。

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