第15話

「本当に、鬼だったのですか」

 二人になると、陰陽師は若い武士へと問いかけた。若い武士は苦笑する。

「やはり、鬼はいませんか」

「ええ、いません。出る気配さえありません。だから、おかしいんですよねえ、鬼を見るなんてこと、あるはずがないので」

「ずいぶんな自信ですね」

「私は凄腕なので」

 若い武士は、腰に手を当てる。

「そう言われても、私はこの目で見ました。怪しい影でした。人間ではない形をしていました。暗くて、はっきりとは見えませんでしたが、物の怪の類に間違いないと思います」

「見えないのに物の怪の類だとお分かりで?」

「人間には見えないのだから、そうなのではないかと思っただけです」

「なるほどねえ。しかし、見間違いとか、あるいは――何者かの仕業とか」

 陰陽師の言葉に、若い武士は唇を引き結んだ。若い武士を観察するように、陰陽師の視線が動く。

「人間の仕業じゃないかというのは、あなたが言っていたことではありませんか。自分の目で見たものが、そこまで信用出来ますか? 鬼を見たことがないのならば、どうしてそれが物の怪だと分かります? 誰かが物の怪に見せかけようと、何か仕掛けをしていたのかもしれません」

「――そんなことはありません。あの後、調べてみましたが、そこには何もありませんでした」

「後とは、どれほど後です? 気を失った女を介抱していたのなら、それなりの時間は経っていたはずですよ。なら、仕掛けの片付けが終わっていても不思議ではありません。ですよねえ?」

「……鬼の仕業に見せかけて、利益を得る人間、なんて」

「いるじゃないですか。女を殺した犯人ですよ」

 陰陽師が言うと、若い武士は目を伏せた。

「鬼の仕業にしておけば、自分は無罪で往来を堂々と歩けるというわけです。これ以上ない理由でしょう?」

「しかし、私は見たんです」

 若い武士は反論するが、その声は小さなものだった。陰陽師は嘆息する。

「見た見たって、あなたは、もっと柔軟な考えの持ち主だと思っていましたが」

 陰陽師は、やれやれといった風に頭を振る。

「意見が合うと思ったのは、どうやら勘違いだったようです。分かりましたよ、ここに私の味方はいないということですね」

 若い武士は何も言うことなく、立ち止まると、「こちらに鬼がいました」と指し示した。

「そうですか。では、あとは一人で勝手にします。ご案内ありがとうございました」

 陰陽師は、鬼がいた近辺を歩き回り始めた。まるで、若い武士のことなど見えていない。小さな痕跡も見逃すまいと見回す陰陽師を、若い武士は一瞬だけ見ると、踵を返した。





「次に鬼が狙っているのは、相良の君なのかしら?」

「嫌よ、そんなこと言うのはよして」

「けれど、二回も見たのよ。こんなことって」

 若女房たちは、こそこそと話をしている。

「やはり、美しいから狙われるのよ」

「けれど、今は誰かがずっと、相良の君の側に付いているはずよ。きっと大丈夫よ」

 お互いに励まし合うように手を握り合い、若女房たちはそそくさと歩いて行った。仕事に戻るようだ。

 こっそりと話を聞いていた若い武士は、相良の君の様子が気になるようにうろついていたが、やがて諦めたようだった。苛立つように髪をかき混ぜ、ため息を吐く。

「あの陰陽師は、もう帰っただろうか……」

 腕を組み空を見上げた若い武士は、しばらくしてから歩き出した。

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