第13話

 若い武士は、影に隠れるようにして、小難しい顔で立っている。

 燃えるような太陽はしだいに傾き、影が伸びる。そろそろと足を忍ばせやってくるのは、夜である。

 若い武士は、相良の君がいつも通りであるのを確認した後、その場を去るでもなく、うろうろとさまよって人目に付かない場所で立ち止まった。忍のような様であるが、この少年は忍ではない。近くには相良の君がいる。ほうと溜息を吐くと、「鬼ねえ」と一人呟く。

 やがて、闇が空を覆い始める気配が広がってきた。鬼の影響か、人通りはない。若い武士はしらけた顔で立っていたが、しばらくしてから歩き出す。

 その時である。

 突如、目の前に、大きな影が出来る。

「何?」

 若い武士は、目を細めてよく見つめた。その影を作っている何者かは、ずっと遠くに立っている。黒い姿が、すっと動いた。

 大きな身体。きらりと光る、鈍色。

「お、に……?」

 若い武士の顔つきが変わった。刀を握り、その大きな黒い身体へ向かって走っていく。

「お前が本当に鬼なら、今退治してやる!」

「きゃあああああ!」

 女の悲鳴が上がった。

 若い武士は即座に足を止める。そこにいたのは、相良の君だった。あまりの恐ろしさにか、身体がゆらりと揺らめき倒れてしまう。若い武士は慌てて刀を納めると、相良の君の身体を支えた。

「大丈夫ですか! 気をしっかり!」

 そして、鬼のいた場所を見ると、そこには何もなくなっていた。

 若い武士は舌打ちをすると、大声で人を呼んだ。





「鬼を見ました」

 若い武士の言葉は、人々を震撼させた。目撃者が二人となっては、いよいよ事態は緊急である。

 若い武士が、あれほど鬼などいない、人間の仕業だと言っていたことを知っている武士たちは、皆揃って青い顔をしている。

 本当に鬼はいるのだ。近くに潜み、誰かを狙っている。人々は想像し、恐怖に身を震わせた。

「鬼」

 少年武官は呟いた。

「相良の君と一緒に見た、ということなんですね」

 若い武士は、真剣な面持ちで頷いた。

「私が先に見つけて、その後に相良の君が来られました。気を取られている間に鬼は消えていました。すいません、私があの時正体を見極めていれば」

「相良の君がいたのでは、仕方ありませんよ。怯える彼女を放って、鬼を捕まえることなんて出来ないでしょうし……」

 少年武官の言葉に、その場にいた全員が黙り込む。

 相良の君は、今は別の場所で休んでいる。顔は真っ青で、立つこともままならない状態だった。誰もが相良の君を哀れみ、同情を寄せていた。

「側にいなくていいのですか」

 若い武士は、少年武官へ言う。すると少年武官は、力なく左右に首を振る。

「私なんかがいたところで、気が休まらないでしょう。他の人たちが側にいますから、大丈夫ですよ」

「そうですか……」

 若い武士が目を伏せる。少年武官は、誰にも見られないところで拳を握り締めた。

「やはり、鬼の仕業なのだ! 早く陰陽師を呼んでくれ! 前とは別の陰陽師を!」

 怯えた中将が言うと、その場にいたほとんど全員がそれに賛同するように頷いた。そこで、若い武士が口を挟む。

「呼んで、どうにかなるのでしょうか?」

「何?」

 中将が反応する。

「この前、魔よけをしていただいたばかりではありませんか」

「きっと、あの陰陽師は失敗したんだ。もう一度別の陰陽師を」

「もし失敗したのなら、本人に来させるべきですよ。弁解させる機会を与えるべきです」

 若い武士は、中将にも一歩も引かない口調で言った。

「呼びましょう。あの人を」

 強い口調に、誰もが賛同した。少年武官は、訝しむような視線でいたが、それも一瞬のことだった。

 そしてすぐに、あの陰陽師を呼ぶことになった。

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