第30話

「カイロニア国使節団、出立!」


 騎士の掛け声と共に使節団の馬車は軽やかに王都を出発した。私とローサは患者が乗っている1つ後ろの馬車でのんびりと外を見ていた。私自身は前以て医務官から業務を引き継ぎ、患者の薬の処方や健康管理を任されているが症状はかなり落ち着いているらしく、過度な塩分を摂らなければ大丈夫だろうと。


後はこまめに身体を動かす事らしい。私達は休憩毎に患者に身体を動かすように促した。ちゃんと話を聞いてくれて良かったわ。





なんだかんだと使節団の馬車は無事にカイロニア国の王都へ到着した。


 馬車が通る道には沢山の人が溢れ、お帰りなさいと手を振られていた。ホッとしたのか使節団の人達は和やかに王宮へと入り到着式が行われた。人々は祭りのように無事に帰国した事を喜んでいる。



 到着式後、私達は別室に呼ばれると、そこには先程の到着式にいた国王陛下が座っていた。


「カイロニア国へようこそ。タイラー侯爵の為に礼を言う。1週間後にはサロニア国へ技術者交換が予定されている。その時に同乗し、帰国すると良いだろう。それまでは客人として王宮で過ごすと良い」


「有難う御座います」


私とローサはカイロニア国の陛下から有難い言葉を頂いた。


1週間の間王都へ出て観光するのも楽しそう。



 私はワクワクしながら部屋を出た後、医務官にタイラー侯爵の治療記録を渡し、引き継ぎを行うために王宮の医務室へ従者に連れて行ってもらう。ローサは一足先に部屋で休んでもらった。長旅の上、私のお世話で休む間も無かったしね。


「君がサロニアから来た薬師かい?」


「はい。私、薬師トレニアと申します。この度、ノーム医務官の指示でタイラー侯爵様のご帰国までの体調管理を仰せつかっておりました。こちらがサロニアでのタイラー侯爵様の治療記録です」


私は医務室に入り、王宮医務官に患者の治療記録を渡して引き継ぎを行った。王宮医務官の名前はマカラと言うらしい。マカラ医務官は私から引き継いだ資料を読んでいると、ガラリと扉が開く音が聞こえてきた。


「君、若いね。医務官?薬師なの?」


後ろから声を掛けられ、振り向くとそこにはスラリと背の高い美しい人が立っていた。いかにも上位貴族の装い。私は礼を取り挨拶をする。


「私、薬師トレニアと申します。この度タイラー侯爵様の長旅の健康管理を行うため、カイロニア国に同行致しました」


「僕の名前はカイン。宜しくね。トレニアは薬師なんだ。何歳?婚約者は居ないの?」


矢継ぎ早に聞かれてにじり寄ってくる。なんだかその勢いに押され、私は1歩ずつ後ろへと下がる。


「わ、私は平民ですので婚約者な、等は、いません。生涯、や、薬草に身を捧げる予定です」


気がつけば壁に追いやられ、壁ドン状態になっている。助けてとばかりにマカラ医務官に視線を投げる。


「カイン様、彼女に興味が出たのは良いですが、サロニア国ファーム公爵の有名な愛弟子です。気軽にお手付きに出来る娘では御座いませんよ」


な、何!?


気軽にお手付きにすぐするような人なの!?


私はマカラ医務官の方へさっと移動し、壁ドンから逃げる。


「そうなんだ。君に興味が湧いたよ。だって僕を見ても他の女達と違って顔を赤らめたり、擦り寄って来ようとしないんだもの」


なるほど、それが正解の行動だったのね。嫌でもずっと美男美女に関わっていたせいか自然と避けてしまったわ。


「…そうでしたか。ご期待に沿えず申し訳ありません」


私は素直に謝るとカイン様は、あははと笑い始める。私は笑うカイン様を余所に


「では、マカラ医務官。カイン様、私はこれで失礼します」


私は用は終わったとばかりに礼をして部屋を出て行こうとすると、二の腕を掴まれた。力強く掴まれている訳では無いのに全く動けないわ。


「あの、カイン様。お手をお放し下さい」


「つれないなぁ。トレニア。今から中庭でお茶をしよう」


マカラ医務官ははぁと一つ息を吐きながら私にカイン様とお茶を共にするようにお願いされた。


拒否権は無さそう。

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