第29話

 ようやく一人前の薬師になれたかしら?


 気づけば私は20歳になろうとしている。今年はファーム薬師長のお眼鏡に叶う人が1人見つかり薬師として入ってきた。彼の名はマテオ薬師。子リスのような感じで可愛いといった印象かしら。薬草の知識は豊富だけれど、私のように薬草と触れ合う機会が無かったようで薬草園の手入れの補助をしてもらっている。



私はいつものように薬を王宮医務室と騎士団医務室へ運ぶ途中にその出来事は起こった。 


「誰かっ、助けて下さいっ!!」


 そこには太った1人の男の人が蹲って苦しそうにしており、その従者と思われる1人の男が助けを求めている。


「大丈夫ですか?」


私は慌てて駆け寄ると男の人は土気色の顔をして苦しそうにしている。偶々私の後ろにいた騎士も気付いて駆け寄ってきた。私達3人は急いで王宮医務室に男の人を運びこんだ。


どうやら太った彼は今滞在中の隣国の使節団の1人らしい。


 医務官の診察では軽いが心音が乱れているとの事。血がドロドロになって心臓に負担が掛かっているのだとか。薬で血液の流れを良くして痩せる事を勧められていたわ。


使節団が帰国するまでの一月の間、彼は医務室で安静となった。私はホッと息を吐き、仕事に戻る。暫くしてからファーム薬師長から声が掛かった。


「トレニア薬師、先程は使節団の者を素早く医務室に連れてきてくれたお陰で助かった。そこでちょっと頼まれて欲しいのだ」


「ファーム薬師長、私は殆ど何もしていませんよ?そしてお願いとは何ですか?聞けるお願いなら聞きますが…嫌な予感をビシビシ感じます」


「なぁに大した事じゃないんだ。使節団の帰国時に一緒に隣国まで病で倒れた彼を送って帰ってくるだけだ」


ファーム薬師長は楽しそうにしている。これは、拒否権の無いやつだ。


「はぁ、分かりました。でも、何故私なのですか?」


「良い所に気付いたね。私やヤーズは居残り組だが、ロイとターナは騎士団の軍事演習に随行しなくてはいけなくてね。薬の生産を止める訳にはいかないのでナザルとレコルトは24時間体制で薬の生産に入って貰うんだ。そしてマテオは君が行っていた薬草の手入れと医務室への薬の補給。丁度良いだろう?」


「分かりました。それならば仕方がないですね。医務官は同行するのですか?」


「それが、医務官も手一杯で同行出来ぬのだ。トレニア、君に医務官の代わりに使節団の健康維持と薬の処方を頼む事になる」


ファーム薬師長は君なら出来る大丈夫!って言わんばかりの笑顔だ。


「分かりました。私は侍女を連れて行ってもいいのですか?」


「1人だけなら許可が出ている。なるべく移動人数は減らしたいと使節団の希望なのだ。すまんな」 


「… 特別手当、弾んで下さいね」


「もちろんだ。善処しよう!」


 普通、女の旅は危険だと止めるわよね!?給料も善処って。えー。でもこればかりは仕方がないわ。


ローサに旅の準備をお願いするしかない。


確か片道15日程は掛かるのではなかったかしら?往復で一月。きっと帰りは輸入品の荷物に混じって帰るのよね?絶対普通のご令嬢ではあり得ないわ。でも、せっかく隣国に行くのだから到着後、休みを貰えるだろうから観光を楽しんでから帰国するわ!旅を楽しんでやるんだから!


 そうして私は早めの帰宅許可をもらい、ローサに旅の準備をお願いした。平民が貴族に混じって隣国に旅行に行けるなんて凄い事ですよ!と、どこまでも前向きなローサだったわ。

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