茶番劇

 事ここに至り、シェリルもバレトもネドルも目の前の現実を受け入れるしかないと思い始めていた。だが、それに納得できない者がいた。納得できないどころか、

『ふざけるなふざけるなふざけるな…!』

 と小さく呪文のように呟き続け、深淵の奥底から睨み付けるような目を、フードの下から目の前の光景に向けている姿があった。

 フィだった。その体から凄まじい怨念の気配すら立ち上っているかのようにさえ見える。

『なんだこの茶番は…!? ふざけるのもいい加減にしろ…!!』

 そう。彼女にとってはシェリルとクレイドの再会すらただのふざけた茶番劇にしか見えなかったのだ。その憤りと憎悪は、突然現れてくだらない真似をした赤い髪の餓鬼、マリーベルへと向けられた。

 だがそこに、更に乱入者がいた。

「…なに? まだ来んの? 面倒臭いなもう……」

 マリーベルがぼりぼりと頭を掻きながら吐き捨てるように言う。

 下草と枝をかき分けて姿を現したのは、パワードスーツを纏ったカルシオン・ボーレだった。だがその表面には、やはりブロブが張り付いていた。

「くそっ! くそっ! くそっ!!」

 ゲイツの放った麻酔弾とバレトの連携により一旦は解放された彼だったが、逃げる途中で再び乗っ取られたのである。

 そのブロブに操られたパワードスーツがシェリル達に向かって走り出す。手には超振動ナイフが握られたままで。

 しかし、シェリル達を庇うようにブロブが立ち塞がった。

「これはいったい…!?」

 状況が掴めず、グレネードマシンガンを構えながらもバレトでさえ困惑していた。

 そのバレト達の頭上を、何かが通り過ぎる。

 マリーベルだった。マリーベルが、人間では決してありえない跳躍を見せて彼らの頭上を飛び越え、パワードスーツとブロブの間にふわりと着地した。

「ブロブの中にね、人間をやたらと恨んでる変なのがいるのよ。ブロブが人間に対して攻撃的になるのは、結局はそいつの所為よ!」

 厳密には、生き物として、人間に襲われた際に単純に防衛行動に出る場合もあるので一概にはそうとは限らないのだが、マリーベルはこの際、あの不愉快な奴に、ベショレルネフレルフォゥホとかいう怪物に取り敢えずすべての責任を擦り付けてやろうとしてそう言ったのだった。

 だが少なくとも、この時点でパワードスーツを操っているのはベショレルネフレルフォゥホであることも間違いない。

「人間にどんな恨みがあるのか知らないけど、あんた、手段と目的をはき違えてない? そんなもんに取りついたらかえって動きが鈍くなるだけでしょうが! 力は強くなるもかもだけどね!」

 そう煽りながらマリーベルは僅かに振り向いてバレトに向かってクイッと顎を動かしてみせた。その仕草にすかさずグレネードマシンガンを構え、マリーベル目掛けて彼はグレネードを放っていたのであった。


 この時、よくバレトがマリーベルの意図を理解したものだと思うが、それは実は、彼女が同時にハンドサインを出していたのである。

『撃て』

 と。

 マリーベルが、クレイドを実体化させる際に少し覗いた彼の知識の中にあったものを利用したのだ。まったく、悪知恵の働く少女である。

 バレトがグレネードを放つ瞬間、彼の姿を隠すようにして立ち塞がり、グレネードが放たれたのを確認してそれを躱すと、さすがに反応が遅れたカルシオン・ボーレのパワードスーツに張り付いていたブロブに当たり、再び爆散した。それと同時に、マリーベルはその手に握られていた超振動ナイフを奪い取る。

 そしてパワードスーツの背部にあったユニットにそれを突き立てると、致命的な損傷によりシステムがダウン。ようやくパワードスーツは沈黙したのだった。これでもう乗っ取られることもない。

 マリーベルは別にパワードスーツの弱点を知っていた訳ではないが、所詮は機械。重要な部分が壊れれば全体が動かなくなることくらいは知っていたので、あてずっぽうでそれらしい部分を破壊してみたという訳である。

 すると彼女は、おもむろにフィの方に向き直り、ナイフの切っ先を向けて言った。

「さて、どうやらこれでゆっくり話ができそうね。エクスキューショナー。

 いえ、フィニス・ウォレド……!」

「……!?」

 マリーベルが『フィニス・ウォレド』という名前を出した瞬間、外の音が聞こえていなかったカルシオン・ボーレを除きその場にいた全員の体に緊張が走った。

「…馬鹿な…!?」

 バレトが声を上げる。当然か。彼もその名はよく知っている。ブロブに襲われて全滅した筈の第一次開拓団の一つを率いていたセルガ・ウォレドの一人娘の名前だったのだから。ネドルもそれで知っていたのだ。

「……嘘…?」

 また、思わずそう呟いたシェリルは、先日の<セルガ・ウォレドの会見>の際に行方不明になっている娘の名として口にしていたのを思い出していた。

 そして、最後の一人、フィは、ギリっと奥歯を鳴らし憤怒の目でマリーベルを睨んでいた。

「ふん。カマかけてみただけなんだけど、どうやら図星だったみたいね。ま、セルガ・ウォレドの話を聞いた時に何となくピンと来ただけなんだけどさ。

 ブロブと融合した体を持ち、なのにそこまでブロブを恨んでる奴となったら、その辺りなんじゃないかって」

「だまれぇええぇっっ!!!」

 マリーベルの話を遮ろうとでもいうのか、全身から爆発するかのような怒声を発し、フィは、弾丸のようにマリーベルへと迫り、グレネードを放ったのだった。


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