フィニス
『だまれぇええぇっっ!!!』
そう吼えながらグレネードを放ちつつ、フィは、いや、フィニス・ウォレドは、マリーベルに向かって奔った。だがそんな彼女の足を、バレトが払う。
「!?」
およそ人間では有り得ないスピードで奔る彼女の足を咄嗟とはいえ払うとは、さすが生粋の軍人と言うべきか。しかし、足を払われたフィニスは、バランスを崩しながらも敢えて体を前方に回転させることで転倒することなく更に奔った。
それでもその時には既に、マリーベルはグレネードを交わしてフィニスの左側へと回り込み、右の拳を彼女の左頬へと叩きつけていたのだった。
おそらく人間の目には何が起こったのか殆ど捉えることができなかっただろう。しかしマリーベルの拳を頬に受けたフィニスの体は地面へと叩きつけられていた。
にも拘らず地面を転がりながらも彼女はマリーベル目掛けて再びグレネードを放つ。それも躱して、マリーベルはさらなる追撃を加えようとフィニス目掛けて体を躍らせた。
だがそのマリーベルの腹に、まるで地面から杭が撃ち出されたようにめり込むものがあった。殆ど地面に這いつくばった形で繰り出されたフィニスの右足だった。小さな体は爆発するように弾かれて、木の幹へと叩きつけられた。
「ガハッッ!!」
衝撃で肺の中の空気が破裂したかのようにマリーベルの口から吐き出され、地面へと落ちる。
しかしマリーベルも、四つん這いで獣のように地面へと着地しギロリと正面に視線を向けていた。口元には血が零れていたが、それをベロリと舌で舐めとる。
『何だ…? 何が起こってる……? こいつらは一体、何なのだ…!?』
目の前で繰り広げられた光景に、バレトが驚きを隠せない表情でグレネードマシンガンを構えていた。
その彼の前で、フィニスがゆらりと立ち上がった。深く被っていたフードと着けていたマスクが外れ、素顔が陽光の下に晒される。
「!?」
それを目にした、シェリル、バレト、ネドル、そして機能停止したパワードスーツの中で身動き一つとれないカルシオン・ボーレが驚愕する。そこにいたのは、およそ人間とは思えない、まるで筋肉標本の如く顔の筋肉が剥き出しになった異形の姿であったからだ。顔の右半分が同じようになったシェリルと違い、頭から首まで完全に。
『あれが、フィニス・ウォレドだと……!?』
そうは思ったが、すぐ、バレトはシェリルの姿を見て納得した。彼女もシェリルと同じなのだと。あのマリーベルという少女が言っていた通りに。
そんな彼の視線の先で睨み合うマリーベルとフィニスの間の空気が、ギリギリと音を立てそうなほどに硬くなっていくのが見えるかのようだ。
「ふざけた真似をしやがって…このクソガキがぁ……!!」
筋肉標本のような頭で、マリーベルをギロリと睨み付けつつ、フィニスが絞り出すように言った。
それに対し、獣のように四つん這いになってやはりギロリと睨みつつ、マリーベルが言う。
「は…! な~にキレてんの。更年期かあ? でも、そんな更年期オバサンに話を聞かせる方法なら、もう思い付いたけどね」
彼女がそう言った時、最初にマリーベルが立っていた場所に新たにブロブが現れていた。ヌラッカだ。
その瞬間、マリーベルの体が弾かれたように飛んだ。それに対して、フィニスは容赦なくグレネードを放つ。しかしそんな彼女の背後から飛び掛かる影があった。マリーベルに意識が向いた瞬間にそれを囮にしてブロブが飛び掛かったのだ。
だが、それは既に見破られていた。身を翻しつつ、フィニスはそちらのブロブにグレネードマシンガンの銃口を向けていた。
と、引き金を引こうとしたフィニスの体に、ドスッという衝撃が伝わる。
「…な!?」
「残念、それも囮だよ、オ・バ・サ・ン」
フィニスが気付いたその時には、彼女の腹に、背中側からマリーベルの右腕が突き立てられていた。
ニヤリと笑いつつそう言うと同時に、マリーベルは左手に持っていた超振動ナイフで、自らの右腕を肘の辺りで切り落とす。
すると、切り落とされたマリーベルの右腕がするすると形を変えて、フィニスの体へと潜り込むようにして消えた。
だが、右腕を切り落とした痛みはあったのか、跳び退いて距離を取ったマリーベルの額には脂汗が。そんな彼女にヌラッカが寄り添い、その体の一部を変化させて肘から先が失われた右腕にまとわりつき、そして再び右腕の形になった。
「貴様…何をした……!?」
腹を押さえつつ、フィニスがマリーベルを睨む。しかし彼女は痛みはまったく感じていなかった。腕を突き立てられた瞬間は確かに痛みも感じたが、それも一瞬だった。今は痛みどころか違和感すらない。
「何って。あんたの体はアンテナが壊れてたから、新しいのをくれてやっただけよ」
マリーベルの言葉と重なるように、
『フィさん!』
と彼女を呼ぶ声が頭の中に響いた。シェリルだった。シェリルがブロブの体を通じて呼びかけたのだ。
「な…なあ……!?」
驚いたフィニスに、更に呼びかける者がいた。
『フィニス!』
『フィニス!』
懐かしい声だった。忘れたくても忘れられる筈のない声だった。
「パパ!? ママ!?」
思わず口から漏れたその声は、まるで子供が迷子になっていてすごく不安だったところに両親が現れたかのような安堵の響きが混じっていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます