ベショレルネフレルフォゥホ

「…あ……? って、私、何やってたんだっけ……?」

 ヌラッカに覆い被さられたままで、マリーベルが戸惑ったように言った。

「…じゃねぇ! てんめぇ! よくも!!」

 自分の身に何が起こったのかを思い出し、彼女は<自分の中にいるそいつ>に向かって怒鳴りつけていた。




 時間は少し遡る。駆除作戦が始まる二日前のことだった。眠っていたマリーベルの意識の前に、人影、いや、明らかに<人間ひと>とは言い難い異形の影が立っていた。もっともそれは、あくまでマリーベルの脳がそう捉えていただけだが。

『お前か、しつこく私の頭の中でごちゃごちゃ言ってたのは…!?』

 マリーベルには<そいつ>の正体までは分からなかったが、そいつが<囁きウイスパー>だということは察していた。

『お前、一体なんなんだ!?』

『ベショレルネフレルフォゥホ』

 問い掛ける彼女に対して、<そいつ>はそう名乗った。いや、マリーベルの脳はそう解釈した。恐らく正確には理解できていない。明らかに人間には発声できない類の音声だったからだ。人間じゃないから当然だが。

 いや、知的生命体を<人間>と称するならそいつも確かに人間なのだろうが、マリーベル達とは明らかに別種の人間だっただろう。

 やがて姿まではっきりと認識できるようになった時、マリーベルは確信していた。

『こいつ……植物…か……?』

 そうだった。

 太い蔓が絡まりあったかのような胴体のやや上辺りに、花弁、と言うかがくと言うかが六枚、放射状に付いていて、それがまるで顔のようにも見える造形になっていた。その左右から一本ずつ蔓が伸びて更に先端が指のように別れているので、腕なのだろうか。

 下には何本もの根のようなものが広がっていて、脚を思わせた。

 それはまさに、植物を無理矢理、人間に似せて作ろうとしたかのような姿をしていた。

 六枚の萼の先端にはそれぞれ昆虫の複眼を連想させるドーム状の突起が付いており、マリーベルに向けられていた。恐らくそうやって<見て>いるのだろう。

 腕のような蔓の先端が、指差すように彼女に向けられた。

『オマエタチノコトハ…ハアクシタ……モウ…ヨウズミダ』

 明瞭な発音ではなかったが、確かにそう聞こえた。

『はあ? お前、何言って……!』

 そこまで言いかけた時、マリーベルの意識はスイッチを切られたかのように閉ざされてしまう。

 そこから先のことは、よく覚えていない。ただ何となく、水の中のような、上も下もはっきりとしない、どこにも手も足も着かないところでただただぼんやりと漂っているような感覚が彼女を包んでいたのだった。




 <ベショレルネフレルフォゥホ>

 正しいかどうかは分からないがマリーベルは取り敢えずそいつをそう呼称することにした。別になるべく正確に呼んでやる必要もないかと思ったものの、何だかやけにそれがこびりついたのでそう呼ぶのがしっくりきたからそうした。

 そして誰かに呼ばれている気がした上にあたたかいものに触れたような気がした瞬間、ハッと意識が明確になり、マリーベルとしての意識が戻ったのだ。

 そして、

「てめぇ! よくも私の体を好き勝手してくれやがったな!?」

 と吠える。

 およそ十歳くらいの少女とは思えない口ぶりで、しかも少々語弊の有りそうな言い方だったが、彼女にしてみればとにかくそういう気分ではあったのだろう。

『ふん……せっかく貴様らの体の操り方を理解したところだったというのに、とんだ邪魔が入ったものだ』

 ベショレルネフレルフォゥホはそう吐き捨てると、フイっとその存在を感知できなくなった。感覚的には『見えなくなった』と言った方が近いか。マリーベルの認識の外に消えたということかもしれない。

「くっそ!、逃げやがった!!」

 そう悪態を吐いたマリーベルの体に覆い被さっていたものがいた。ヌラッカだ。

「マリーベル…」

「マリーベルヨカッタ!」

「マリーベルカエッテキタ…!」

 体に浮かび上がらせたいくつもの口でそう喜んだヌラッカの体に触れつつ、

「ごめん。心配掛けたな…」

 とようやく落ち着いたマリーベルが応えた。

『マリーベルさん…!』

 すると今度は、さらに自分の名を呼ぶものがいることにも気付いた。シルフィだった。

「あ、シルフィか。悪い、助かった」

『何があったんです?』

 そう問い掛けられてマリーベルは、それまでの経緯を意識してシルフィと共有するようにした。それによってシルフィにも、マリーベルが理解しているすべてが伝わった。

『あいつはいったい何なんでしょう?』

 シルフィにも彼女が見たベショレルネフレルフォゥホの姿がはっきりと認識され、背筋が凍るような恐怖と言うか不安と言うか不快と言うかを感じ、思わず問い掛けていた。

「分からない。ただ、やけに人間を嫌ってるってのだけはこれではっきりしたよ。シルフィも気を付けろ。あいつ、実体化したくて私の体を狙ったみたいだからな」

『怖い…』

 マリーベルとシルフィがそんな会話をしていた頃、カルシオン・ボーレは、一瞬、自分のパワードスーツの自由を取り戻せてホッとしていたがまたすぐ自由が効かなくなり、

「何なのだ!? 何なのだこれは!?」

 とパニックに陥っていた。

 そんな彼には構うことなく、非常時に外部からパワードスーツを操作する為に設置されていたコンソールからシステムに侵入したブロブがパワードスーツを操り、再びフィとシェリルのいる方向に荷電粒子砲を向け、そのスイッチを入れたのだった。


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