惨禍

「な? なんだ!? どうして勝手に動く!?」

 ブロブが張り付いたパワードスーツの中で、カルシオン・ボーレが声を上げる。彼がいくら動かそうとしても動かず、パワードスーツは勝手に荷電粒子砲のセーフティーを解除し出力を上げていた。そして近付いてきた彼の部下目掛けて、放たれる。

 カアッ!と目の前が光に包まれたかと思うと、部下のパワードスーツの頭部が完全に消え去っていた。溶解したパワードスーツの断面は赤く光を発し、その中には一瞬で炭化した人体が詰まっている状態だった。それがゴトリと地面に倒れ伏す。

 それだけではなかった。さらにもう一人の部下に対しても狙いが定められ、スイッチが入れられる。

 もちろん、パワードスーツをモニターしていた、専用のトレーラーの中にいたスタッフ達もこの事態に気付いて遠隔操作で止めようとするが、それらはすべて徒労に終わった。

「ダメです! こちらのコントロールを受け付けません!!」

 それが最後の言葉だった。モニターしていた人間がまばゆい光に包まれたかと思うとトレーラー内の温度は一瞬で一千度を超え、その場にいた人間は全員、丸焼きとなって死んだ。外にいたスタッフも、光をもろに見た者はそこから発せられる熱線で目を焼かれ、近くにいた者は服が燃え上がり、十メートル以上離れていた者ですら重度の火傷を負った。

 しかもそれだけではない。トレーラーを貫通した数万度もの重粒子の束は町の塀にまで到達し、直径数メートルの穴を開けてようやくエネルギーを失い消滅したのだった。

 その惨状に、ダメージを免れた者さえも言葉を失い、思考が停止した。

 だがそれは、本来、有り得ないことだった。実は荷電粒子砲の制御はトレーラー内のコントロールルームのそれが優先され、勝手に出力を操作できないようになっていた。そもそも、設計上の最大出力にしたとしてもこれ程の威力はでない筈だった。理論上は可能でも、ここまで出力を上げてしまうと荷電粒子砲自体の構造材が耐え切れず、自壊してしまう危険性がある為、設定できないようになってなっていた筈なのだ。

 その直撃を腹に受けた部下のパワードスーツは、手足と頭だけを残して蒸発した。そして<流れ弾>がトレーラーも襲い、更には町の塀まで溶かしたのである。

「わ……私じゃない…! 私はここまでするつもりは……」

 あまりの惨劇に、カルシオン・ボーレもうわごとのようにそう呟くしかできなかった。だが、そんな彼の意思とは関係なく、彼のパワードスーツは、荷電粒子砲を、フィとシェリルがいる方へと向けた。


「フフフ……ファハハハ! 下等で醜いケモノが作ったものにしてはなかなかの威力ではないか! これはいい! 貴様ら全員、消し炭となれ!!」

 洞窟の中で、ブロブを通してその光景を見ていた<マリーベルの姿をしたそいつ>は、高らかに笑いながらそう言った。

「さあ、次は貴様だ。目障りな虫けらめ!」

 狂気の笑みを浮かべたまま、<そいつ>はカルシオン・ボーレのパワードスーツを操って荷電粒子砲をフィとシェリルのいる方向へと向けた。さっきの威力で放たれれば、たとえ直撃を免れたとしても生物としては致命的なダメージを受けるだろう。

「消え去―――――…!」

『消え去れ!』と叫ぼうとした瞬間、

「ダメーッッ!!」

 という叫び声と共に、覆い被さってきたものがいた。ヌラッカだった。ヌラッカが<マリーベルの姿をしたそいつ>を押し倒すようにして覆い被さったのだ。

「ダメ! ニンゲンコロスノ」

「ダメ!!」

「マリーベルカエシテ!」

「マリーベルカエシテ!!」

 ヌラッカは自分の体に浮かび上がらせたいくつもの口から口々にそう声を上げて、叫んだ。

「マリーベル!」

「マリーベルオキテ!!」

『マリーベル起きて』。ヌラッカは確かにそう言った。だがそんなヌラッカに、<マリーベルの姿をしたそいつ>は言った。

『無駄なことは止めろ! この体はもう私のものだ! そのマリーベルとやらはもう二度とこの体には戻れん!!』

 しかしヌラッカはそいつの言うことを聞き入れようとはしなかった。さっきまでは抑え付けられていたが、カルシオン・ボーレのパワードスーツを操ろうとして意識がそちらに集中したことでそれを撥ね退けることができたからだった。だからそれと同じことがマリーベルにも言えるはずだとヌラッカは確信していた。

 そして、そのヌラッカを後押しする者達がいた。ブロブと同化し、ブロブの中で生きている人間達だった。

『いい加減にしろ!』

『お前の好きにはさせない!』

『人間を舐めるな!』

『その子を解放して!』

 その声は、マリーベルに改めて呼びかけようとしていたシルフィにも届いた。

『マリーベルさん!? マリーベルさんがどうかしたんですか!?』

 そのシルフィの意識がブロブの中にいた両親の意識とシンクロし、シルフィの両親の自我が完全に人間としての明瞭なものとなって、ブロブの意識の中をただ茫漠と漂っていたマリーベルのそれに強く呼びかけた。

『マリーベル!!』

『マリーベル!!』

「…! だぁっ! うるせぇぇぇっっ!! 耳元で怒鳴るな!!」

 そう叫んだのは、<マリーベル本人の口>であった。


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