戦意

「フィさん! お元気でしたか!?」

 宇宙港に着いたと電話を寄越したことで、自分が泊まっているホテルに来るように言ったのだが、部屋に入るなりまるで子供のように無邪気な笑顔でシェリルがそう挨拶してきた。

 結局、姿をくらますのはやめにして、当面の間は行動を共にするようにしたのだ。ブロブを始末する時の囮にでも使えれば上等だと考えて。

「宇宙港からここに来るまでの間に色々調べたんですけど、いよいよ明後日から、駆除作戦が始まるみたいですね。で、当日は危険なので塀の外に出ないようにってアナウンスがあっちでもこっちでも流れてます」


 シェリルが一方的に喋っていたが、もちろんそんなことは既に承知済みだった。アナウンスの件も、こんな安ホテルでまで塀の外に出ないようにという注意のチラシが配られていた。フロントでも受け取ったし、部屋に入るとテーブルの上にも置いてあった。

 まあ、当然だろう。駆除作戦となれば基本的にはグレネードマシンガンを使うことになる筈だ。流れ弾で人間に被害が出ては厄介なことになる。さすがに普段は塀の外に出ることに煩く言わないような平和ボケした町でも警察はもちろん警備会社も動員して規制するだろう。

「いよいよだな……」

 マスクで覆われて見えないが、フィの口元は吊り上がり、笑みを形作っていた。

 フィも一応、駆除業者として行政に登録をしてある。ファバロフに町ができ始めた頃に駆除業者が乱立したどさくさに紛れて偽造書類で行った登録だったが、彼女は客の依頼で駆除を行う訳ではないので客とトラブルになったこともなく、行政に苦情が届いたこともなく、それで監査などが入ったこともないのでいまだに有効であった。今回の作戦にも、民間駆除業者としてシレっと参加を申し込んであった。トラブルの報告例のない業者ならネットだけでも受け付けられてしまうからである。

 彼女が担当を希望したのは、以前、ブロブを始末し損ねた場所。そう、例の頭のイカレた少女が邪魔をして始末できなかったブロブを今度こそ潰す為にそこを希望したのだった。他にも希望したハンターや駆除業者がいたので共同での作業になるが、自分が真っ先に見付けて始末すればいいだけだと考えていた。どうせ、普通の人間など自分にはついてこれないし、あのブロブは結構手強いので、他の人間に始末できるとも思えない。

 愛用のグレネードマシンガンの手入れをしながら、フィは「ククク…」と小さく笑った。

 だが、「これ、使い込んでますね」と言いながらシェリルがグレネードマシンガンに触れようとすると、

「触るな!!」

 と怒鳴り付けもした。ブロブを殺す為の大事な道具だ。下手に触られてトラブルでも起こされたらたまらない。

 フィの神経は、既に臨戦状態にまで昂っていた。


『殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……』

 グレネードマシンガンの手入れをしながらも、フィの頭の中にはそんな思考が渦巻いている。いよいよ誰憚ることなくブロブを殺しまくれるようになるという事実に、彼女はたまらない高揚感を覚えてもいた。

 だがその時、手持ち無沙汰にテレビを見ていたシェリルが「えっ!?」と声を上げて。

「―――――!?」

 何事かとそちらに視線を向けたフィの目も、大きく見開かれてテレビの画面に釘付けとなった。そんな彼女に振り返ったシェリルが慌てたように声を掛ける。

「フィさん! 第一次開拓団のウォレド氏って言ったら、あの事件で亡くなった人ですよね!?」

 言われるまでもない。今、テレビの画面に映っている人物は、セルガ・ウォレド。第一次開拓団の責任者の一人にして、最初の犠牲者の一人でもある。それがテレビに出ているのだ。しかも、生放送ライブで。

「……」

 フィはシェリルの言葉も耳に入らないかのように、ただテレビの画面を呆然と見詰めていた。その前で、<セルガ・ウォレドによる緊急の記者会見>が始まった。

 それは、小さな町のネット系のテレビ局からの配信であったが、見ようと思えばファバロフ全土はおろか他の植民惑星からでも見ることはできた。ネットワークを通じての配信だからだった。

「…今、この番組をご覧になってらっしゃる方の中には、これを悪趣味な茶番だとみる方もいらっしゃるかと思います。ですが、私は、確かに今、ここに存在しています。

 私の名は、セルガ・ウォレド。惑星ファバロフ第一次開拓団の責任者の一人にして、あの惨禍によって命を落としたセルガ・ウォレドであります。そして私の隣にいるのは、妻のネリス・ウォレドです」

 セルガ・ウォレドがそう言って手を向けるとカメラが切り替わり、セルガとその隣に座っていた女性の姿が同時に映し出された。その瞬間、フィが、手にしていたグレネードマシンガンの部品を床に落とす。

「……あ、…あぁ……」

 声にならない声がマスクの奥から漏れ、彼女の両目からは涙が溢れていた。

「私も妻も、実はあの事件で命を落としたとされてきました。でも事実はそうではなかったのです。ご覧ください」

 と言いながらセルガは、今度は着ていた服の袖を捲り上げていた。妻のネリスも同じように袖を捲り上げる。するとそこには、まるで氷の彫刻か、透明なプラスティックの模型のような、透明な腕が現れたのだった。手首の途中までしか、肌の色がついていない。

「見ての通り、私達の体は今、あなた方が<ブロブ>と呼ぶ生物によってできています」

「っっ!?」

 その映像を目にし、言葉を耳にしたフィの全身に、ゾワッとした何かが奔り抜けるのが見えるかのようであった。


「フィ…フィさん……これ、どういうことなんですか? 『体がブロブでできている』ってどういう意味なんですか……!?」

 テレビの画面を見てシェリルもそう声を上げたが、振り返ってフィの姿を見た瞬間、声を詰まらせてしまう。フィから発せられる凄まじい気配に体が勝手に竦んでしまって言葉にならない。

 そんなフィの様子を見て、シェリルは思った。

『フィさんも怒ってるんだ。ブロブで亡くなった人をこんなふざけたトリックで貶めるようなのが許せないんだ……!』

 シェリルのその推測も決して的外れではなかった。この時、フィの脳裏を占めていたのは、

『ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな……!!』

 という思考だったからである。

 だがそんな彼女らの気持ちを逆撫でするかのように、テレビの中の<ウォレド夫妻を名乗る何か>は、演説をするかのように熱く言葉を並べていた。

「私達は、確かにブロブによって人間の肉体を失いました。しかし私達は死んではいないのです。私達は今、ブロブの中で生きています。ブロブに同化された人々全員がそうなのです。私達は生きているのです。ブロブは私達そのものなのです。

 皆様にお願いです。ブロブを憎まないでください。ブロブを殺さないでください。私達は今、ブロブそのものなのです。ブロブを殺すということは、私達を殺すことになります。

 私、セルガ・ウォレドと妻ネリスはここで正式に要請いたします。ブロブの一斉駆除を中止してください。私達を助けてください…!」

 テレビの中の<セルガ・ウォレドに見える何か>がそこまで言った時、シェリルは気付いた。フードの奥から途方もない激しい感情をはらんだ狂気じみた視線を向けながら、テレビにグレネードマシンガンの銃口を向けるフィを。トリガーに掛けられた指に力が籠められるのを。

「フィさん! 駄目ですっっ!!」

 さすがにシェリルの体が反射的に動き、飛び付くようにしてセーフティーを掛けていた。操作がしやすいように、一目見てセーフティーがかかっているかどうかが分かるようにする為に大きなレバーになっているのが幸いした。また、セーフティーを外すには力がいるが、掛けるにはバネで簡単に掛けられるようになっているのも幸いだった。

 そのシェリルの咄嗟の行動に、フィがハッとする気配が伝わる。

「…あ、ああ……そう、だな……」

 いくらなんでもホテルの室内でテレビにグレネードを放つなど、暴挙にも程がある。しかしこの時のフィは、完全に正気を失っていた。シェリルがいなければ間違いなく引き金を引いていただろう。彼女にとってはそれほどの内容だったということである。


 危うくテレビをグレネードで爆砕するところだったのをシェリルに止めてもらったフィだったが、その激情はまったく収まってはいなかった。それどころか体の中でメリメリと音を立てて何かが膨れ上がってくるのさえ感じた。

『許さない……許さないぞ貴様ら……! そんなにまでしてブロブの味方をしたいか…!? この裏切り者が……!!』

 シェリルがテレビを消したことで少しはマシになりながらも、フィの憤怒は収まらない。

 だがこの時、会見はまだ続いていた。その中でウォレド夫妻が本当に伝えたかったことが語られていたのだった。

「もう一つ、これは私達の家族のことなのですが、私達の娘を探しています。娘はブロブの中にはいませんでした。ですので、今も人として生きている可能性があるのです。どのような些細な情報でも構いません。私達の娘、フィニスについて何か御存知の方がいらっしゃいましたら情報をお願いいたします」

 大手のテレビ局はあまりに突拍子もない話故にまともにとりあうこともせず門前払いした為に小さなネット系のテレビ局での放送であったことですぐには大きな反応にはならなかった。しかしネット上ではこの異様な会見をネタ的に取り上げ、<炎上>という形で広がり始めた。

『フェイクだよ、フェイク。ありえねーだろ常識的に考えて』

『遺族の感情を逆なでして楽しーかクソテレビが!』

『でも画像解析でも完全にウォレド氏と一致したぞ』

『CGだよCG』

『手の込んだ釣りだよなw』

 等々。

 殆どは悪質な冗談、もしくはフェイク、または陰謀の類だと捉えたようだが、それでもごく一部には『もしかして…?』と思う人間もいたのだった。

 とは言え、大勢に影響を及ぼすにはさすがに時間があまりに少なく、一斉駆除作戦のスケジュールには何の変更もなかった。

「やはり、無理でしたか……」

 ベリザルトン夫妻の家で世間の反応を見ていたセルガ・ウォレドがうなだれる。妻のネリスは夫に寄り添い、ハンカチを目頭に当てていた。

「いえ、これは想定の範囲内です。いきなり世間の感覚をひっくり返すことまでは私も考えていません。しかし一石を投じることはできた筈です。これをきっかけにブロブに対する認識を改める人が増えて行けばそれでいいのです」

 セルガとネリスの前に座ったマリアンが二人に声を掛ける。

 そんなマリアンの脇に立ったベルカが口を開いた。

「しかし、お二人の娘さんがブロブの中にいなかったというのはどういうこと? 本当にブロブと同化せずに生きてるってこと?」

 だがそれについてはマリアンも歯切れが悪い。

「そうね。あの事件の後での捜索でも発見されずにというのはすごく考えにくいことだけれど、ブロブの中にいないということなら、あるいは……」


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