呼びかけ

 フォーレナの村作りに参加した人々は、世間的には<浮世離れした変わり者>や、<平和ボケした自然主義者>と見られていた。確かに、『ブロブも含めたファバロフの自然そのものをありのままに受け入れる』などと言われれば、普通はそう感じてしまうだろう。

 しかし実際には、ベリザルトン夫妻をはじめとして自然の厳しさは理解しており、故にブロブを含めた危険生物に対しても最低限必要な警戒はしていたからこそ、ここまで大きな被害は出さずに来れたのだ。ブロブ用のシェルターもついても、すべての世帯にちゃんと完備されている。

 むしろ行政府の支援を受け、爆砕槽を完備した塀に覆われた町などの方が、それを当てにしてコストをケチり、本来の性能を満たしていないシェルターしか備えていない住宅が増えてきているという現実がある。しかも、たとえ十分な性能を備えたシェルターがあっても、それすらただの物置や部屋の一つとして利用して、既にシェルターとしての機能が失われている事例が増えてきているくらいだった。

 フォーレナ付近でブロブが大量発生した時も、ベルカとエクスキューショナーが撃退したが、実は村人の避難は完璧に行われていて、万が一抑えきれなかったとしても、シェルターに入れなかった家畜以外の被害は出なかっただろう。それくらい、備えも心構えもできているのだ。

 イレーナが襲われた後にその捕獲をハンターに依頼したのも、『人間の味を覚えたブロブを野放しにしては新たに被害が出るかもしれない』との判断からだった。

 そして、実際のブロブの生態が、それまで言われていたものと全く違うとなれば、その事実を冷静に受け入れることができる人々でもあった。

 ブロブとなったイレーナを迎え入れた翌日、さっそく村の代表である人間達を集めて、マリアンとベルカ、そしてイレーナ当人を交えてこれまでの経緯を説明した席で、マリアンとベルカはそれを実感させられた。

「素晴らしい! 本当に素晴らしいわ! 自分がどれほど人間という生き物を見くびっていたのか心底思い知らされた気分よ! 思い込みがどれほど真実を遠ざけるか、改めて痛感させられたわ!」

 この村の備えが確かにしっかりしていたのは、何度か訪れて見ていたからそれなりに承知していたが、そこに住む人間達の心構えについては、これまで見てきた事例から類推していただけなので、まさかこれほどとはマリアン自身思っていなかったのだった。

 いやはや、事実を軽んじる人間達に煩わされてきた筈の自分自身がいつしか事実が見えなくなっていたとは。

「まったく。不明を恥じるしかないわ」




「イレーナが戻ってきたことを、レイスにも教えてやらなきゃな」

 村の代表が集まって村長であるベリザルトン夫妻の家で会合を行っていた時、代表の一人がそう口にした。レイスは、イレーナがブロブに襲われるきっかけを作ったことを苦に精神を病んで、現在は専門の施設で療養中であった。普段の振る舞いには、子供らしい考えなしの幼稚さが見えてはいたが、根は気持ちの優しい少年だったのだ。

 いずれはレイスのことも対処する必要があるが、そちらは本人の状態とも相談の上で慎重に対処しないといけないので、今はブロブと人間との関係をどうしていくかを先に考える必要があるだろう。

「我々はイレーナのおかげでブロブのことを理解できたとして、他の多くの人達が同じように理解できるだろうか…?」

 その懸念ももっともである。

 しかしマリアンは言った。

「確かにそれは懸念材料としてあるのは事実でしょう。しかし、私は皆さんとこうして話をさせていただいて、『自分が思っているほど人間は愚かではない』ということを実感させていただきました。恐らく皆さん以外にも理解してくださる方はいらっしゃると思います。だから私は、敢えて積極的に打って出たいと思うのです」

「と言うと?」

「第一次開拓団のセルガ・ウォレド氏を呼び出していただいて、協力を要請します」

「そんなことが可能なのか?」

「現にここにイレーナが存在する以上は、理論上は可能な筈です。問題は、ウォレド氏自身が私達に協力してくださるかどうかですが」

「取り敢えずはウォレド氏本人と話してみるのが先決ということか」

「まあ、妥当な話だな」

 と、その場にいる者達の間では大まかな合意を得られたところで、マリアンがイレーナに向かって話しかける。

「マリーベル、聞こえてた? そういう訳で、セルガ・ウォレド氏を呼び出してほしいの」

 実は、イレーナを通じてマリーベルにも会合に参加していてもらったのである。マリーベル自身はあまり乗り気ではなかった為にずっと黙って話を聞いていただけだったのだが、

「やれやれ、ホントにどうなっても知らないぞ」

 と、イレーナと繋がったブロブの表面に目と口を浮かび上がらせてそう吐き棄てるように言った。それから、

「私もまだ何人も同時に呼び出すのには慣れてないから、取り敢えずイレーナには引っ込んでもらってからになるけど、いいな?」

 と確認を取る。ベリザルトン夫妻が頷いたことで、自分の洞窟に居ながらブロブを通してその様子を見ていたマリーベルは肩をすくめながらも、ブロブの中にいる筈のセルガ・ウォレドに呼びかけたのだった。


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