第9話お母さんにも打たれたことがないのに!!


「なにこの人……?」


 キュウは明らかな敵意の視線をパルディオスへ向けた。


「んだ、こいつ……」


「シン、悪口嫌い……!」


 こりゃまずいと思った俺は、三姉妹の前に立った。

とりあえずこれで、3人がパルディオスへいきなり飛びかかることなんてのはないだろう。


「で、なんのようだ?」


「詐欺師のおっさんなんかにようはねぇよ。あるのは後ろの美しい3人へさ!」


「なに?」


「おーい、後ろの君たち! 君たち、今巷で噂の美人三姉妹の新人冒険者だろー?」


 パルディオスは図々しく、俺を押し退けて、3人の前へたつ。

 3人は明らかに鋭い眼差しを送っているのだが、パルディオスはまるで気にした様子を見せていない。

こりゃ本物のバカだな……。まぁ、鈍感力も才能の一つか……。


「君たち、こんな詐欺師のおっさんと一緒にいるのかい? だったらやめた方がいいよ! こいつと一緒にいたって、全然成長しないし、時間の無駄だって!」


「そうなんですか」


 キュウがそう答えると、パルディオスは破顔した。


「ああ! そうさ! この間まで俺もおっさんと一緒にいたんだけどさ、金ばっかむしり取られて散々な目に遭ったんだよ!」


「なるほど」


「君たち今すっごく注目されてるし、こんなおっさんと一緒に過ごして時間を無駄にすることないって!」


「……」


「そうだ! 良かったら俺のパーティーに加わらないか! 俺はパルディオス・マリーン! ムサイ国から国内の平和を守るよう勇者の任の頂いている! 俺と居る方がいい経験になると思うぜ!」


「……」


「こんなアホで、バカで、詐欺師なおっさんとはさっさと縁を切った方が……」


 ヤバイ! コンが拳を構えて、肩を震わせている! 止めないと!


 その時、パァン! と軽快な音が響き渡った。

不意打ちだのだろう、パルディオスはその場へヘナヘナと座り込んだ。


「な、殴られた……! お母さんにも打たれたことないのにぃ!」


「そうですか。だったらパルディオスさんの初めてをもらえて光栄です」


 キュウはびっくりするほどの、冷たい声で、パルディオスを見下ろしている。


「お誘いどうもありがとうございます。ですが謹んでお断りします! 勇者だか、なんだか知りませんけど、あなたと一緒にいるよりも先生と一緒にいる方が何倍も、何万倍も私たちのためになっています!」


「ああ、そうさ! トク兄のそばにいて成長できなかったのはてめぇのせいだろうが!」


 コンもそう吠え、


「お前嫌い。さっさと失せる。シンの闇の炎がお前を焼き尽くす前に!」


 さっきまでの元気がどこへ行ったのやら、パルディオスはよろよろと立ち上がった。


「お、覚えてろ! 僕をこんなにまで侮辱したんだ! もう二度と僕のパーティーに誘ってやんないからな!」


 勇者のパルディオスは足早に、その場から立ち去った。

 あいつ勇者っていうより、小悪党じゃないか?


「誘って頂かなくて結構です! 次、先生の悪口をいったら殴るだけじゃ済みませんからね!」


 キュウは笑顔で、そう返したのだった。

笑顔なのが逆に怖い……。


 それにしても、なんだろ、この胸がジーンと熱くなるような……

 目がどうしようもなく霞んでくるような……


「せ、先生!?」


「どうしたんだよ!?」


「トーさん! どっか痛い?」


「いや、痛く無い。でもなんか……!」


 涙が止めどもなくこぼれ落ちてきた。

 どれだけ俺が、3人に信頼されているのかがわかった。

パルディオスを殴ってしまうくらい、想ってくれているのだと強く感じた。


「ありがとう! キュウ、コン、シン! 俺、お前達の信頼に応えられるよう頑張る! 絶対にいい冒険者にしてみせる! 約束する! あー、お前らと再会できて良かった! マジ、よかったわぁ!」


「それは私達もですよ、先生……さっ、お昼ご飯にしましょ! 私、まだまだ練習したいんで!」


「おう!」


……シオン、サフト、お前達にしてやれなかった分、俺、この三姉妹のために頑張るな……



⚫️⚫️⚫️


 空は快晴! 風もなく、弓を射るには最適の日和。

 いつもキュウと一緒に遠的の練習に使っていた、射撃場も大会の会場になり、賑わいを見せている。


「姉貴、頑張れよ!」


「20万G必ずもぎ取る! 今夜はカニパーティー!」


「まっ、借金返済に響かない程度にな!」


 俺は会場に来てからずっと緊張しっぱなしだったキュウの肩を叩く。


「大丈夫! お前ならできる! 絶対に優勝できる!」


「はい! 先生のご指導を無駄にしないよう頑張ります! コンもシンも応援しててね!」


 どうやらもう大丈夫らしい。

 キュウは元気一杯な様子で歩き出す。


 俺はキュウの背中がみえなくなるまで、心の中でエールを送り続けた。


 待望だった大会が始まった。

大会や試合といえば、歓声や応援の声が響くところだがーー弓の大会は少々事情が違う。


 会場に響くのは、的を射る矢音と、それを打ち出す弦の音のみ。

 弓を射るには相当な集中力を要する。

だから選手も、そして観客も、誰1人声を発さず、極力物音を立てないように心がけているのだった。


 そんな厳かな雰囲気は、凛々しいキュウにはよく似合っていた。


 今日はすごく調子が良いのか、キュウの弓はどんどん的の真ん中へ吸い込まれてゆく。

それでも彼女は騒がず、過度に喜ばずに冷静に、淡々と弓を入り、的へ当て続けている。


 あれよあれという間に大会は進行し、気がつけばキュウはベスト5にまで残っていたのだった。


「ベスト5おめでとう。あと少しだな!」


 予選を終えて、ベスト5へ残ったキュウヘ声をかける。

しかし彼女は「ありがとうございます」と応えたが、声色にやや怒気を含んでいたような気がした。


「アイツも出てたんですね」


 キュウの視線の先、そこには弓を持った勇者パルディオスくんの姿があった。

 決勝戦出場者の中にも奴の名前が。

どんなに阿呆でも、あいつは勇者になるだけの実力はあるらしい。


「あんな奴には負けません! 絶対に!」


キュウは勇ましくそう宣言してきた。


「ははっ! そう声をかけようと思ってたのに先越されたな」


「えっ!? ああ、そうだったんですか……うう……先生からのお言葉欲しかったぁ……」


 なんて嬉しいこと言ってくれるんだいこの子は。

 そんな子には頭をナデナデだ!

 

「今のキュウなら大丈夫だ。あんな奴に負けんじゃないぞ!」


「はい! 頑張ってきます!」


 キュウは顔を上気させつつ、午後の決勝戦へと向かってゆく。


 まぁ、ああは言ったけど……俺は視界にキュウの弓に関する能力を表示する。


 弓を扱う中でもっと重要な項目の集中力。


 キュウの評価はA -にまで上がって入る。

 しかし俺が知る限り、パルディオスはプラスもマイナスも無いA……僅差で、奴の方が優っている。


 これまでの俺だったら、この差を見て、キュウが優勝できるなど思わなかっただろう。

でも、不思議と、こんな差何するものぞ! きっとキュウならば大丈夫だ、と思うようになっていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る