第8話私、お姉ちゃんなので……


「それじゃ、行ってきます! 夕方には戻ります!」


 キュウはそういうと、家を出ていった。

 ここ数日、朝食後にすぐ、弓を抱えて出かけているようだ。


「キュウは毎日狩りにでもいってるのかー?」


「なんか、来週弓の大会があるから練習してるって言ってた……」


「コン姉! それ言っちゃ、めっ!」


 シンに叱られ、コンは苦笑いを浮かべた。

もしかすると、この間『弓の練習をしても良いところって知りませんか?』と聞いてきたのは、これのためかもしれない。

 にしても弓の大会への出場を黙っとく必要なんてあるのか?


 なんだかとても気になったので、町外れにある遠的場を訪れた。


 だだっ広い国立の遠的場では、静寂の中、たくさんの弓使い達が無心で矢を射っている。

こういう厳かな雰囲気は、たまにだったら案外好きだったりするんだよね。


さて、ここにキュウは……いた!


 遠的場の一番奥にいたキュウはゆっくり弦を弾き始めた。

この子の弓を構える姿は本当に様になっているように思う。

引き切った瞬間なんて、見惚れてしまうほど凛々しくてかっこいい。


 次の瞬間、ビュン! とキュウの弓から矢が離れた。

 しかし残念ながら、矢は残念ながら的から外れてしまった。


 それでもキュウは、慌てず、急がず、凛々しい雰囲気のまま矢を入り続ける。

だけど全部大外れ。さすがに矢を撃ち尽くしたあとの彼女は、がっくり肩を落とした。


 そりゃまぁ、この距離だと今のキュウの集中力評価では難しいかもしれない。

キュウはトボトボと、元気なさげに休憩場へ向かってゆく。


「はぁ……もう……なんで当たんないかなぁ……」


「よぉ、キュウ!」


「――っ!? せ、先生!?」


 キュウの声があまりに大きかったのか、他の弓使い達から睨まれてしまった……


「なんでこんなところにいるんですか……?」


「いや、まぁ、なんとなく?」


「はぁ……きっと、コンかシンがうっかり口を滑らせちゃんですね」


「つーかさ、弓の大会に出るんだろ? 別に黙っとくことじゃなくね?」


「……こっそり出場して、優勝して、先生を驚かせたくて……」


 ああ、そういうことね。

そういやこの子って、人をいい意味で驚かせることが好きだったからなぁ。

俺もこいつがちっちゃい頃『せんせいへのありがとうのおてがみ』をいきなり渡されて、嬉しかったもんな。


「さっきの遠的見てたけど、結構苦戦してるか?」


「うっ……その通りです……」


「見てやろうか?」


 そう提案すると、キュウはブンブン首を横へ振ってみせた。


「なんで?」


「独り占め、良くないですから……」


「独り占め?」


「だって先生、お願いしたら一生懸命見てくれるますよね?」


「もちろん」


「毎日でも付き合ってくれるますよね?」


「そりゃそうだろ」


「ほら、私が先生を“独り占め”しちゃってる……コンもシンも居るのに、私だけ先生を連れ回すなんてできませんよ。私、お姉ちゃんですし……」


 キュウはホントにいいお姉ちゃんだと思う。

三姉妹が今でも仲良くできているのは、この子のおかげなんだろうな。


「それに先生はみんなの先生なんですから……」


 真面目だなぁ……キュウのいいところではあるけど。


「バーカ! 変なこと気にすんな!」


 昔みたいにキュウの頭をワシワシと撫でた。

 普通は拒否られるって思うところなんだろうけど……キュウは昔のように素直に受け取ってくれている。

こうして他人が心を開いてくれてるのって、嬉しいもんだねぇ。


「俺はみんなの先生であるまえに、キュウの先生でもあるんだ。それに大会とやらに優勝すりゃ、賞金かなんか出るだろ?」


「はい……20万Gくらいは……」


「その額だったら黒等級冒険者の1ヶ月分の稼ぎだ。俺をほんの少しの期間拘束して、稼げりゃ儲けもんだし、コンもシンもわかってくれるって」


「そ、そう思いますか……?」


「おう! もし万が一、コンやシンが文句言ってきても、俺がなんとかしてやる……つーか、たぶんそんなことはないんだろうけど」


 ようやくキュウの顔に笑顔が戻った。


「ありがとうございます、先生! それではお言葉に甘えさせていただきます!」


「まぁ、弓は専門外だからどこまで力になれるかわかんないけど、できるだけ頑張らせてもらうぜ。一応、弓使いが仲間だった時期があるしな」


「よろしくお願いします!」


「よぉし、早速開始だぁ!」



――この日から大会開催日まで、俺は毎日キュウに付き合って、遠的場を訪れることにした。



「イメージとして、弓の弦を離す、じゃなくて引いてたら自然と離れちゃったなんだ!」


「は、はい!」


「別に返事はしなくて良いぞ。弓を引くことに集中!」


 キュウは伝えた通り、弓を引くことに集中し始めた。


「肘、下がってる! 伸びも甘い! 片目を閉じるな! 悪い癖だぞ!」


 弓を引きっぱなしの姿勢が辛いのだろう。

やっぱり徐々に弦を引く右腕の肘が下がってきている。

俺はほんの少し、キュウの右肘を押し上げた。


「――っ!?」


 驚いたのかキュウの体がビクンと震える。


「これが正しい位置だ。辛いけど頑張れ!」


「う〜……!」


「呻きをあげない! 集中!」


 やがてキュウの弓から、勢いよく矢が飛び出した。

 パァン! と遥か向こうの的から軽快な音が響いてくる。


「あ、当たった……?」


「おーすげぇ! よくやったな! おめでとう! さすがキュウだ!」


「ありがとうございます! 先生のおかげです!!」


「だけどただ当たっただけだ。大会じゃ、当たった位置で得点が決まるから、できるだけ高得点の真ん中へ近づけような?」


「はい! 頑張ります!」


 ともあれ、ここまで休憩なしで打ち続けていたので、疲れた頃だろう。

昼も近いし、飯にしようと切り上げる。

たしかこの近くに旨安の定食屋があったな。


「よっ! キュウ姉にトク兄! お疲れさん!」


「キュウ姉、トーさんやほやほー」


 遠的場を出ると、コンとシンがいた。


「コン、シン!? どうしてここに!?」


「昼飯、作ってきた! 一緒に食おうぜ!」


 コンは大きな包みを差し出してくる。


「シンもおにぎり握った! がむばったぁ! カニ風かまぼこ入りおむすびきゃっほー!」


「ありがとう2人とも。でもごめんね……私ばっかり先生を連れ回していて……」


「まったく相変わらずキュウ姉はそういうとこ真面目だよなぁ……別に良いって! それに優勝すりゃ20万G手に入るしさ!」


 コンは豪快に笑い、


「大丈夫! シンもそのうちトーさんとデートする! だから問題なし!」


 おいおいシン、こりゃデートじゃないんだが……


「2人ともありがとう! お姉ちゃん、すっごく嬉しいよ! 2人のためにもがんばるね!」


 ほら、やっぱりキュウの考えすぎだったじゃないか。

 にしても、本当に仲が良いな、この姉妹って。

見ているこっちも心がほっこりとしてくるぜ。


「おや……? そこにいるのは詐欺師のトクザのおっさんじゃないか!」


と、すっごく気分の良いところへ、ムカつく声が聞こえてきた。


「詐欺師じゃなくて、訓練士なんだけどな……相変わらず元気そうじゃん、パルディオスくん」


 俺は振り返ってくすぐさま、太々しい態度の勇者パルディオスくんへ、そう言い放った。 

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