最終話 【凡人】はここで静かに暮らしていく―——、

 一夜明けた。


「ん、ン~!」


 窓の外へ向けて大きく伸びをする。

 何だかチリチリと朝日が俺の体を焼いている気がする。


「なんか、痛いんだけど」

「当然。〝魔族〟になったんだから、太陽が体にいいわけないでしょ?」


 【魔王】だ。いや、元【魔王】だ。


 彼女も起きて、眠そうな目をこすっている。


「まぁ、我は痛くないけど」


 日の光へ身を晒す。

 彼女はもう【魔王】でも〝魔族〟でもなんでもない。

 普通の女の子、イヴ・フィラリアとなったのだ。


「ん、ん~……!」


 大きく伸びをするイヴ。


「そろそろかな……」


 ボオオオオオオオオオオオオオオオオ~~~~~~~~~~~~‼


 角笛の音が鳴り響いた。

 正面の高台の上でロッテが高らかに鳴らしている。


「今日も元気ね」

「ああ」


 毎朝毎朝、ロッテは欠かさずに朝日と共に角笛を吹く。

 この村ユノ村に一日の始まりを知らせるために。


「あ、お二人とも~~!」


 角笛を吹き終わったロッテが、俺たちに気が付きぶんぶんと手を振る。


「お~~~い!」


 手を振り返す。

 イヴもにこやかに俺の隣で手を振り返していた。


 そして、朝食が始まる。

 今日のメニューはパンの上にベーコンと目玉焼きとチーズをのせた恐ろしくシンプルなメニュー。


「ベーコンエッグです」


 自信満々にロッテが胸を張る。


 サクッ!


 イヴが思いっきりそのベーコンエッグなる料理にかじりつき、


「ん……にゅ~ん」


 髪切れなかったチーズが彼女の口から延びてアーチを描く。チーズがそんなに伸びるとは思ってもいなかったのか、彼女は慌て、何とか嚙み切ろうと首を軽く上下にゆするが、口元をチーズでべちゃべちゃにするだけだった。


「んふぅ……」


 困った様子で眉尻を下げるイヴ。


「は、ハハハハハハハ!」


 子供みたいな彼女の様子につい笑みがこぼれてしまう。


「ムグ……ング……! わ、笑うな!」


 顔を赤くしたイヴがチーズを飲み込み、講義の声を上げる。


「いや、別に……ハハ! 何だかおかしくてさ。元【魔王】がさ」

「え?」


 ロッテが首をかしげる。


「……おい」


 言っていいのかとイヴが視線で尋ねる。

 だが、もういいだろう。


「ロッテ。実は言っておかなければいけないことがあるんだ、実は」

「お~い! フィラリア夫妻~!」


 大事なことを言おうとしたのに、外からの男の声によって阻まれてしまった。

 いらだちを込めた目を扉へ向けると、そこに立っていたのはベイル・スパイン・リアトリス。追放王子だった。


「ベイル、何しに」

「ちょっとこの娘が外からチラチラ覗き見てたんだけど~」


 そう言って、引っ張ってきたのは【賢者】エル・シエルだった。


「…………ん」


 バツの悪そうな顔で視線を逸らすエル・シエル。


「……まぁ、ちょうどいいか」


 俺は、ベイルとエルを招いて、話すことにした。

 今までの事———。

 今後の事———。

 そして、イヴのことを———。


       ×        ×      ×


「えええええええええええええええええええええ~~~~~~~~~~~~~‼」


 イヴが元【魔王】。そして、俺が現【魔王】となってしまった事に対して、ロッテはやはり驚愕の声を上げた。

 まぁ、そうなるよなというリアクションだ。


「ムゥ~~~………」


 一方、ベイルは腕組をしたまま唸り声をあげている。


「ベイル。やっぱダメか? 【魔王】になった俺を受け入れてはくれないか?」

「ずるい」

「へ?」

「ずりぃよぉ~~~~! レクスちゃん! 何だよ、〝魔族化〟できないとか言っておきながら、しっかりと『黄昏の花』で魔族になっちゃってるじゃない! そんなの羨ましすぎんでしょ!」


 ベイルは、血の涙を流していた。


「そ、そんなに悔しいか?」

「悔しいよォ! ああ、俺も諦めなきゃよかった……!」


 がっくりと肩を落とす。


「ベイルさんは、相変わらずですね」


 その様子を見て、ロッテが苦笑している。


「ロッテは、いいのか?」

「へ? 何がです?」

「俺が、魔族……というか【魔王】になっちゃったことだよ」

「いいも悪いも、なっちゃったものは仕方がないですし……それに。この村は何も変わりません。魔界からの侵入があったとしてもただ立ち向かうだけ。周りの魔物を狩って生活するだけの日々ですよ」


 そう言ってロッテは笑いかけた。


「……い、いいのか?」


 そう、恐る恐る尋ねたのはイヴだ。


「我は、今までお前たちを騙していたんだぞ……それがそんな反応で」

「いいも悪いも……リコリスさん……ああ、本名はイヴさんでしたっけ……奥さんが何か隠していたのは気が付いていましたから。ただ、聞いて、ああ……って納得しただけですよ」

「そそ、大事なのはイヴちゃんが【魔王】かどうかってことじゃない。イヴちゃんがイヴちゃんであること。それが大事なんだよ」


 ベイルが横から肩をすくめて付け足す。


「本当に、本当にいいの……? 我はこの村に居て……」

「はい!」

「だから、いいっていってんじゃん」


 ロッテとベイルに、認められる。

 イヴは、涙がこぼれる顔を隠すかのように両手で覆った。


「まぁ、いるいないについては、レクスちゃんの方が今はもはや問題なんだけど。レクスちゃんはどうするの?」

「ん?」


 ベイルに視線を向けられる。


「【魔王】になっちゃったんでしょ?」


 どうするの、と視線で問われる。

 ベイルの眼には、初めて見る、不安の色があった。

 俺は———、


「できれば、この村にいたい。いさせて欲しい」


 はっきりとそう言った。

 俺はこの村に来て、自分がどう生きていけばいいのかわかった。

 【魔王】と、イヴと出会わせてくれたこの村に何かしてあげたかった。


「そっか……ね?」

「え? あ、はい……!」


 ベイルとロッテが目くばせをし、微笑み合う。


「それなら、あたしもこの村に残るわ!」


 さっきからずっと沈黙していたエル・シエルがようやく口を開く。


「へ? いや、戻った方がいいんじゃないか? アランの元に」


 エルはビシッと俺に指を突き立てる。


「戻るわよ。今日中にね。でも、アランたちに引き上げるように言ったらこの村に戻って来るわ。【魔王】が何かしないか。監視していないと」

「おい、それってアランたちをこの村に連れてくるってことじゃないか⁉」

「連れてはこないわよ。そうなると……いろいろ面倒でしょ? あんたが【魔王】になった事は黙っておいて、それとなく、【魔王】があの城にいないってことを伝えて、引き返すように言うのよ。魔族が倒せるようになったのか、確かめたいけど……なんだかそれも面倒なことになりそうだしね」


 ちらりとエル・シエルがイヴに視線を向けた。イヴは警戒し、じっと睨みつけるが、やがてエルは不機嫌そうに鼻を鳴らし、


「じゃあ、また戻ってくるから」


 立ち上がり、家を出ていった。


「絶対にアランたちを連れてくるなよぉ~!」


 開けっ放しの扉から外へ、一応忠告しておく。

 扉を閉めずにエルはずんずんと歩いていき、背を向けたまま俺の言葉に応えるかのように手を挙げた。


「……いや、扉閉めてけよ」


 面倒だと思いつつも、俺が閉めてやる。


「じゃあ、今日もクエストこなしに行きますか?」


 ベイルが提案する。


「いや、お前何もできないじゃん。追放王子だろ」

「ひっど‼ いろいろこの近くの情報とか知ってるのに! 楽な割に報酬が高いクエストとか知ってんぜぇ~!」

「そうですね。いつの間にか食事も終わった事ですし、酒場に行きましょうか! レクスさん!」


 ベーコンエッグがいつの間にか消えている皿をロッテが片付けながら、にこやかに笑いかける。

 そうして、二人も家から出ていく。


「あっさりだな」


 冗談を言い合い、笑い合いながらロッテとベイルの背中が遠ざかっていく。

 【魔王】と元【魔王】がこの家にはいるのに。

 恐ろしく無警戒な様子だ。


「ああ、あっさりと認められたな」


 イヴはその二人の背中を愛おし気に眺める。


「これから」

「ああ、これから……この村で俺たちは生きていく」


 そう、改めて決意を口にし、その口を互いに重ね合わせた。



 この村で俺たちは生きていく。

 静かに穏やかに、だけど幸せに。


 勇者パーティを追放された元【凡人】は、元【魔王】と共に静かに暮らしていく。

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勇者パーティを追放された【凡人】の元村人は、【魔王】と共に静かに暮らしたい あおき りゅうま @hardness10

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