第53話 魔王VS賢者


 レッカ火山の火口では復活したイフリートが唸り声をあげていた。

 全身から業火を吹きあがらせる溶岩でできた巨人———炎の魔神イフリート。


「グルル……」


 光る眼に常に炎が口の端からあふれる、異形の顔つき。

 ただ、目の前に存在するものを焼き尽くすためだけに生まれた、破壊の化身。

 故に知能は低い。

 復活したばかりの彼は、ただ唸り声をあげてレッカ火山の火口内部で佇んでいた。

 前の彼は、ただ近づくものをオートマチックに焼きはらっていた。

 それでよかった。それだけで、充分だった。

 彼に与えられた役としては、それだけで———。

 そして、その役を全うしていた時、彼は充実感を感じていた。


 マタ、ナニカコナイカナ……。


 そうすれば、また楽しい思いができる。

 生物を焼くこと。

 それが彼の唯一の快楽であり、存在意義であった。


「グ……?」


 気配を———感じた。

 見上げた。

 彼がいる足元から噴煙が吹き荒れ、ろくに見えもしない夜空。

 半分も見えない夜空。そこに何の変哲もない。

 噴煙———その奥だ。

 黒煙で見えない、先に何かある。


 ズモモモモモモモモモ…………!


 煙が———揺れている。


「グル……」


 そして、大地も。

 怯えるように、震えている。

 やがて、噴煙に穴が開いた。


「グ————!」


 一度死んだ時、同じように感じたのかもしれない。だが、彼はもう一度その感情を感じた。

 恐怖だ。

 噴煙に大穴を開けた———モノが、迫ってくる。

 いや、墜ちてくる。

 巨大な炎を纏った岩石が———。

 イフリートは巨人だ。だが、そんなものを大きく上回る存在が自分めがけて、まっすぐに落ち……、


「ガ」


 潰された。

 轟音が響いたのか。それは定かではない。 

 恐怖で動けなくなっているうちに、イフリートの視界は闇で染め上げられた。


             ×     ×     ×


 レッカ火山の火口が塞がれた。

 突如降ってきた、隕石によって。


「嘘でしょ……」


 あれだけ、轟々と音を立てて立ち上っていた噴煙も、隕石が塞いだおかげですっかり消えてしまっている。

 ガクッとエル・シエルが膝をついた。

 〝魔族〟がイフリートがせっかく消えたと言うのに、彼女の顔は絶望に染まっている。

 それは———それをなした男が、【魔王】だからだ。


「よし……これでイフリートを倒したな」


 グッと拳を握る。

 【魔王】———レクス・フィラリア。

 それが、今日からの俺の【才能】だ。


「エル」

「な、何よ……?」


 エルの声は震えていた。

 怯えていた。

 昔の仲間に対して、幼馴染に対して、【凡人】と自分が守らなければいけない相手と考えていた相手に対して———、

 ガタガタと全身を震わせ、恐れていた。


「しばらく、様子を見てくれないか? レッカ火山を塞いじまったから、復活するのかどうかすらわかんなくなっちまったけど、これで復活しなかったら、イヴは【魔王】の呪いから解放されたことになる……そうしてくれないか?」

「———ッ! そんなことは、もはや、どうでもいいわよ……」


 エルは足を震わせて気丈にも立ち上がった。

 その足はまるで小鹿の様。

 だが、瞳はしっかりと俺を睨みつけ、敵意を込める。



「私は……【賢者】———エル・シエル! 【勇者】アランに認められた……森羅万象を操る大賢者! 五大属性元素エレメントよ!」



 エルの宣戦布告。 

 手を大きく回す———その動きに追随するように魔力の光が灯る。

 空中に五つの光が浮遊する。

 赤・青・黄・緑・茶———火・水・雷・木・土……魔力の基礎となる五大属性の魔力の光……魔力の塊そのものだ。

 ただのエネルギー体である魔力を集め、高濃度に圧縮している。『火弾ファイアボール』などあの火属性の魔力の塊の一千万分の一も魔力はいらない。それだけあの魔力の塊には膨大な魔力が宿っている。

 可視化できる魔力の玉とはそういうものだ。

 そういうものを作り出せるのは、流石【賢者】というべきか。



「業火・物質を灰燼へ帰し! 蒼海・生命を生み出し! 遠雷・天を劈き! 礼樹・永劫にて存在す! 大地・それらことごとくを包み込む!」



 呪文詠唱。

 指で魔法陣を空中に描きながら、エルは詠唱を続け、五つの魔力の光は輝きを増しながら、中央へと集まっていく。

 くるか———エルの最強魔法……!

 腕を前にかざして構える。

 避けるわけにはいかない。俺の後ろにはイヴがいる。

 だから受けるしかないが……大丈夫か?

 というか———、


「———ッ!」


 俺は、前に出た。


「我が……なっ!」


 【魔王】となった俺の脚力は、凄まじい。

 一瞬でエルの隣に立つ。

 彼女は驚き、途中で詠唱を止めてしまった。


「悪いな! わざわざ詠唱が終わるのを待っているほど、親切じゃないんだよ!」


 腕で魔力の塊を一閃する。

 スッ———と、他愛もなく五大元素の魔力の塊は消え去ってしまった。


「な———」


 驚愕でエル・シエルは動きを止める。混乱したのだ。

 詠唱の途中とは言え、魔法が完成していなかったとはいえ、そんな簡単に消え去るようなものではない。


「ちょっと火傷したかな」 


 ブンブンと俺は腕を振った。肘のあたりが少し焦げているが、大したことはない。


「火傷なんかで済むわけがないじゃない……魔法を一千万回打てるほどの魔力の塊よ……それを片手で……!」

「一人で来たのが間違いだったな。エル。後衛タイプのお前が一人で来たところで、距離を詰められて終わりだ。さぁ……」


 エルに顔を近づけ、真正面からその瞳を覗き込む。


「戦うか?」


「ヒ————」


 エルはその場にしりもちを尽き、

 ジョロロロロロ……、


「あ」


 失禁してしまった。

 彼女の股の間から地面にシミが広がっていく。


「わ、悪い……! 脅かし過ぎたな……」


 仲間の思わぬ失態が目の前で繰り広げられ、慌てて俺は視線を逸らす。

 戦いはもう終わった。

 これ以上、エルに対して死体に鞭うつような真似はしたくない。


「わ、わるかった。すぐにルカかロッテを呼んでくるから!」


 そういえば、ちょうどよく、今の俺には翼がある。


「飛んで呼んでくるから!」

「その恰好で行くつもり⁉」


 翼を広げる俺に対して、イヴが突っ込む。


「ああ、そうか……! これで行ったらびっくりさせちゃうよな……! イヴこれってどうやって元に戻るの?」

「……戻りたいと思えば?」

「あ、戻った」


 本当に心を落ち着けて、戻りたいと思ったら、【魔王】の姿から人間の、普通のレクス・フィラリアの姿に戻った。


「な、な、な。なんなのよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」


 エルの叫びは夜のユノ村に高らかに響き渡った。

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