第48話 お願いごと

 立ち話もなんなので、と家に上げたが、ブーツを脱ぐのが早い。

 見惚れているうちに上がってこられ、華は片付けておいたリビングへと通した。


 コンルと適当にでも掃除しておいてよかったと思っていたが、視線の運び方が違う。

 ぐるりと隅々まで見ているのがわかる。

 全てゾンビ戦で培われたものだが、華にとっては小舅のように見えなくない。


「すみません……あまり片付け、できてなくって……」

「あ、いえ! 失礼しました。退路や、庭にゾンビが来た場合などを想定してしまい……」


 その発言に食いついたのは慧弥だ。


「さすがですね! 確かに動けなくなったら困りますもんね。あ、そこのドア抜けて、洗面所の横に裏玄関ありますから、いざとなればそこから逃げれますっ」


 自信満々に慧弥は語るなか、2人にはソファに座ってもらい、華と萌は座椅子に腰をおろした。

 慧弥がいそいそと2回目のお茶を入れはじめるが、コンルは慧弥のとなりに立って見つめている。


 改めて滝本紘平と名乗った男性は、名刺を差し出してくる。

 華は受けとり、萌と眺めてみるが、1等陸尉と書いてあるが、それが何を意味しているのかはわからない。となりの男性だが、年齢は華たちとそれほど変わらないように見える。

 彼は堀内と名乗ったが、顔はこわばったままだ。


「どこから話せばいいか……」


 腕時計を見つつ、戸惑う滝本に、華は偉そうに言い切った。


「最初からどうぞ」


 慧弥がいれた湯呑みを抱え、滝本は肩を丸めて話し出した。


 ──公民館の事件から、夜になるとゾンビが出るようになり、監視体制の見直しをしようとしていた矢先だったという。


 音呉村と街を繋ぐ1本の橋がある。

 その手前に防衛前線をおき、橋を渡りきった街側に、指揮所を作っていた。

 指揮所のとなりには野営地を広げ、自衛隊員と区別はされながらも、ほぼ横に村に戻れない人たちもそこで寝泊まりをしていた。

 皆が皆、数日で戻れると思っていた。

 いつものようにファンタジアが制圧し、平和がくると思っていたのだ。


 だが、事態は悪化した。

 防衛の前線が崩れたのだ──


 この1年、不測の事態に備え、さまざまな法整備も行ってきていた。

 怪人との戦闘における銃の使用許可をはじめ、現場での判断ができるよう改正が進んでいた矢先に、昨夜の『ゾンビ』だ。

 しかも、だ。


 今までであれば、数体であったため、制圧も安全に行えていたが、津波のように押し寄せるゾンビに、殴る道具だけでは勝てない。

 発砲許可はすぐにおりたが、それでも10分の時間を要した。

 だが、その10分で、小隊1つが飲まれたという。


「……現在、音呉村は完全に封鎖されました」

「それで、父、落ち込んでるの……?」


 まだスマホに映る父に華は話しかけるが、黙ったままだ。


「音呉村にいる人は、未知のウイルスに感染しているとして、村ごと焼き払われる予定です」


 突然の言葉に、華は固まった。

 理解が追いつかない。


「……それ、みんな、殺される、って、こと……?」

「……はい」


 父の啜り泣く声が聞こえる。

 だが現実味がなく、華は泣くこともできない。

 萌は混乱で泣き出したようだ。華の腕にしっかり抱きついてくる。


「……ゾンビ化した人間は鎮静剤で行動を制限し、暴れないようにしていますが、これがどれほどの期間、保つのかもわかっていません。治療薬もなく、これ以上、感染拡大させないよう、世界が、決めたそうです……」


 あまりに壮大な話すぎて、華はぬるいお茶を飲み干した。

 そこに横から座ったのは慧弥だ。

 前髪の奥の眼鏡が光る。


「じゃあ、なんで華のところに来たんですか? そのまま黙って爆弾かわかりませんけど、処理をすればよかったじゃないですか」

『それは、私が言ったんだ、慧くん』

「なにをです?」

『うちの子がFJで、ファンタジアもいるから、助けになるからって……。たまたま水を汲みに行った際に聞いてしまったんだよ、村が爆撃されるって。……それで居ても立っても居られなくなって……すまない……華に、コンルくん』


 俯いた父親は、本当に憔悴しているようだ。

 きっと誰にも言えず、眠ることもできず、今日の朝を迎えたのだろう。

 目の下のクマも酷い。


「で、そのXデーはいつですか?」

「……わかりません。ただ、今日と明日は大雨の予報があるので、この2日でゾンビが減れば撤回もあり得るかと……。本当は、渦が消えてしまうのが一番いいんですが」


 ちらりと腕時計を確認した滝本につられ、華も壁掛け時計を見る。

 現在、9時57分。話し始めて、13分が過ぎている。


 重い空気が1分刻まれる。

 コンルがゆっくりと華の横に腰を下ろした。


「僕はハナが求めるように戦います」

「……ありがと、コンル」


 華はうーんと唸りだす。

 封鎖をされても、生き残る未来を選びたい。というのが、本音だ。


 みんなが、生き残る未来を選びたい。


 それこそ、ゾンビになった人たちも、この村の人たちも生き残ってほしい。

 もちろん、萌や慧弥、コンルも猫たちも、全てが生き残る未来を選択しなくてはいけない。


 ゾンビ彼氏は欲しいが、村人にゾンビになって欲しいわけじゃない……


 これが華の正直な気持ちだ。


「……むずい」


 まさか、こんな映画のような結末が訪れるなんて、誰が想像していただろう。

 いつも通りの明日が来ない。

 よく聞くが、まさか自分が当事者になるとは思ってもいなかった。


 しかしながら、このハリウッド展開に、のっからない手はない。

 例えインデペンデンス・デイの特攻おじさん役だとしても、このストーリーには欠かせない役割だ。


 華の心が浮き立ってくる。

 結局、好奇心しか、華にはないのだ。


「……今日の夜からゾンビを減らして、予言猫探しをして、か。……それしかできること、ないよな」


 華は小さく頷いた。


「よーし、やれるだけ、やってみよーぜー」


 あっけらかんとこたえた華に、滝本と堀内はひどく驚いた顔をするが、慧弥がつづける。


「こいつ、こーいう奴なんで……」


 それ以上、伝える言葉がない。

 そんな華はおかまいなしに、宣言した。


「作戦会議すっぞ! 『ゾンビ、散らばせないぞ作戦』立てようっ」


 それに顔を上げたのは、堀内だった。


「俺、知ってます。ゾンビの、

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