第9話 お昼は、お好み焼き

 戸締りを確認し、華の家に着いたのだが、ダイニングには、母しかいない。


「萌は?」

「学校。給食はでるみたいなの〜」


 ホットプレートを囲むように座るが、慧弥は慣れたものだ。自分の席を知っている。


「あ、映画サブスクあるじゃーん」


 慧弥はリモコンを使い、勝手にインデペンデンス・デイを再生しはじめた。

 1996年の映画だ。

 宇宙人が地球襲来、侵略を始めるが、紆余曲折を経て、地球の独立記念日を勝ちとる、というSF映画である。


「なんで、インデペンデンス?」

「こっち、怪人襲来してるし、映画、スカッと人間側が勝つし。これって男のロマンって感じしない? 華、萌ちゃんって今、何年?」

「中1」

「もう中学? はやー」

「親戚のジジイか」


 コンルはなぜか、猫に好かれるようで、肩にチャトラン、小脇にランドンを抱えて、華の母の横に立つ。


「お母様、何かお手伝いしますか?」

「いいの、いいの、コンルちゃん〜。簡単なものだから座ってて。でも、華は〜、手伝って」


 母の圧の強さに負け、華は立ち上がる。

 飲み物やとりわける皿など用意していくなか、居間の日当たりの良い場所に、猫が集合している。

 慧弥の家の猫も来ているのもあり、猫同士の集会が始まった。

 総勢9匹、のんびりしながら、にゃおにゃお言っている。だが、あいかわらずパンダは「くる」と鳴いている。


「なんか、パンダが不憫だわ。急に鳴き方変わって」


 長芋をすりおろしながら華は言うが、母の声は明るい。


「でも、みんな、パンダに優しいのよ。パンダも、ちょっと偉そうだし〜」

「へー。猫社会でも、選ばれた猫はちょっと偉いのかな」


 フードプロセッサーで切り刻まれたキャベツ、そこへ長芋、小麦粉、卵、出汁が注がれる。

 これは母の長年の勘がものを言う。

 生地の粘度は、母の手の中で決められるのだ。

 天かすと鰹節をいれるのが、我が家流らしいのだが、大きめのスプーンで空気を入れるように混ぜていく。


「華、ホットプレートあったまってる?」

「もち。油もオッケー」


 そこに丸く生地を落としていく。

 母、華、コンル、慧弥、あと1人、祖父がいるのだが、このホットプレートに並べられているのは、4つだ。


「爺ちゃんのは?」

「大丈夫よ〜。調べ物があるって、また出て行ったから〜」

「早くね?」


 じわじわと音を立てながらお好み焼きが焼けていく。

 コンルはどれもこれも不思議そうに眺めている。

 急にホットプレートを触ろうとするので、華がぱしりと手を叩いた。


「これ、熱いから」


 華の声に、コンルはプレートの上にそっと手をかざし、ひっこめる。


「本当ですね……すごい……」

「あの、コンルさんの世界の食事、ってどんな感じなんですか?」


 相変わらずの慧弥の敬語に華は笑いそうになる。

 コンルは思い出すように少し上に視線を泳がし、説明してくれた。


「暖炉や竈があり、火を起こし、調理をしています。この世界では、火がなくても暖かな生活ができることが、不思議でならないです」

「マジ? 火がある生活ってことは、こんなんですか?」


 慧弥がスマホから出したのは、中世の絵画だ。

 暖炉があり、何かを煮炊きしている絵である。

 横には馬車があり、中世の日常を切り抜いた1枚だ。


「えー、いや、それは少し昔の姿ですね。荷車はドラゴンが引きますし、今は魔法陣が発達して、航空船もあります」

「「航空船?」」


 声を揃えた華と慧弥に、コンルは頷いた。


「言葉の通りです。船が空に浮いています。豪華客船もありますよ。僕、一度だけ乗りましたが、それは夢のような船内でした……音楽が常に流れ、光に溢れ、人もみな笑顔で……とても素敵な時間でした……」


 華と慧弥はほーと想像を膨らませるが、お好み焼きがひっくり返ったのを見て、思う。


 絶対、見た方が早い。と。


 情報が定まらない。

 世界観が、もう、想像のファンタジーなのだ。

 中世ヨーロッパ系でありながら、昔の姿でもある。

 だが、ラノベやアニメと同じ感じなのか、はたまたそれ以上なのか、もっとハリー・ポッターなのか……?

 なぜ、コンルが魔法少女の姿なのかも、想像が繋がらないのもある。


「はい、焼けました〜」


 疑問が解決しないまま、お好み焼きが焼き上がった。

 母がフライ返しでみんなの皿に乗せていく。次の分を焼くためだ。


「コンル、これだけじゃおいしくねーんだよ」


 コンルの分は、華が盛り付けだ。

 お好み焼きソース、次にマヨネーズ、その上に青のりをちらし、鰹節をかければ完成。


「ハナ、これ、生きてます! くねくね! かわいい……」

「これ、魚のミイラ。死んでる死んでる」


 皿をさしだし、フォークとナイフを手渡した。


「コンル、こっちにしばらくいるなら、箸、練習しような」

「棒で食べる訓練、厳しそうです」

「棒っていうな。箸、な!」


 さっそくとナイフを入れるが、コンルは驚きっぱなしだ。


「なんですか、このふわふわ! ソースの塩味はもちろんですが、マヨネーズがまろやかさをだしてますね。魚のミイラも、すごく味わいがあります。……見た目、キッシュのイメージをしていましたが、それよりもずっとやわらかくて、おいしいですね!」

「へぇ。キッシュとかあるんだ。そういうのはこっちと同じなんだ」


 華がご飯を頬張りながら、お好み焼きを食べるが、その姿を冷たく見るのは慧弥だ。


「なんで、炭水化物で炭水化物、食えるんだよ」

「ソースついてりゃ、ご飯に合うんだよ」

「慧弥ちゃんも、ご飯食べるー?」


 母も同じくご飯を頬張っているのだが、慧弥は冷静に顔を横に振った。


「俺は、おばさんのお好み焼きで腹をふくらませます。うまいんで」

「あら〜。おばさん、がんばっちゃう! コンルちゃんは〜?」

「僕も、そのゴハン、いただけますか? ハナと同じように食べてみたいので」

「あらあら〜」


 華の丁寧な指導のもと、コンルのお好み焼きご飯デビューとなったのだが、気に入ったようだ。


「この穀物、もっちりしていて美味しいですね! オートミールよりほんのり甘くて食べやすいです」

「だってよ、慧」

「それでも俺は、米とは食べない!」


 そうして、キャベツたっぷりのふわふわお好み焼きは、あっという間に食べ終わってしまった。


 映画は終盤。

 最終決戦に向けて、大統領含め、戦闘機乗りたちが集結しだす。

 華はそれをのんびりながめ、麦茶を飲み込んだ。


「今、うちらって、この映画の誰なんだろね」


 やるべき順序をどうするべきか、華は悩んでいた。

 最終決戦に向かう道筋すら見えていない。

 まだ敵が宇宙人とわかってたほうがいいなと思う。

 こっちは、ファンタジーな敵で、ただ村を破壊してくる。それをコンルが倒して止めてくれている、という図式にはなっているが、怪人の目的は、よくわかっていないところがある。

 この部分は連日専門家と名乗る人たちが、あーだ、こーだと言っているが、どれも的外れな気もする。


「コンルはなんで戦ってくれてんの?」

「ここも僕が守る管轄だからです。モンスターは倒すもの。それだけの話です」


 管轄がある。

 また別設定出てきたよ。


 華は口には出さないが、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 再び華はチラシの裏に文字を書きだした。

 今わかっていることを整理するためだ。


 □渦から怪人がでてくる

 →コンルが担当だから倒してる


 □怪人の召喚した分身を100体倒すと勇者になれる

 →怪人がいつ来るかわかんないから、いつになるかわからない


 □予言猫を残り4匹探す

 →猫持ち寄り集会に参加していけば、そのうち見つかる


 □集まったらどうなる?

 →魔王の復活がある? それとも、魔王が滅びる?


「……わかんね。どっからやってけばいい? むしろ、『もう、始まってるんだよね』的な?」

「そりゃ、渦が出てきた時点で始まってるよ」


 慧弥の言葉に華は頷くものの、手探りもいいところだ。

 わかっていることが一部すぎて、どこから手をつけていいのか本当にわからない。


「だいたい物語の定番は、いっしょににそろって、じゃねーの?」


 慧弥の言葉に、華は鼻で笑う。


「主人公補正入ってんだろ、それ」

「でもコンルさんは間違いなく、主人公だと思うけど」

「あー、たしかに」


 納得の2人に、コンルは不満そうだ。


「僕が、ですか? ないですよ」

「でも、コンルちゃん、イケメンだし〜」

「その、いけめん、ってなんですか?」


 映画はラストのシーンへ。

 昔、宇宙人にさらわれたおじさんが特攻をしかける場面になる。

 華は、自分がこのおじさん役なんじゃないかと、ふと思う。

 理由はわからないが、そんなキーパーソンになれたら、人生楽しい気がするからだ。

 もちろん、ウィル・スミスはコンル。慧弥は、大統領ポジションかもしれない。


 ぼーっと眺める華に、母が肘でつついた。

 食器を片付けろ、という意味だ。

 重ねた皿を手に流しに立つと、母が言う。


「今日は、これから猫集会に行ってみたら〜?」

「なんで」

「怪人は待たないと来ないけど〜、猫集会は今日もあるかも〜」


 母の言葉に、華はすぐにアプリを開いた。

 村独自のアプリなのだが、【猫cafeカレンダー】というものがある。


 各自、いつ、猫集会を行うのかを伝えるカレンダー掲示板となっている。

 同じ日に複数件あることもあるのだが、そこで選ぶ基準が存在する。

 各猫集会には条件があるのだ。

 年齢制限、性別制限、お金がかかることもあれば、猫を最低2匹連れてきて、など、意外と細かい。猫の集会の意味もあるが、横のつながりを作る場でもあるため、細かな設定がある。

 ちなみにホスト役1回ごとに、村から助成金が2000円でる仕組みだ。


「コンルさんにそっくりのアニメ、あるんですよ? 見ます?」


 再び勝手にチャンネルをいじり、スターフレッシュを流しだす。ちょうど華が小学生のときのものだ。現在はスターフレッシュ・コスモとなって、放送されている。


 華はアプリで今日の日付をクリックすると、3件、並んでいるのを見つけた。

 だが、午前中ですでに2件終了しており、残りは13時からのものになる。


「ちょうどいいかも」


 ニシ商店とある。

 西澤さんの家だ。

 条件は、1人上限2匹まで。年齢性別制限なし。時間は2時間のみ。お菓子を一袋、持ち寄ること。とある。


「母さん、行ったことある?」

「あるある〜。ニシさんとこって商店やってるでしょ? そこでお茶菓子買っていけばいいから楽なのよ〜」


 即、決定だ。

 参加人数を見ると、現在9名とある。

 そこに、追加3名となり、華はランドンを、慧弥はユミを、コンルはチャトランとチャチャを連れて行くことにし、アプリで参加表明をする。


「時間まで、20分ぐらい〜。先に行って、お菓子、買っておけば〜?」


 母の声に押されるように、猫用キャリーに各猫を詰め、出発することにした。

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