第10話 『神』カフェ開催!

 まだ、外は落ち着いていない。

 各々の家に確認は済んでいるのだが、目的の人物が見つかっていないからだ。

 警察と自衛隊、役場の管轄の人たちが、キョロキョロと視線を振り回している。

 視線から少しでも逃れようと、コンルがジャージ姿の華の背にぴったりくっついた。


「僕、大丈夫でしょうか……」

「ちゃんと、証明、できただろ? 問題ねーから。チャキッと歩け」


 それでもピッタリと寄り添うコンルは、大型猫が飼い主に寄り添う様にも似ている。

 すこーしだけかわいいかもしれない。

 だが、少しだけだ。


 3人は、いくつかの塊になった、大人の横を過ぎていく。

 さっき来た人のグループではない。

 男性職員2人に、女性職員3人のグループだった。

 役場の職員総出での捜索になっているよう。

 会釈で横を過ぎていくが、3人の女性職員は、全員コンルに視線が止まった。

 華の肩を握り、弱々しく猫背のコンルに、だ。

 ぎゅっと身を縮めるコンルに、華は鼻で息をつく。

 ちらりと横をみると、華の方を訝しそうに女性陣が睨んでくる。

 そうですよね、美青年、だものね。

 関係性が知りたくなるのもわかる。

 いとこです! と叫んでやりたくなるが、そんな目立ち方をしても仕方がないので、華はのんびりと舗装工事が繰り返される歩道を歩く。


「コンルさん、シューズ、……あ、靴、どうです? 首回りとか寒くないです?」

「靴は少し苦手ですが、でも、とても歩きやすいです。寒くはありません。ありがとう、トシ」


 同い年なのに、すっかり先輩(コンル)、後輩(慧弥)のような立ち位置だ。

 キャリーにいる猫たちは、にゃあにゃあと、甘えた声で鳴き続けている。

 決して怖がっての鳴き方ではない。楽しそうな声だ。

 ちゃんと集会に行くよと声をかけたおかげ。

 病院なら、まずキャリーに入れるのに30分はかかる。

 でも、病院に行くために騙した場合、1週間は機嫌が悪い。

 人間と似ていると思う。


「本当に、穏やかな村ですよね」


 辺りをぐるりと見まわし、コンルは言う。


「コンルの住んでたとこは、どんな感じ?」

「僕が管轄位しているのは、帝国首都になります。城壁で囲われ、そうですね。地形もこの村にとてもよく似ています。農業が盛んなのもそっくりです。でも、モンスターの出現が多く、勇者の仕事は忙しい、って感じでしょうか」

「じゃあ、勇者って、コンルさん以外にもいたりしたり?」

「もちろん。僕以外にも5人います。僕は北側の管轄で、そのエリアに出現した渦なので、ここの次元世界も担当って感じです」


 魔法少女が5人で戦う姿は、迫力があっていいな。

 そんなことを華は思うが、カレー大好きゴリゴリイエローがいるかもしれない。

 みな、コンルのような容姿ばかりじゃないだろう。

 きっとそう。

 いや、そうであってほしい。

 理由は、異世界人がみんな美人だったら、辛い。

 それだけだ。

 ほぼ女装プロレスラーを想像しながら、つい言葉がもれる。


「コンルの故郷、見てみたい、かも……」

「俺も俺も!」


 すかさず食いつかれて、華は渋い顔になる。

 独り言でおさめておきたかったのに。

 華の顔にはそう書いてあるが、コンルは嬉しそうに顔をほころばせた。


「お越しになったら、案内しますよ。任せてください」


 華は視界の端に浮かぶ、渦を見る。

 初めて見たときから、印象は変わっていない。

 シャボン玉が割れそうで割れない。でも、割れれば何かが起こる。

 確信できる不気味さを、渦は持っていると思う。


 実際、コンルはあの渦からやってきている。

 だが、こちら側から向こうへは行くことができていない。

 本当かどうかはわからないが、渦に触れると、何かが起こるそうだ。

 消えるという話だったり、精神が壊れるという話だったり、嫌な噂ばかりだが、解明されていないものだからこその、噂話だろう。

 実際、これだけの現象がおきながらも、科学で説明がつかずにいる。

 ただただ『不思議なモノ』という扱いになっていて、これ以上の解明、今の科学では不可能とはいうものの、各国で研究はされているそうだ。


「どうやったら、行けるのかな、あっちって」


 華が七色に歪む渦に向かって言ってみたが、24時間監視のドローンが浮いているのみ。

 仮設で建てた研究所も、すでにないのが、答えなのかもしれない。


「なぁ、華、コンルさんの髪の毛、どうする?」

「ストレスで白髪ってことで乗り切る。それしかない!」


 コンルは前髪をつまみ、不服そうだ。


「この髪色は普通です」

「ここの村は年寄りだけなの」

「でも先程の動く絵のなかには、いろんな髪の色の人がいましたよ?」

「さっきのは、アニメっていって、現実とちょっと違うんだよ。で、ここは日本って国で、肌は黄色、髪の毛は黒の人が多いから、あんたの髪は珍しいってこと。覚えといて」

「なるほど。動く絵の世界と、この国とは違うもの、ということですね」


 小さな商店街に入る。

 商店街の入り口目印は、郵便局だ。

 コンルはあちこちの建物に目を向けながら、両肩に下げたキャリーを持ちあげなおす。

 すぐに、日光で白くにじむ看板が現れる。


「ニシ商店、小学以来だなぁ」


 慧弥がまぶしそうに目を細めた。

 子どものときより色褪せた看板。

 ドアは引き戸だった記憶があるが、自動ドアになっている。


 ドアの開閉と同時に音が鳴る。

 なんとなくカビ臭い店の匂いも変わらない気がするが、思い出の店内と少し違う。

「いらっしゃい」声がかかり、華はその方向へ、会釈をした。


「あら、華ちゃん、ひさしぶり。猫集会、きてくれてありがとね」


 ニシ商店の奥さんだ。

 村のなかでは上品な方で、いつもお化粧を欠かさないおばさまである。

 久しぶりの奥さんは、昔よりも白髪が多くて、シワも増えたように見える。

 だが、優しい笑顔は昔と変わりはなく、つい、華の顔もゆるんでしまう。


「とんでもないです。母にたまには行ってこいって言われて。あの、お菓子、選んでもいいです?」

「どうぞどうぞ。あら、慧弥くんも? となりは慧弥くんのお友だち?」

「おひさしぶりです、おばさん。彼は華のいとこの近累くんです。俺たちはコンルって呼んでます」

「じゃあ、おばちゃんもコンルくんて呼ぶわね。初めまして。よろしくね、コンルくん」

「よろしく、お願いします」


 ここは日用雑貨はもちろん、冷凍食材とお菓子が豊富な店だ。

 八百屋とお肉屋は別にあり、商店としての差別化がされた結果だろう。

 しかしながら、華が小学校ぐらいまでは、子どもたちの駄菓子がメインで、タバコや日曜雑貨を売っていた記憶がある。

 今は時代なのか、タバコの扱いは少しで、壁にぐるりと冷凍庫が囲い、中にぎっちりと冷凍食材が詰め込まれている。お弁当食材から、冷凍野菜まで幅が広く、母はかなり重宝していると言っていた。


 ボールペンやノートに気を取られるコンルを引きずり、おりかえせば、お菓子コーナーだ。

 みんなが大好きチョコレート菓子から、お酒のお供にもなるスナック菓子、子ども用の駄菓子まで揃えてある。

 もちろん、田舎商店あるある『賞味期限がギリギリ』はない。

 確かに棚の回転はどうしているのかはわからないが、ニシさんマジックがあるそうだ。


「コンル、好きなの選べよ。あたしが買うから」

「あの、ハナ、これ、全部食べ物、なのですか?」


 コンルの表情が面白い。目がキラッキラに輝いている。

 袋をなでたり、かざしたり、振って音を聞いたりと、忙しない。


「落ち着いて見ろ、コンル。ポテチ、粉々なんだろ」

「どれも美しい包装で、目移りしてしまいますね。あ、これには動物が……」

「それ、畜生ビスケット。地味だけど美味いよ」


 華は大袋コーナーでお菓子を選んでいると、コンルのサポートに慧弥が入る。


「コンルさん、これとか、季節限定ですよ」

「季節、限定……?」

「秋しか食べられないやつで」

「悩んでしまいます。僕は、こっちのも気になってて……」

「あんたたち、1個だけだからな! 1個だぞ!」


 華は自分も大好きな『せんべいアソートの大袋菓子』を選んだ。

 コンルと慧弥はまだ悩んでいる。早く来てよかった。

 しかし、何周しただろう。

 スナックコーナーから、チョコレート菓子コーナー、最後に大袋コーナーのルートをひたすらに繰り返している。

 しばらくして、結局、慧弥の手にはコンソメポテトチップス、コンルの手にはポップコーン・キャラメル味が握られていた。


「なんか、地味だな」


 華の感想だが、コンルは真剣だ。


「トシと、ここに来られる方々のことを考えた結果です。これはキャラメル風味です。女性が多い参加と聞きました。それであれば、甘味の方がいいでしょうし、みんな食べやすく、僕も食べたことがあるので、自信をもって出せます」

「で、慧は?」

「俺は、みんな大好きコンソメポテトチップスだよ。チョコ系だと他の人と重なるかもしれないだろ?」

「へぇ。結構考えたんだ」


 華が受け取り、カゴにいれていると、慧弥は続ける。


「お前のチョイスは、うまそう、ぐらいだな まじ、コンルさん、ほんとに優しんだぞ。お前と20倍ぐらい違うな、やっぱ」

「ひと言よけいだ。あとで、お菓子代、徴収な」


 そうは言いつつも、華がまとめて会計をし、そのお菓子を奥さんに手渡した。


「はい、ありがとうございます。猫集会で出させてもらうわね。じゃ、部屋はこっちだから」


 奥さんが案内してくれるようだ。


「ここで靴を脱いで、奥にどうぞ」


 暖簾をくぐって、黒く艶やかな古い廊下を歩いていく。

 漆喰の壁にシミが浮いて、古い建物なのがわかるが、丁寧に扱われているのもよくわかる。

 軋む廊下の音を聞きながら少し歩いて襖を開くと、どんと現れたのは仏壇だ。

 ここの猫集会部屋は、仏間のようだ。


「日当たりがいいのがこの部屋で。若い子はちょっとイヤかもだけど」

「いえいえ。じゃ、ご挨拶だけ」


 華が率先して仏壇に線香をあげると、慧弥とコンルが並んで挨拶をする。

 特にコンルは見よう見まねだ。

 ぎこちない動きで手を合わせている。


「ところでハナ、この敬うものはなんですか?」

「あー……コンルは海外生活、長かったもんなー」


 棒読みの華だが、奥さんがはけたのを機に、コンルにむけて鳩尾パンチが決まった。


「……静かに聞け。聞いてもいいから、小声で聞け。あんたの細い設定が増える……!」

「はい……」


 仏壇から少し離れ、縁側近くに3人で座布団を敷く。

 華はそこにあぐらをかきながら、猫キャリーからランドンを抱き上げた。


「あの金色の四角いのは仏壇。代々命をつないできた方の思い出が詰まってるとこ」

「それは素晴らしいものですね」

「うん。だから、あたしは仏壇、好きだよ。ほら、上に写真もあるしょ? あれが、今までここに住んできた人の写真」

「それは、もういないってことですか?」

「もちろん」

「なるほど……」


 コンルはまだ何かききたそうな顔をしていたが、それ以上は言わなかった。

 華から殴られることを警戒してだろう。


 すぐに他の人たちも仏間へと入ってくる。

 みな、ご近所のおばさま方だ。

 西澤さんの奥さんが50代後半とあって、その年齢近くのおばさま方をを筆頭に、おばあちゃん世代ももちろんいる。

 2人、若い奥さんが来ていたが、ニシさんでバイトをしている主婦だそう。


 持ち込まれたものは、漬物から、煮付け、もちろんお菓子も集合のお茶会である。

 総勢15匹の猫と、12人の人間での、猫集会、流行りでいえば猫カフェ、いや、『神』カフェが、開幕だ!

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