第8話 チャイム

 焦り出す華と慧弥だが、コンルは部屋に入ってきたアメリカンショートヘアに夢中だ。

 彼女は慧弥の猫のユミちゃん。慧弥にとって3匹目の猫だが、2代目からずっと名前は変わっていない。

 もちろん、それは、推しの女優が変わっていないことを指す。推しの女優は、安達祐実だ。


「ヤバいヤバいヤバい、どしたらいい? つーか、どうにかしろよ、そのパソコンで!」

「ちょ、黙って! やるから!」


 薄く開けておいたドアを押しのけ、茶トラ猫のチャトランと、チャチャも来た。

 この2匹は、彼の両親の猫だ。

 図体のわりに臆病で、お客さんが来ると、少ししてからじゃないと出てこないタイプの子たちだ。

 丸いフォルムと大きめの手が特徴的なのが、オスのチャトラン。メスのチャチャは少し毛が長めで、ブラッシングが大好きな猫である。

 今ではすっかり慧弥になつき、彼曰く、俺は4人家族だという。猫3匹と、自分を含めて、である。

 猫まみれのコンルをデスクチェアから見下ろし、慧弥は言い切る。


「もう、お前も、魔法少女になれ、華」

「……は?」

「コンルさんは、華のいとこってことでおさめられるし、お前も怪人と戦えていいだろ」

「よくねーよ。誤魔化せよ。あたしは、ゾンビ怪人が欲しかっただけだし!」


 キーボードをタン! と叩く。

 そこにはいつもの華の自宅玄関が映る。

 時刻はちょうど、華が飛び出した時間だ。


「見ろ。お前が家から出て行ったときの監視カメラ、ちゃんとごまかしただろ。デカい怪人の前に唐突に現れた系にはできたわ。ドローンもそこらへんからしか映してなかったし」

「マジ? なら、そのまま上手く消せよ」

「戦った存在自体を消すことは無理だろ。だいたい、みんなが一部始終戦ってるの見ちゃったものを隠したら、逆にオレが捕まるし」


 思わず立ち上がった華は興奮ぎみだ。


「それ、残ってたら、いつかあたしが捕まるじゃんよ!」

「そこはお前が」


 ピンポーン──


 慧弥はその音に固まった。

 前髪がより、メガネにかかる。

 華はドアの方に振り返る。


「慧弥、出ろよ」


 ピンポーン──


 再びのチャイムの音に、華は歩き始める。


「ちょっと。……え? じゃあ、あたし、出る?」

「え、いや、赤いのが」


 ピンポーン──

 ピーンポーーーン──


「やっぱ、あたし出るか」

「……いや!」



 ピンポーン ピンポーン──

『……あのー、すいませーん、どなたか、いませんかー? 役場の者ですー』



 男性の大声に、ようやく慧弥の腰が上がった。


「役場の人、じらしてどーすんだよ」

「……どーも、しないって……」


 階段を慧弥がドタタと降り、勢いよく玄関ドアを開ける音がする。

 数人分の声ががやがやと聞こえてくる。

 内容的に住人確認をしているようだ。


「華ぁー、コンルさんと降りてきてー」


 華がコンルに行くよと声をかけると、コンルは丁寧に猫を下ろしていき、華について歩いていく。

 玄関へと移動する間に、フードを目深にかぶせておいて正解だった。

 3人ほどの大人が玄関で立っている。

 そのうちの1人の中年男性と、華は目が合った。

 作業着のような上着を着ている。役場の人のようだ。


「あ、君が、お隣の、三条華さんだね」

「はい。そうです」

「妹さんの言ったとおり……と」


 タブレットに記入し、すぐ横のコンルに視線が伸びた。

 身長が高いからか、視線が上下に揺れている。


「で、となりが、……えっと、あー、あった。昨日から来た、近累くんだね。累くん、すまないね。村に来たばかりなのに、確認なんて」

「……いえ、大丈夫です……」


 わざとなのか、低めにしゃべるコンルに、華はツボにはまり、笑いが止められない。

 プルプルと震えながら、顔を伏せ、必死にコンルの袖を握って耐えている。

 だがコンルは、実は華が袖を握ってくれているのが嬉しくて、顔を伏せてにやけた顔を隠したために、さらに低い声になってしまう。


「……僕は、今、療養中で……」

「あー、そうか。ごめんね。……その、もう一つだけ。華さんのいとこ、で、まちがいないかな?」

「はい。こんや」


 華のボディブローがきいたようだ。

 コンルの声がつまって止まった。


「あと、あの、慧弥くんのご両親は……」


 さらにタブレットを操作しながら確認をする職員に、慧弥は前髪をかきわけ、笑顔を浮かべた。


「あー、町のほうの会社ですね。あ、これ、父の名刺なんで、あれなら電話で確認いただけますか? 両親、忙しくって、家にもあまり帰って来ないし、ぜんぜん会話もないもので」


 こうもはっきり言われると、返す言葉もないようで、わかったよ。の一言で終わった。

 もっと細かくなにか尋ねられるのではとハラハラしたが、あくまで、データとの検証だけだった。


 だが、慧弥が書き込みをしてくれなければ、コンルは間違いなく捕まっていた。

 いやそれよりも、もっと想像できないことになっていた可能性もある。

 なぜなら、誰もが、いや、世界が、コンル──魔法少女に取材したくてしかたがないからだ。


 いろんな憶測が流れているのは事実。


 実は中国が中国王朝時代の秘術を用いて生み出した人間だとか、アメリカが極秘開発した人造人間だとか、ロシアが秘密裏に送り込んだサイキックスパイだとか、あげればキリがない。


「慧、コーラ飲みたいー! なんかめっちゃ疲れ出てきた」


 リビングに寝転がった華に、慧弥は呆れ顔だが、冷蔵庫へと歩いていく。

 思い返せば、朝から走り回ってばかりだ。

 忙しなかった現実を煽るように、ギター音が耳をつんざく。


 横を向くと、大型テレビに『マッドマックス 怒りのデスロード』が流れている。

 秩序を失った世界で、自由を勝ちとることがどれほど苦難があるかが、よーくわかる映画だ。


 改めてコーラを渡されたコンルは嬉しそうに飲みだすが、華は3回喉を鳴らしたあと、急に立ち上がった。


「ちょ、その、コンルの来たタイミングとか、バレない?」

「立ってまでいうこと?」


 慧弥は呆れたように華を見上げる。


「だって、監視カメラ!」

「あー、監視カメラ? それなら、昨日の夕方、華の父さんの車に加工しておいた」

「早くね?」

「でも、そこまでは調べないと思う。今回のは、間違いなく、標的が華。あるいは、ファンタジア、かな」

「……なれませんね、その呼び名」


 だが、コーラを飲みつつ、チャトランたちに囲まれるコンルは幸せそうだ。

 優しく交互に2匹をなでながら、話しかけている。


「聞きましたか、チャトラン様、チャチャ様、ハナが僕と一緒に勇者になってくれるそうですよ」

「言ってねーよ。だいたい、なり方わかんねーっつってんだろ」

「簡単です。キーパーが召喚したモンスターを100体倒せば、神との対話の資格が与えられます」

「で?」

「神と対話して、神がオーケー出せば、勇者になれます。そこで、願いを叶えてもらう権利がもらえます」

「うわー、もうなんか具体的じゃねーし、権利ってどういうこと?」

「使うときは、いつでもいいってことです」


 近くにあった猫じゃらしでじゃらすコンルに、慧弥が前のめりで話しかける。


「それって俺もなれたりします!?」

「はい。もちろん」

「えー、俺目指しちゃおうかな。サバゲー好きだし」

「マジかよ」


 華が床に座り直すが、反対に慧弥が立ち上がった。


「よし、華、コンルさんの部屋、つくるぞ」

「なんで、あたしも?」

「来てくれてんだぞ? おもてなししなきゃだめだろ」

「ゾンビのお義父さん、殺された仇なヤツなんですけどー」

「昨日の敵は今日の友ですよ、ハナ」

「よくいうよ」




 コンルの部屋となるのは、物置となっていた2階の部屋になる。

 慧弥の部屋の向かいだ。


「俺の部屋より、せまいんですけど」


 とはいっても華の部屋より、間違いなく広い!

 物置になっていたといっても、掃除用具が広い部屋にぽつりと置いてあっただけなので、それらを出してしまえば問題ない。

 掃除機をかけ、埃をはらい、空気の入れ替えをする。

 床だけでもと、水拭きをすれば、スッキリと気持ちがいい部屋に早替わりだ。


 折り畳みの簡易ベッドを設置し、そこへ捨てる予定だったというまだまだ立派なマットレスをのせ、客人用の布団をのせれば、寝床は完成。

 それでもまだ部屋は広々としている。

 さっそくベッドにダイブしたコンルは嬉しそうだ。


「おー! ふかふかしています! トシ、これは素晴らしいです!」


 そこにチャトランとチャチャがきて、丸まった。

 彼らもこの部屋で暮らすらしい。


「あとは、コンルさんの服とかなんですけど……」


 カラカラと手押しができるハンガーラックに服をかけてきた慧弥は、それをコンルに見せた。


「これ、父の服です。背格好が似ているので、多分、入ると思うんですけど……色味は黒っぽいのを厳選してます。今、黒っぽいの着てるから。ほとんど父が着てないものなので、切るなり焼くなり」


 さっそくとなぜか華がチェックをしだす。


「コンル、あ、シャツ系似合うね」


 ハンガーにかけた服をコンルの首下に持っていく。


「背中むけて」


 華が無理やり肩をまわし反対を向かせるが、コンルは戸惑っているのか、耳が赤い。


「……好きな方に……服を見立ててもらうのって……すごく、いいですね……」

「アホか」


 華はパシリとコンルの頭を叩くが、華の頬も少し赤い。急に気恥ずかしくなったのだ。

 それでもコーディネートはしっかりと。


「慧弥、これでいいと思わん?」


 黒いシャツに、グレーのニットのベスト、パンツは黒のスキニーだ。


「つか、おじさん、スキニーなんて履くんだね」

「流行りはなんでも取り入れるよ。似合ってるかは別で」

「では、着替えてみますね」


 華がくるりと背をむくと、ごそごそと着替えが始まる。

 華は少しだけ後悔していた。

 コンルの腹筋は、何パックに分かれているのか、ちょっと気になる──


 慧弥が、どの順番で着るのか説明している。

 やはり異世界人なんだと背中越しに華は聞くが、


「あ、コンルさん、トランクス派なんですね」

「トランクス?」

「下着のことで。そっちの替えは買っておきますね」

「ありがとう。……なんだ、このズボン、ぴっちぴちだ……」

「コンルさん、ファスナー上げるとき、気をつけて」

「……これ?」

「そ。開いていると、とても恥ずかしいので、しっかりファスナーは確認してほしいのと、あと、絶対、はさまないように」

「はさまるって……まさか……」

「……激痛です」

「こちらの衣服は危険なんだな……」


 いらない想像がはかどってしまう。


 それから少しの無言のあと、


「ハナ、どうでしょう?」


 声がかかった。

 床から滑るように振り返ると、想像通りのコンルがいる。

 いや、より現代の服装になったことで、この世界に馴染んで見える。

 短い銀髪を揺らした、ロシアと日本のミックスといってもいい。

 爽やか美青年がこの部屋にいるのが違和感でしかないが、現実だ。


「はぁ……リアルコメジルシを見るとはなぁ。……似合ってるよ、コンル」

「なんですか、りある・こめじるし、って」

「イケメンに限る、ってこと」

「いけめん? よくわからないですけど、美人な華のとなりに立てる男になれるよう、もっと精進しますね」


 美しすぎる笑顔でそんなこと言われると、普通の女子なら、即堕ちだろう。

 だが華は、ゾンビ彼氏が欲しい。それも切実に、だ。

 スン……とした顔でコンルと向き合いながら、服の確認をざっくりとする。

 シャツの袖の長さも、肩幅も、ズボンの丈も問題ない。

 ただ動きにくさはあるようで、何度か肩をまわしているのが面白い。


 スマホを見ると、もう昼だ。ちょうど12時を指す村のサイレンが鳴る。

 同時に、華の母から電話がかかった。


『華ちゃん、お昼、お好み焼きにしたの。みんなで食べましょ〜』


 唐突にランチの内容と、みんなで食べることが決まり、ピザを取ろうとしていた選択肢が消えたことは、華にとって痛手だが、家に戻るしかない。


「母が昼食みんなで食べようって。慧の分もあるから、行くぞー」

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