第7話 尋ね人
家の中にいるのに、身をこわばらせた華だが、顔が青をとおりこして、白い。
今にも食べたものを吐き出しそうになるほどだ。
「まだ探してんのかよ……吐く……胃が痛い……吐く……」
「僕の母より、マシですよ」
背中をさすりながら言ったコンルのセリフの意味がわからず、華が胃を抑えながら首をかしげていると、祖父が唐突に立ち上がった。
「勇者、隠れないとまずい……!」
ざっとカーテンを引いた祖父を、母はスリッパで殴った。
「カーテンをひいた方が、怪しまれます〜。お爺ちゃんのシェルターに入ってもらえば、ある程度隠れられるけど〜?」
確かにそれも一つの手だ。
だが、それ以上に、ヤバいものがある。
「……監視カメラって、どのくらい、村についてるっけ……」
この村は、ある意味、24時間、監視されているのだ。
ちょっとディストピア感があるが、プライバシーは守られているし、村人は本当に自由に行動ができる。
ただ、部外者を何より許さない現状がある。
自分の欲望に動いた行動が、大事になり始めている──
このままいけば、一軒一軒に確認がくるのは間違いなく、さらには、家に向かって付けられているカメラの確認もされてしまう。
手首に手錠がかけられるところまで想像し、華は頭を抱えた。
走り回る祖父を部屋に閉じ込めに行った母を目で追ってみても、全く解決策が浮かばない。
「ねーちゃん、
華の体が持ち上がる。
コンルの背を撫でる手も止まったほどの勢いだ。
萌の提案に、華は手をぽんと叩いた。
「いた。そんなヤツ、いた!」
坂口慧弥、華と同い年で、幼馴染だ。
家が隣、というだけで、交流があったかというと、そうでもない。
幼稚園、小学校、中学校が同じ程度の距離感だ。
よく恋愛ストーリーなんかあったりするが、全く、そんなものもない。
向こうは、年上ロリ巨乳が好みだし、華自身もゾンビ彼氏を求めているので、全く接点がないのである。
しかし、今は相手を選んでられない。
まさか、人生で再び助けてもらう流れになるとは華も驚きだ。
「はぁ……連絡す、え」
スマホが震えている。
しかも、坂口慧弥と名前が出ている。
「え、あ、もしもし」
『早いな。華か』
「うん」
『バレるの時間の問題』
「だろうな。で、いくら積めば消してくれる?」
『相変わらずだな、お前……』
数秒の無言のあと、
『ファンタジアと交換』
「は?」
『オレ、話、してみたかったんだよー』
「……えー……あー……今、連れてくわ」
『交渉成立で』
スマホを切った華は、コンルの手を優しく握る。
「どうしたんです、ハナ? 積極的ですね!」
うきうき顔のコンルに、華も笑顔だ。
「今から、慧の家に住んでもらう」
「え? いやですよ!」
「交換条件」
「身売りじゃないですか!」
「あんたには、その価値があった。よくやった!」
「嫌です! 僕は、ハナのそばにいます!」
「だー! とにかく、あんたのこと誤魔化すのは、慧にしかできないから、いくぞ」
ぐいっと引っぱるが、頑なに動きたがらない。
「行こうって」
「嫌です!」
「じゃあ、あたしが警察に捕まって、一生会えなくなってもいいわけ?」
「……困ります。それは、困ります!」
「なら、行こうって」
「……でも、僕は、ハナのそばがいいです」
「わかったってば!」
コンルと姉のやりとりが面白いらしく、萌は笑いっぱなしだ。
「萌、行ってくるね」
「はいはーい」
コンルのブーツと自身のシューズを玄関から裏玄関へ運び、そっと出る。
ちょうど垣根があるのだが、その下に丸く抜かれた穴がある。
華は躊躇なく入っていく。ジャージが土にまみれるが気にしていない。
「は、ハナ……?」
「いい、から、こっち来て。ぐるっと回ると……カメラに映る……今、見つかるとヤバいだろ……よいしょ」
コンルも同じようにくぐり抜けると、目の前に裏玄関が現れた。
風除けの木がうまく道路から身を隠してくれる。
「え? とても近くないです?」
「隣だからね」
どんどんと、ノックというよりドアを殴ると、すぐに扉が開いた。
「お、華」
長い前髪を、器用にメガネで隙間を開けて覗いてくる。
相変わらずの根暗な空気をまとっている。肌は透き通るように白く、家からほとんど出ていないのがわかる。不健康そのもの。もやしといわれても言い返せない体つきだ。
「久しぶり。えっと、その、こっちがコンル。パーカー着てるけど、今はファンタジアの服、解いてる状態」
「華の婚約者のコンルです」
「婚約してねーっつってんだろ」
コンルだが、華の前に一歩出ると、慧弥をじっと見下ろした。
フードを脱いでも、その鋭い目つきは止まらない。
さらりと流れる銀髪をかきあげたコンルに、慧弥は目を輝かせる。
「華、マジでファンタジア? え? つか、男? え、うそ! 嘘だー。あーでも、目の薄い水色、同じだー。あ、左の涙ボクロ、あー、ファンタジア。ちょーファンタジア。えー、めっちゃ美人じゃんっ! でかいし! ……うわぁ……すごいな、華!!!!」
相当なファンだったようだ。
顔が似ている、という母の判断より、慧弥の判断基準が細かい。
鳥肌が立ったのは、正常な心だと思う。
キラキラの瞳を曇ったメガネごしにコンルに向けながら、楽しそうに手招きした。
「ごめ! 立ち話なんて失礼なこと……入って入って!」
子どもの頃と変わらない手招きに、華はついため息が落ちる。
懐かしくもあり、変わらなすぎなのもあり、なんだか拍子抜けだ。
家に上がるが、親は不在。
午前中だ。当たり前だ。仕事に行ってるのだろう。
リビングを抜け、キッチン横にある階段を上ると、慧弥の部屋がある。
「ハナのお家とは、また違った間取りですね」
「金持ちなんだ、慧って。ほら、床も大理石じゃん」
「あー、神殿と同じ床ですね」
「神殿だってよ、慧」
「ちょっと俺のこと、厳かに扱っていいぞ」
おしゃれな白い階段をのぼっていくと、廊下に扉が4つ交互に現れる。
客間とそれぞれ家族の個室だそうだ。贅沢!
「ここ、俺の部屋です」
昔はドアに『としや』と書かれた板が下がっていたのだが、取り外したようだ。
穴だけが残っている。
「おじゃましま」
「失礼します」
慧弥に続き部屋に入ると、こざっぱりとした部屋が広がる。
塵一つなく、整理整頓されれ、色は黒で統一。ベッドもしっかりなおされているのだが、それよりもなによりも、昔に来たときよりも、すごかった。
壁を這うように、10枚のパソコンモニターと黒い箱が幾つも並んでいたからだ。
「慧、この黒いのって、全部パソコン?」
「そ。で、これ、ドローンの画像。そっちが、監視カメラね」
カチンとキーボードを押すと、停止画面が現れる。
そこには見慣れない格好の人物がいる。
だが、この刀にも、防具にも見覚えがある……。
「けっこう、はっきり映るんだね……」
「まあな。顔隠してたのは、正解だったな」
バッチリ写ってる自分の姿に華は思わず床に倒れこむ。
「やばいじゃん……もう終わりだ……私の人生……ゾンビ彼氏が欲しかっただけなのに! それだけで捕まるなんて、不公平だ!」
「いや、それ考える方がおかしいから」
慧弥につっこまれるが、華はわーわーと床を転がっている。
絶望に耐えられないようだ。
慧弥はそれを無視し、コンルに座布団をすすめながら、デスクチェアに腰をかけ、頭を下げた。
「改めて初めまして、オレは慧弥。16歳です。えっと、コンルさん、でしたよね」
「ああ。僕は勇者、コンル。年は同じだな。繰り返すが、僕は、華の、婚約者だ」
「まさかの同い年! ……え、つか、それ、マジで言って」
「コンルの妄想!」
さきほどよりも遠くに移動した華が、背中越しに声をあげる。
慧弥は納得したのかわからないが、かちゃかちゃとキーボードを静かに叩きながら、コンルに首だけ向けた。
「コンルさんは、その、しばらくここにいるつもりです?」
「予言の神が、あと4人いらっしゃると聞いた。彼らを集めるまで、僕は帰るつもりはない」
少し偉そうに語る姿が面白い。
華は起き上がり、近くのクッションをお腹に抱えて、2人の様子を眺めてみる。
ついでに用意してくれていたペットボトルのコーラを紙コップに移して飲み出した。
「その、予言の神って、なんです?」
「神は、神だ」
あまりに端的すぎる答えに、華がつけたした。
「伝承あるじゃん。爺ちゃんいわく、あれに続きがあるらしいんだ。その言葉を持ってるのは、この村にいる猫だけらしくて。うちのパンダが、その1匹だったんだけどさ」
慧弥の顔には、まだ疑問符がある。
「だから、予言の神って?」
「えっと、なんか、コンルの世界でも、猫が神なんだってさ」
「あー、それで、予言の『神』になるわけね。へー、爺さん、まだ追いかけてたんだ」
「まあね」
「あ、コンルさんも、コーラ、どうぞ? 華、渡せよ、コンルさんにっ」
華はめんどくさそうにコーラを注ぐと、コンルに渡す。
そっと飲んだコンルだが、目をかっぴらくと、吹き出すのを我慢している。
「……なんですか、この辛い飲み物は……やみつきになります……!」
「コーラ、たまに飲むと美味しいのわかるわー」
慧弥は、腕を組んで、少し考えたあと、別な作業を始めたようだ。
再び画面をだすが、どうみてもフツーは入れない画面なのがわかる。政府のマークが見える。
「ここに、村人の登録がある。これにコンルさんを加えればオーケー。肉親で3等身だと5年、4等身だと3年が最長なんだけど」
「それ、どっから見て?」
「一番古い家の人から見て、だね」
「つーことは、孫は、えっと、4等身か……」
「じゃ、3年だね」
「その、とうしん、ってなんですか?」
飲み干してしまった紙コップを大事に抱えながら、コンルは首を傾げた。
「血の繋がりの数ってこと」
「はぁ」
華が残りのコーラを注ぐと、コンルは嬉しそうに頷き、飲み干していく。
「コンルさん、【近
「コンルは学校いってないしな」
「お前もだろ」
「うるせー。あたしは、ネットで通ってる」
「へー。まさか勉強してるとは思わなかった」
「うっせーな。慧もそうだろ」
「俺は、こっちが、合ってる」
コンルは2人の会話を不思議そうに眺めている。
床に座る姿も、姿勢正しい胡座姿だ。
「ね、コンルの世界にも、学校ってあった?」
華が聞くと、こくりと頷く。
「聖騎士団の学校に通ってました。そこで戦闘訓練をして、今があります」
「へー! かっこいい! 聖騎士団でも強かったんでしょ、コンルさんなら」
慧弥の声に、コンルは笑う。少しはにかんだ、そんな笑いだ。
「僕程度の人など、山ほどいます。勇者としても、僕はAクラス。上ではありますが、最上ではありませんから」
「でも、村人に怪我人を出さずに、毎回倒してるのは、本当にすごいと、俺、思うんで!」
画面を見ながら興奮気味に慧弥は話すが、指が尋常じゃない。もう、絡まってもおかしくない動きだ。
「キモ……」
華の声を慧弥は無視し、再びくるりと振り返った。
瞬間、スマホでコンルの顔写真を撮る。
フラッシュに目をやられたコンルは、しぱしぱと目をこすっている。
「今の魔法は、目にきます……」
「魔法は、ねーって言ってんだろ?」
華がクッションをおしりにしきなおしたとき、慧弥が両手を広げて画面を見せてきた。
「見ろ! これで、コンルさんも村人になったぞ」
表示された画面には、コンルのしょっぱい顔写真と経歴が書かれている。
隣町で出生、高校は中退、病気療養で村に生活中───
「経歴もひどいけど、住んでる住所、ここじゃん」
華の指摘に、慧弥は自慢げだ。
「俺ん家。たりまえだろ! 華の家、もう部屋ないだろうし」
「確かにねーけど」
「僕、嫌ですよ。ハナといっしょがいいです!」
「そんなに必死にならないでよ、コンルさん。オレの家からなら、華の家に通えるし、ここなら部屋もあるし、親もしばらくいないし」
「また、『おでかけ』?」
「そのうち帰ってくるだろうけどね。海外行ってたら、マジでしばらく帰って来ないし」
慧弥の両親は、かなり奔放だと思う。
村の中でも、浮いている家だ。いや、村だから、浮いているのかもしれない。
ほとんど集まりにも参加しないし、積極的に近所付き合いもない。
たまたまこの土地を買ったから住んでいる都会の人、というイメージだ。
夫婦ともに、隣町で会社をしており、お金は潤沢なようで、少なくても月に一度の割合で『おでかけ』をしている。
慧弥はインドア派。旅行が嫌いだ、と言えるようになった3年前から、一緒には行動していない。生活費も別だという。
「つか、予言猫探すの、オレも手伝う。マジ、楽しそう」
「なんで」
「世の中、陰謀論とかで溢れてんだろ? オレもそれの一端に触れてみたいわけよ」
呆れて物も言えない華だが、コンルはじっと腕を組んで考えている。
「この村には、どれくらいの人がいるですか?」
「634、くらいだったかな……それが?」
「では、それだけ、神もいるってことですよね」
「猫、な!」
慧弥が椅子をクルクル回してしゃべる。
「猫集会、使えばいいじゃん」
「それな!」
しばらく参加をしていなかったため、そんな存在も忘れていた華に、慧弥は自慢げな顔だ。
ムカついたのか、クルクル回る椅子を足で蹴って止めるが、コンルが不思議そうに慧弥を見る。
「神の集会は、年に1度じゃないんですか?」
「全員集合が難しいんで、ここでは、定期的に猫の集会をしなきゃならない決まりがあるんですよ。みんな家で飼ってるから、その猫たちを持ち寄って、猫の集会を実施するって感じですね」
「持ち寄りの神……」
『女性の不審者がー、村に紛れている可能性がありますー。ただいまよりー、各お家にー、確認訪問に参りますー』
スピーカーからの声に、まだ終わっていなかったことに気づく。
華の映像が、消えていない……!
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