第6話 音呉村の伝承とは? その2

 祖父は目ざめたが、しっかり湯冷めしてた。

 改めて熱いシャワーを浴び直し、そして文句がないよう、上から下まで、むしろ首すら隠すぐらいにしっかり服をまとい、食卓テーブルへと現れた。

 それは、みんなが遅めの朝食を食べ終えてからだった。


 お茶を4人ですする食卓テーブルに、祖父がどんと腰をおろす。

 が、何も出てこない。

 祖父はいそいそとパンを焼き、冷めた目玉焼きをテーブルに運ぶと、食べながら言う。


「君は、向こうの世界の、勇者、だね……」


 急なシリアス展開に、華と萌と母は、ただ黙る。

 いつもの祖父演出だと、冷たく見守っているなか、合いの手を入れるように、床ではパンダが「くる!」と鳴く。


「音呉には伝承があるじゃろ。『2つの世界の交わりの刻、魔王が復活する』という。そこに、続きがあったんじゃな」


 牛乳を飲み込む祖父をそっと見守るが、表情は半信半疑、いや、まるまる疑いの目だ。


「でな、ようやく見つけた文献に、その言葉は猫に託されているというのを見つけた。暗号じゃった……」


 言いながらどこから取り出したのかタブレットだ。

 そこには墨で書かれた巻物の絵がある。


「なんか、怖い」


 萌が言うのもわかる。

 細長い巻物の絵だが、黒い煙と炎が左側、右側は光に溢れた柔らかな花々が描かれている。

 その中央に、ぐるぐるととぐろを巻く渦、地面らしき場所に獣が5匹、人を象っているだろうと思うのだが、それが人だとすると、2人、立っているように見える。


 だが、どれも抽象的な表現になっており、イメージを描いたとわかるほど、具体的な絵ではない。それでも、左反面の黒い炎の中に、小さな人影がいくつも書き込まれ、まるで地獄のようだ。


「この絵でわかったのは、5匹の猫が、勇者に会うことで、言葉を発する、ということなんじゃ。まさか、勇者がここに来て、パンダが喋りだすとは……猫神様の思し召じゃな」


 祖父はパンダを抱き上げ、頬擦りするが、華は耳をほじりながら尋ねる。


「じゃ、逆に、あと4匹、見つかったら何がわかんの?」


 祖父はいつになく神妙な表情を浮かべた。

 口元には、牛乳の髭ができている。


「それはわからん。言葉が完成しないことにはな。その意味が、滅亡へのカウントダウンなのか、平和への切符なのか……」


 萌が祖父にティッシュを渡し、口を拭けと目で伝える。

 華はチラシの裏に、「くる」と書き込んでみた。

 それをランドンが踏んでくるが、何か続きの言葉を思い出せるかと思ったが、頭の中には『ぼぎわん』しか、出てこない。


「あの、ふぁ、じゃなかった、コンルさんの世界では、伝承とかないんですか?」


 萌の質問に、コンルは膝に乗ってきたキヌ子を抱えて繰り返す。


「伝承、ですか……」


 コンルのほどよく硬い太ももが気に入ったようだ。小さく丸まり、寝る準備を始める。


「あー……似たようなもので、昔話が」

「どんなやつ?」


 華が母が切ってくれたリンゴを頬張りながら、コンルへと差し出す。


「……これはおいしいリンゴですね。……えっと、世界には神が守る扉がある、というのが、話の最初です。元は平和だった勇者の世界ですが、いきなり魔王が出現、世界が闇に覆われてしまいます。そこで神といっしょにさまざまな世界の扉を開き、回りながら、ようやく光の勇者を探しだし、共に魔王を倒す、という話です」

「へぇ。なんか、似てんねー」


 適当な相槌の華に、コンルは笑うが、


「その、神を集めるって、素敵なので、僕も協力したいです」


 華の目を見て、言い切った。

 彼の思いが強く伝わる視線だ。


「それはいいけど、あんたの」


 外がどうも騒がしい。

 拡声器が聞こえてくる。


『女性の不審者情報がありました。情報を求めています』

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